敵と味方(2)
リュシュカは見知らぬ建物の中で、椅子に縛られていた。
ああ、まずったなあ……。
すごく油断していたってわけでもないんだけれど、ここのところずっとクラングランが一緒だったから、やっぱりどこか自分の持つ力の弱さを忘れていたかもしれない。
そもそもが、今までさほど追跡者に会わずにすんでいたのもクラングランが注意深く進んでいたからなんだろう。
それなのに、本当に追う人なんてそういるんだろうかという気持ちになってしまっていた。
敵の正体はまだわからないけれど、少なくとも目玉の派閥ではなさそうだ。なるべく怪我させないように、そこそこ丁寧に扱われているのを感じる。そんなに酷い目には遭わされないかもしれない。
何しろ雑に縛っただけで見張りも付けずに隣の部屋に行ってしまっている。
なんとかして自力でここを脱出しなければならない。リュシュカにはもう、見守ってくれていて、困った時、苦しい時助けてくれる爺ちゃんはいないのだ。
それでも、爺ちゃんの残してくれたものはある。
リュシュカはこれくらいの縄の抜け方は教わっていて知っている。その時には正直こんなもんいつ使うんだよと思っていて、ふざけながら遊びみたいに覚えた。
縄を抜けると、部屋を見まわす。
窓があった。十分出られる大きさだが外を覗くと地面がはるか下にある。建物の上階だった。たぶんここは三階くらい。
部屋の中はろくに物も置いてない。扉のほうにそっと移動した。廊下に出る。
男たちは扉を開け放したまま、何か話し合っているようだった。リュシュカがいたのは奥の部屋なので、ここを出ようとすると男たちの目の前を通ることになる。
壁際で部屋の話し声にそっと耳を澄ます。なにやら揉めているようで、その声はわりと大きい。
「なんですぐ来てくれないんだ! 報奨金はどうなってんだよ!」
「報奨金は一部に流れてるデマの可能性がある。どうも偽物を用意しようとする奴がいるらしくて、上部も混乱しているらしい」
「どうするよ。アレ……金にならないなら捕まえておいても仕方ないだろ〜」
ここにも、リュシュカを探す者がいたようだ。けれど、それは間接的などこかからの指令が、かなりぼんやりとした形で末端に行っているせいで混乱しているようだ。
だとすると丁重に扱っているというよりは、殺して死体を持っていくべきなのか、生け取りするべきなのか、痛めつけていいのか、今はそれさえわかっていないからかもしれない。急に乱暴になるかもしれないからまだ油断しないほうがいい。
そっと部屋を覗くと、三人いた。それぞれ髪の色が黒、金、赤とわかりやすい。
リーダー格は黒髪の男だろう。彼は一番体格がよく、年長者のようで、ほどほどにしっかりした様子だ。
金髪はぺらぺらよくしゃべる、明らかにお調子者。
童顔なのに目つきの悪い赤髪は見た感じ一番小柄で年若いがあまりしゃべっていない。
ただ、なんというか、悪党の空気感がいまいちない。
リュシュカは部屋へと足を踏み入れた。
「あのー……誰がわたし探してるの?」
「うひぁあっ! なんで縄抜けてるんだよお!」
金髪があからさまに大きな声で驚くので、残りの二人がビクッと揺れた。
「ミュラン! 脅かすな。お前の声で驚いただろ!」
「わ、わりぃわりぃ……いや、なんで縄抜けてんだ」
「……ゆるかったから」
リュシュカの返答に縄を縛った金髪が他の二人に無言で睨まれる。
「ねぇ、わたしを探してるの誰?」
「いや、そのへんがどうもぼんやりしていてな……」
「確か、エルヴァスカの……七人評議会の……?」
「ラチェスタ?」
「名前まではちょっとわからん!」
「いやぁ、俺らはただ……金色の目の少女を捕まえると報奨金がもらえるって話を酒場で聞いてさー、どこに行けばもらえるのかちゃんと確認する前にあんたを見つけちゃったんだよ〜」
うわあ杜撰で適当。噂に釣られたって、噂程度で人を捕まえるなよ……。
「君は、なぜ捕まりそうになってるんだ?」
「エルヴァスカ王家の血を引いてるらしくて色々……」
「マジ!? すげえな! じゃあエルヴァスカの城に連れてけば報奨金もらえるんだな!」
軽薄金髪がいいリアクションをする。
「いや、色々あって……急に来た男たちに目玉えぐられそうになったんだよ。それが誰の指図かまだわかんないから……逃げてる」
「えぇ、それは……引くな」
ずっと黙っていた若そうな赤髪が口を開く。
「ねえ、聞いてないよ。脱走した人間の保護じゃなかったの?」
「いや、そうとは言ってないだろ。ただ、抵抗に遭うかもしれないだとか、なるべく丁重に保護しろという……噂が」
「それでも、届け先が目玉をえぐろうとしてる奴らなんて話が違う。俺は反対だ」
「確かに! 女の子を酷い目に遭わせる相手に報奨金目当てで届けるのは俺らの信条に反するよなあ!」
金髪がうんうんと頷く。
やはり悪い奴らではなかった。よかった。
安心したところでリュシュカの腹がぐぐうと鳴った。
「腹が減ってるのか?」
「俺も腹減ったなあ」
「なら、昼飯にしようよ」
気づけばよくわからない三人組と一緒に食事をすることになった。
しかし、食事といっても豆のスープとパンだけだ。それに、量も少なかった。
食べてるうちに、本来三人分の食事から少しずつ分けてもらっているのだと気づいた。報奨金を求めていたことからも、あまり路銀がないのだろうというのはわかる。
「俺はヨルイドだ。こっちのやたら明るくて調子がいいのがミュラン」
「うん」
「で、こっちの童顔がスノウ。実際まだ若いんだが、剣の腕が立つ。昨年は国の武術大会で準優勝もした」
スノウという赤髪が黙ってこくりと頷く。
「ちなみに俺は初戦で敗退した!」
黒髪リーダーのヨルイドは聞かれてないことを堂々と言ってはははと豪快に笑った。
「わたしはリュシュカだよ……三人で旅してんの?」
「ああ、俺たちは同じ施設で育ったんだ。俺は二十六でミュランは二十四……とっくに成人していたんだが、スノウが十八になって成人するのを待ってから皆で施設を出た」
「へえ。相当仲良いんだね」
「全員親は違うが、兄弟みたいなもんだからな!」
「何か今後の予定というか……目標はあんの?」
「おう! 俺たちの目標は巨悪を倒すことだ!」
「あと金儲けだよねえ」
「まず、人並みの生活したいよね……」
だんだん目標のランクが下がっていく。
「リュシュカ、食べたら好きな時に帰っていいぞ」
「あ、うん。わたし、今人と一緒で……すぐ戻らないと……」
そう言った直後、クラングランと喧嘩していたことを思い出す。
最後に彼に言い捨てた台詞が甦る。
──もういい! あんたなんかと行動してると命がいくつあっても足りない! わたしはわたしで勝手にする!
下唇を噛んだ。
この気持ちは、すっかり落ち着いて家出から帰ろうとした時のそれ。
完全に嫌われてしまったかもしれない。もう、怒ってさっさと国に帰ってしまったかもしれない。
そもそもクラングランと一緒にいたのは半分くらいはなりゆき、もう半分は互いの損得だ。特別な絆もなく、喧嘩をすればあっけなく終わる。
それでも、こんなふうに喧嘩したきりでごめんもさよならも言えないまま会えなくなるのは嫌だ。お別れするなら、ちゃんと挨拶くらいしたかった。
「どうかしたのか?」
「うん……実は今、ちょっと喧嘩してて……」
「ならすぐに謝っちゃいなよ!」
ミュランの声に残りの二人もうんうん頷く。
「俺たちもしょっちゅう喧嘩してるけどさ、ちょっと謝ったら翌日にはもう忘れちゃうよね!」
「……ミュラン、それはお前だけだ。俺は……お前が俺の楽しみにしていたクッキーを食べたことを、忘れない」
「いや、そんな三年も前のこといい加減忘れなよ!」
「……だが、確かに旅をしてれば友人との軽い喧嘩などよくあることだな!」
「みんなは、すごく仲良しの友達同士なんだね……いいなあ」
確かに友達なら、仲直りできるけれど。
リュシュカはクラングランの友達だろうか。そこまで大事に思われるような関係ではない気がする。
そもそも彼がリュシュカを連れて国へ帰ることに、そこまで強い執着を持っているようにも感じない。
不安そうな顔を見せたリュシュカに、ヨルイドがガシッと肩を掴んで揺さぶる。
「大丈夫! 大丈夫だ! 誠意を見せるんだ! 胸の中の熱い想いが伝わるまで!」
「う、うん」
「そうやって、絆というものは強くなったりもするんだ! 対話をして、友の絆を深めるといい!」
ガタガタ揺らされながら頷く。
ヨルイド、だいぶ暑苦しい奴だ。
リュシュカは三人に手を振って、部屋を出た。
ふと気づく。服に入れてた爺ちゃんの遺書がない。縄を抜ける時に落としたのかもしれない。
捕まっていた部屋に戻ると椅子の上にあった。拾い上げ、しまいながら思う。クラングランはリュシュカが捕まったことに気づいてもいないだろう。
戻った時に彼がまだこの街にいてくれたら、クラングランを探して、ちゃんと謝ろう。
クラングランに会いたい。
急激にその感情が湧き上がって膨らんだ。
「おい、こっちだ」
「クラングラン……?」
声が聞こえて、誰もいない部屋の中をキョロキョロと見まわす。
やばい。会いたいと思ったら幻聴まで聞こえてきた。これ、恋かな。恋って幻聴出るの? 怖いな。
声がした方向を探り、リュシュカは窓から顔を出した。
「あ、本物」
クラングランが隣にある建物の屋上に立っていた。隣の建物はこちらより背が低いので、リュシュカのいる場所より少し低い。
リュシュカは窓に足をかけて身を乗り出す。
「クラングラン!」
「っ、馬鹿! 来るな! まず俺が行くから」
リュシュカは勢いよく隣の建物に跳んだ。来てくれて、すごく嬉しかったのだ。
「ば、馬鹿! 大馬鹿!」
クラングランは飛距離がだいぶ足りてないリュシュカを抱き止めるため、手を伸ばした。掴んで、引き上げようとする。しかし、身を乗り出しすぎたせいでそのまま彼まで落ちた。
クラングランはリュシュカを抱きよせて二階の窓枠を掴み、それから壁を蹴り、なんとか衝撃を殺して着地した。
二人とも無事だった。抱き合った体勢のまま、息を吐いて顔を上げる。
「俺もさんざんお前に行ける場所と行けない場所を伝えられた! この距離をお前が跳べるはずがないだろう!」
「ごめん。行けると思ってしまった……」
クラングランにさんざん『これくらい行けるだろう』『死にはしない』を繰り返されていたせいで感覚が麻痺していたかもしれない。
「クラングラン、ごめん」
「いや……俺も、悪かった」
「来てくれてありがとう」
「……飯を食おうと歩いていたら、たまたまお前が路地の奥で捕まるのが見えたんだ」
クラングランは妙にボソボソと言う。
「そうなんだ……あ、ご飯て、もしかして串焼きの屋台?」
「あ、あぁ……それより、誰だったんだ?」
「それが……よくわかんなくて……でもまあ、目玉の奴らとは確実に別口だったよ」
返事をしながらクラングランの足元を見て、すぐに眉根を寄せる。
「あれ? クラングラン、怪我してない?」
「……さっき落ちた時瓦礫が下にあったんだ。骨に異常はない」
「ごめん……」
「これくらいならすぐ治る」
「でも、わたしが……」
「ああ。怪我をしたのが俺でよかった。お前だとまた道行きが遅くなる」
「げ、元気いっぱいでよかったよ」
可愛くない物言いが逆にありがたい。それだけ言い返せるのなら大丈夫だろうとも思える。
二人で歩いていると串焼き屋の親父が声をかけてくる。
「おう兄ちゃん! 必死で探してた子、見つかったんだな! よかったな〜」
「…………」
目を丸くして、無言でクラングランを見る。
クラングランはふいと視線を逸らした。
優しいのに、ぜんぜん素直じゃない。
本当、爺ちゃんみたいだ。
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