悪徳冒険者
■
幌馬車の群れ
冒険者の風俗調査のため、冒険者が集う迷宮に向かう。
出来れば移動中も調査を行いたい。
迷宮に向かう冒険者の一団と合流出来れば、大変都合が良いのだが――。
そう思っていると、
正確には船ではなく、
おそらく迷宮を目指す冒険者達だ。あるいはただの開拓者だ。
迷宮は一種の金鉱である。そこには一攫千金を目指す冒険者と、冒険者相手の商売をする商人達が集ってくる。彼らは集団で移動している事も珍しくない。
調査のためにも近づいていくと、やはり冒険者の一団だった。
冒険者達は気安い雰囲気で近づいてきた。
そして、後ろ手に持った武器で襲いかかってきた
杖を振るって打ち倒していると――接近戦では敵わないと考えたのか――幌馬車の陰に隠れて準備をしていた冒険者達が弓や弩を使い始めた。
飛んでくる矢は、避けるまでも無かった。
剣を手に襲いかかってきた者達より、殺意が薄い。
だが面倒だ。このまま杖だけで戦って制圧するのは面倒なので、大地を叩いて
冒険者達はよく頑張ったが、斬られようが矢が刺さろうが、ケロリとしている土人形達相手には敵わないと悟ったのか、降参してくれた。
こちらも争うのは本意ではないので、降参を受け入れる。
しかし、いきなり襲ってくるとは穏やかではないな。
「す、すまねえ……。そっち1人だし、楽に勝てると思ったんだ」
白昼堂々、強盗を試みたようだ。
いまこの辺りにいるのは私達だけだから、私を殺せば誰に目撃されるでもなく、金品を奪えると考えたのだろう。
副業として強盗をやる冒険者はそこまで珍しくない。戦い慣れた者達が徒党を組んでいるため1人、2人程度なら楽に殺すことが出来る。
迷宮に向かうまでの道中、ついでに旅人を襲って小遣い稼ぎしようとしたのだろう。まともな旅人なら、群れている冒険者には普通は近づかない。冒険者と盗賊の境界は、実に曖昧だ。
ただ、全ての冒険者がこうではない。
貴方達は人殺しが怖くないのか?
「そりゃあ……魔物と違って、人は騙し討ちしやすいからなぁ」
「アンタも『狼が来る』と信じてんのか? あんなの迷信だぞ」
「教会の教えより金だよ、金。世の中、金が全てさ」
人殺しを忌避する冒険者もいるが、迷宮探索で魔物を殺しているうちに「殺すこと」への
襲ったことへの詫びの印として酒を振る舞ってきたが、固辞しておく。「どうせ毒が入っているのだろう」と返すと、誤魔化すように媚びた笑みを返してきた。
この一団の冒険者の全員が積極的に人殺しに加担しているわけではない。
後方支援として弓や弩を使っていた者達には、人を殺す事への躊躇いがあった。だから飛んでくる矢にも迷いがあった。
ただ、剣を手に襲いかかってきたり、毒酒を振る舞ってきた冒険者がこの一団を支配しているらしく、「人殺しも辞さない集団」になっているようだ。
「
金品は不要。話を聞かせてほしい。
私は冒険者の風俗調査を行っているため、貴方達に同行して話を聞かせてもらえると非常に助かる。人殺しも辞さない冒険者集団の取材も行いたかったのだ。
貴方達が悪事を働いている事を誰かに言いふらしたりしないから、同行と取材を許可してくれ――と告げる。
奇妙な目で見られたものの、集団の代表は私を受け入れてくれた。
「アンタはオレ達以上に変わり者だな。まあ……黙って手打ちにしてくれるなら、こっちも助かる。オレはロッシ
ロッシ一家のヴィンセント氏は、同行を許可しつつ、別の誘いもしてきた。
「アンタのその腕、ウチで活かさないか?」
彼は私に「ロッシ一家に加わらないか?」と聞いてきたが、丁重に断る。私は冒険者ではなく、ただの史書官だ。
「アンタならきっと、ロッシ一家に幹部待遇で入れるのに! もったいねえ……」
ロッシ一家は業界では有名な冒険者集団だ。
有名と言っても、よく聞くのは悪名。迷宮への道すがら、旅人を襲っているという噂も聞く。実際に私が襲われたあたり事実なのだろう。
盗賊稼業をしつつ、盗品を上手く捌いているようだ。実際に同行して話を聞いてもその辺はボカされたが、荷物の中に盗品が紛れ込んでいた。
他の冒険者と縄張り争いでしょっちゅう揉めていて、ロッシ一家の冒険者が迷宮街で同業者と喧嘩の果てに殺人を犯してしまった事件もあった。
その事件に関してはロッシ一家側で身内にケジメをつけさせ、解決済みだが……それはあくまで表沙汰になったから処分しただけかもしれない。
ロッシ一家は迷宮内で密かに冒険者狩りをして
あくまで噂の話が多いものの、まったくの無実ではないだろう。
それでも彼らが大手を振って冒険者稼業を続けているのは、彼らがそれだけの力を持っているからだ。
ロッシ一家は数百人の冒険者が所属しており、冒険者以外の関係者も含めるとそれ以上の規模の組織になっている。
立派な軍事訓練を受けていないとしても、それなりの規模の武装集団だ。そこらの領主の手に負える相手ではない。
余程の事件や殺戮が行われれば教会の戦力が派遣されるだろうが、今のところはそこまでの事件は起きていないようだ。表向きは。
多少の騒動は力業で揉み消せるだけの実力はある。私を襲った件に関しては、今のところは揉み消せていないが――。
「ウチに入れば金銀財宝、何でも手に入るぞ! 部下を管理するのが嫌なら……そうだな……用心棒はどうだ!? 好待遇で雇うぞ!」
ヴィンセント氏は何度も私を誘ってきた。
ロッシ一家が悪名高い冒険者集団だから断っているのではない。むしろ、悪名という特色があることには好感を覚える。調査対象として非常に興味深い。
バッドエンドが約束されている悪党物語を読むようなものだ。
読者として見ている分には「んほ~~~~! この悪党、たまんねぇ~」と思うが、「実際に付き合うのはちょっと……」と思うようなものだ。
ただ、何度も何度も誘ってくるので、私は根負けした。
「マジでウチに入ってくれるのか!? 歓迎するぜ、兄弟!」
私はロッシ一家に入る事にした。
本気で入るわけではない。
詳しい調査をするために一時的に取り入るだけだ。
適当なところで行方をくらませればいいだろう。例えば迷宮探索中、魔物に食われて死んだ事にすればいい。死を偽装する方法などいくらでもある。
ヴィンセント氏の勧誘技術に負けたよ、という事にしておくと、彼は粗野な笑みを浮かべて「勧誘には自信があるんだ」と言った。
ロッシ一家の構成員の多さは、盛んに「勧誘」を行っているためだ。
私以外への勧誘も、是非見学させてもらいたい。
「いいぜ。集落に寄るたびにやってるから、好きに見学してくれ」
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