悪しき牧童



「おっ……村だ。ちょうどいい、あそこでオレの勧誘技術を見せてやろう」


 我々は数十人が暮らす開拓村に辿り着いた。


 まだ新しい開拓村らしく、幌馬車を家代わりに使っている者が多かった。近くの森の木を切り、丸太の家を作ろうと奮闘している姿もあったが、まだ立派な村になったとは言いがたい状態だ。


 それでも一生懸命に開拓を行っていた人々は、武装した冒険者の集団がやってくると怯えた様子で身構え出した。中には農具を放り捨て、逃げる者もいた。


 ヴィンセント氏は――私を襲った時とは違い――村人達に紳士的に接した。


「オレ達は迷宮への旅の途中に立ち寄っただけだ。アンタ達に危害は加えないと約束する。1日だけ、この村で休ませてくれねえか?」


 そう言われても村人達は顔を見合わせ、怯えた様子のままだったが……次第にロッシ一家に対して心を開き始めた。


「冷やかし歓迎! ぜひ見てってくれ! 物々交換でも構わねえよ!」


 ロッシ一家は村の敷地内で野営の準備をしつつ、ちょっとした雑貨店を開き始めた。自分達の所有物を村人相手に見せ始めた。


 品揃えは……雑貨店と言うには豪華な品物ばかりだった。


 大半は金細工や財宝、あるいは毛皮や織物が並べられていた。


 どうやら迷宮で見つけたものを並べ、「売り物」としているらしい。金細工に関しては、迷宮で見つかった金をロッシ一家の金細工師が加工したもののようだ。


 毛皮は迷宮にいた魔物のもので、織物は迷宮で手に入れた財で買ったものらしい。それ以外にも保存食と雑貨が申し訳程度に置かれていたが、大抵は高価な品物ばかりだった。


 大半の品が、開拓村では需要のないものだろう。


 だが、村人達は興味津々といった様子で、それらの品を見つめていた。


 ヴィンセント氏は高価な品物の数々を見せびらかし、どういう経緯で手に入れたものか語り始めた。その経緯とは彼らの――冒険者達の冒険譚だった。


 吟遊詩人の如く物語るヴィンセント氏の言葉に、村人達は聞き入っていた。すると、ヴィンセント氏は部下達に目配せし、村人達に酒を振る舞い出した。


 私に出した毒酒とは違う。別の酒だ。


「オレの奢りだ! 村に滞在させてもらう礼だと思って、好きに飲んでくれ!」


 ヴィンセント氏はそう言い、財宝を手に冒険譚の続きを語り始めた。


 村人達は開拓仕事そっちのけで冒険譚に耳を傾け、酔っ払い、騒ぎ始めた。雑貨店として始まった集まりは、直ぐにちょっとした宴へと発展していった。


「冒険者になれば、この手の財宝は腐るほど手に入る! 地道に働いているのがバカらしくなるほど、ドカッと稼げるようになるんだぜ?」


「お、オレもヴィンセントの旦那みたいに稼げるかなぁ?」


「当たり前だ! 迷宮に潜れば直ぐに大金持ちになれる。ロッシ一家は、いつでも探索仲間を募集している! その気があるなら参加してくれ!」


 必要なのは志だけ。


 装備や食料はロッシ一家が用意する。頼りになる冒険者が新人冒険者をしっかり守り、教え導くから安心して参加してくれ。


 ヴィンセント氏がそう叫ぶと、多くの村人がこぞってロッシ一家への参加を叫び出した。翌朝、我々は新たな旅の仲間を加えて村を出ることになった。


 村人の中には「ここの開拓はどうするんだ!」と叫び、残る者もいた。


 しかし、ロッシ一家への参加を決めた者達は「地道に開拓なんてやってらんねえ」「冒険者になって、大金持ちになるんだ!」と言ってロッシ一家に参加した。


 中には深酒し過ぎてまだ眠っている者も――昨夜のうちに言質を取っておき――馬車に投げ込んでおき、連れて行く。


 ヴィンセント氏。これが貴方の「勧誘」か。


「おうよ。大抵の奴は、これでコロッと口説けちまう」


 開拓村で雑貨店を開いたのも、あくまで勧誘のため。


 迷宮で取れた金銀財宝を見せびらかし、脚色混じりの冒険譚を添え、「冒険者になればこんなに稼げる!」と喧伝する。


 さらに志以外のものは全てロッシ一味が揃える。指導するし、守ってやるからオレについて来い――と言うことで、参加の障壁ハードルも下げる。


 安酒を振る舞って判断能力を弱らせ、次の日にはさっさと村を出発してしまう。村を出てしまったという既成事実を作ってしまう。


 今のところ、元村人の新人冒険者達は瞳をキラキラさせている。だが遠からず、他の冒険者達と同じく淀んだ目つきになっていくだろう。


「皆、儲け話が大好きだからなぁ。金や財宝をちらつかせて、楽に稼げると吹き込めば……簡単に飛びついてきやがる」


 実際は、楽には稼げない。


 冒険者稼業は危険に満ちている。迷宮では確かに財宝が見つかる事もあるが、魔物と遭遇する事もある。魔物との戦闘は命懸けだ。決して楽な仕事ではない。


 だが、ヴィンセント氏は笑って「楽に稼げるんだよ」と言った。


「オレみたいに、部下共を使える立場なら楽に稼げる」


 ロッシ一家の幹部であるヴィンセント氏は、多くの冒険者を従える立場にある。


 魔物の相手は部下に任せる。ヴィンセント氏自身は迷宮に一切潜らず、部下達の上前をはねて収入を得ることもあるらしい。


 ヴィンセント氏は人殺しすら厭わない度胸と、高い戦闘技術を持っているが、必要以上に命は賭けない。


 部下を管理するために暴力を振るい、恐怖で皆を縛りはするものの、自分の力を振るう場面はよく見極めているようだ。


 財宝に目がくらんだ人々をロッシ一家に勧誘し、彼らを上手く使って稼ぐのがヴィンセント氏のやり方シノギだ。


 ただ、実際に部下を上手く使うのは難しいだろう。


 ヴィンセント氏の勧誘文句は見事なものだったが、都合のいい事と脚色だらけの言葉だ。現実を知った者達は逃げて行くのでは?


「そこからが真の腕の見せ所だな。まあ見てな」


 開拓村を出発した日の夜、ヴィンセント氏は賭場を開いた。


 新たに加わった仲間達を言葉巧みに賭博に参加させ、彼らを負かしていく。甘い言葉に拐かされた元村人達に借金を背負わせていく。


「こんなの端金はしたがねだ。迷宮に潜れば借金なんて直ぐに返せる。冒険者なら細かいことは気にせず、ジャンジャン賭けろ! ジャンジャン遊べ!」


 元村人達はヴィンセント氏の言葉を信じ、その通りにする。


 ヴィンセント氏以外の冒険者も、全力で元村人達を負かしていく。彼らも借金があるらしく、自分達のそれを元村人達に押しつけるために必死だ。


 元村人達の借金はどんどん膨れ上がっていくのだろう。借金というぬかるみにハマり、冒険者業界から――ロッシ一家から抜け出せなくなっていく。


 逃げる事は許されない。


 ロッシ一家は逃げる者に対し、容赦なく牙を剥くだろう。逃げたところで借金の取り立ては終わらない。人殺しすら厭わないヴィンセント氏達に、人生を終了に追い込まれる恐れすらある。


 ヴィンセント氏は元村人達の借金を増やしつつ、彼らの身の上話を巧みに聞き出していった。いざという時、逃げ込む可能性の高い場所を調べ始めた。


 彼らがいた開拓村の場所はわかっているし、他所にいる家族の暮らしている場所も把握する。彼らが甘い夢に酔っているうちに、逃げ場を把握していく。


「負けっぱなしはつまんねえだろ? ここは一発、スッキリしてこいや! 身内料金で割り引いてやるからよっ!」


 ヴィンセント氏は元村人達に対し、帯同している娼婦達を紹介した。


 ロッシ一家は移動式娼館も経営している。様々な迷宮を回り、迷宮街で自分達が管理している娼婦を提供しているようだ。


 勧誘の時も着飾った娼婦達を見せ、元村人達の欲望を上手く刺激していた。元村人達も娼婦の事が気になっていたらしく、ヴィンセント氏に促されて上機嫌で飛びついていった。


 支払いは借金ツケ。かくして彼らはさらなる深みにハマっていく。


 人々の欲望を刺激し、巧みに操って率いるヴィンセント氏。彼は冒険者という家畜を率いる牧童カウボーイのようだ。


 ただ、全てが彼の思い通りにいくわけもなく――。


「ハァ!? もう踏破済みだぁ……!?」


 ヴィンセント氏達が目指していた迷宮は、既に枯れていた。



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