不運の始まり



「クソッ! アテが外れた! ここで一儲けしてやろうと思ったのに……」


 小規模な迷宮だったらしく、見つかって直ぐに踏破されてしまったらしい。


 人里離れたところで見つかった迷宮のため、もうろくに人も残っていない。


 迷宮街ブームタウンが築かれていた名残として、主を無くした廃墟が残っている。迷宮探索で目や足を無くし、どこにも行けなくなった傷痍冒険者はいたが、人影はもうろくに残っていない。


 ヴィンセント氏達は、慌てて次の迷宮を探し始めた。


 近くの町に移動し、そこで情報収集を開始した。


 迷宮探索あるいは迷宮街での商売で稼いでいたヴィンセント氏達にとって、近場に迷宮がないのは一大事だ。


 新たに稼ぎ場にしようと考えていた迷宮が踏破されてしまった以上、ただちに新しい迷宮を見つけなければろくに金が稼げなくなる。食料を買う金すらなくなる。


 それどころか、上納金も支払えなくなる。


 ヴィンセント氏はロッシ一家の幹部だが、首領ではない。彼より上の立場の人間に支払う上納金が必要らしい。


 支払わないとロッシ一家の看板を使って幅を利かせる事が出来なくなる。それどころか、粛清されかねないようだ。


 焦っている様子のヴィンセント氏を見て、一家に加わったばかりの元村人達も浮き足立ち始めた。ヴィンセント氏は彼らが脱走しないように目を光らせつつ情報収集を行い、次の冒険計画を立て始めた。


「いま見つかっている迷宮は、どこも遠い。……だが、この近辺で新しい迷宮が見つかる保証もない。長旅になっても仕方ねえ。行くぞ」


 こうして我々は新しい迷宮を目指す事になった。


 辿り着いた時にはもう、踏破されている可能性もある。それでも根無し草のヴィンセント氏達は、新たな迷宮を目指さざるを得ない。


 新たな迷宮を目指すために、改めて旅支度をする必要がある。当面の食料と日用品を買い込むために、彼らは勧誘用に持っていた財宝を手放さざるを得なかった。


「あんなの、迷宮に潜っていれば直ぐ手に入る。仕方ない」


 ヴィンセント氏は不安がる皆に対し、そう告げて旅路を急いだ。


 早く新しい迷宮に辿り着かないと、また同じ事の繰り返し。いや、手放せる財宝が無くなれば繰り返しすら出来なくなる。


 チラつき始めた破滅に対し、皆が焦っていた。景気の良かった一行は言葉少なになり、些細な事で喧嘩する者が増え始めた。


 ヴィンセント氏は何とか穏便に事を収めようとしていた。しかし、彼自身がこの状況に焦り、苛ついているため、その腹いせに暴力に頼る事が増えていった。


 早く新しい迷宮に辿り着かないと。


 そんな想いが彼らの歩を早めたが、焦りは得てして失敗を生むものだ。


「あ~~~~ッ! くそくそくそッ!! この状況で壊れるなよ……!!」


 先を急ぐために近道を選んだ結果、幌馬車が1台壊れた。


 川辺の道を進んでいた時に不注意から落輪し、馬車が川に落ちた。


 壊れた馬車の引き上げは諦め、荷物だけ可能な限り別の馬車に載せ替える事となった。ヴィンセント氏は「お前の所為だぞ!!」と叫び、御者を死なない程度に痛めつけていた。


 近道を選んだのはヴィンセント氏で、焦る皆をさらに急かしていたのはヴィンセント氏である。だが、さすがにそれを指摘する勇気のある者はいなかった。


 結局、荷物の載せ替え作業で時間を浪費してしまい、大して時間を短縮出来なかった。それどころか馬車1台とそれを引いていた牛まで失い、皆の士気はさらに低下した。


「おい兄弟! お前もあの馬車に乗ってたんだから、何とかしてくれりゃ良かったじゃねえか……! お前の土人形で支えるとかさぁ……!」


 すまなかった。


 余所見をしていたものでな。


「しっかりしてくれよ、クソがッ……!! お前だってロッシ一家の一員なんだぞ!? 仕事をしろ、仕事を!!」


 ヴィンセント氏は、私が何を見ていたか聞かなかった。


 聞かれたところで、適当に誤魔化すつもりだったが――。



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