エルヴァスカの王女
王家に残る子の中で、ベルテミスは八番目の側室の子で、十四歳。王の血を引きながら髪は母親譲りの淡い栗色、瞳は濃い紫だった。
常に緊張のある格付けと順列が存在する王室で、母親は心を病んだ。人と会うのを嫌がるようになり、いつからか離れにこもるようになっていた。
母は自分を守ることに懸命で、ベルテミスはさほど関心を向けられずに育った。
周りに望みを叶えてくれる者はたくさんいる。
けれど、周囲が彼女に逆らえないのは仕事だからで、王の子だからだ。自分を愛しているからではない。そのことはわかっている。
そんな環境は歪みをもたらし、ベルテミスは思うさま我儘に育っていった。
だから彼女はリュシュカを狙う人間の中で、もっとも杜撰で、年齢相応の子供っぽさと残酷さを持っていた。
ベルテミスに心から優しくしてくれるのはいつも、焦茶色の瞳と鮮やかな光沢ある構造色の黒い髪を持つ兄だけだった。
ベルテミスは王位継承の優先性の変更が言い渡されたときに、兄が王になると信じて疑わなかった。
彼女は実際の王家における王位継承の優先順位や力関係は知らされていない。どこか血生臭い権力争いを、周りが耳に入れないようにしていたからだ。
だから夢みがちな彼女は無邪気なまでに、ほかの王子たちと比べて、兄の目が金に近い茶色だと、そう思うことで、継承を確信していた。
リュシュカの存在は賢人ゾマドの死後、大きく王室内をまわった。
そして、兄がリュシュカの話を聞いたとき、こう言っているのを聞いてしまった。
黒い髪と金の瞳、両方を受け継ぐ子供はもういない。特に金の瞳だ。あの瞳こそが重要なのだと。
リュシュカにはゾマドという後見人がいたが、彼がいなくなりその立場は一時的に宙に浮いていた。
今後彼女の後見人になる人物の動きによっては王室への浮上も考えられる。そして黒い髪と金色の瞳を揃えて持つ彼女には権力者たちが群がるだろう。
ベルテミスが大好きな兄の王位継承を脅かすかもしれないリュシュカのことを短絡的に憎むのはごく自然な流れだった。
世間知らずで我儘なお姫様であるベルテミスは、大好きな兄がきっと喜ぶだろう、褒めてくれるだろうと、先手を打ってリュシュカを滅ぼそうとしている。その原動力は非常に子供っぽい義憤と正義感だ。
彼女はリュシュカの住む辺境にほど近い山を根城にしていた山賊の雇い主だ。
歳若く大した権力を持っていないベルテミスにまともに使える騎士はおらず、荒事に使える配下は金さえ払えばなんでもする輩だけだったのだ。そのことにずっと不満も持っている。
リュシュカが関所を通過していた頃、ベルテミスは人払いをした城の裏庭で山賊のリーダーと向かいあっていた。
「まだリュシュカの目玉は取れないの?」
「まあまあお姫さん。そう焦らず。先に行った奴らが何者かによって撃退されたんですよ。誰か用心棒でも雇ったのかもなぁ」
依頼人とはいえ、年端もいかない少女を完全に舐め切っている奴等にベルテミスはいつも苛立たされている。ヒステリックな声を上げ叫ぶ。
「……言い訳はいいからさっさと早く、目玉をくりぬいてきなさいよ! 報酬だけもらっておいて達成できなかったらあなたたち全員お兄様に言って処分させるわよ!」
金の瞳がなくなれば、きっと兄が王になれる。
瞳だけを狙うのは殺してはいけないという彼女のわずかな良心であったが、それは一等残酷な手段となっていた。
「それにしても、本当に役立たずばかりね。もう少し腕の立つ者はいないの?」
「ああ、それなんですが、ベルテミス様のために、こちらで新しく雇いましたよ」
男はそう言って仲間に声をかける。
「おい、クシャドを連れてこい」
そこで奥から出てきたのは八尺はあろうかという大男だった。
男の身体は傷だらけで無骨で、それなのにじっと見てくる胡乱な目つきが異様に感じられる。ベルテミスはその姿に眉を顰めた。息を呑み、こみあげてくる嫌悪感に口元を押さえ後ずさる。
「見世物小屋にいたんですよ。頭は足りてませんがかなりの力自慢です」
「……っ、あまりこちらに近づけないで!」
ベルテミスは叫ぶ。
「方法なんてどうでもいいから早く! 一刻も早くリュシュカの目玉をほじくり返して私のところに届けなさい!」
ベルテミスはリュシュカと会ったことはない。
彼女にとってリュシュカは下賤の生まれでありながら王の遺伝子を色濃く発現させ、成り上がろうとしている、兄にとって邪魔な存在でしかない。
男たちが去ったあと、奥に控えていた従者を呼ぶ。
「そこ、匂うわ。綺麗に掃除しておいて」
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