あの後、先生が屋上に来るとみんなは自然に解散していった。呆然とする私を尻目に、またかと呟いた先生はギャルに向かって伝言を頼んでいた。


 授業開始のチャイムが鳴り響いても静かにならない教室でギャルが前のほうに歩いていったと思うと、達筆ながらも子供っぽさも見える字で『自習』と大きく書いた。にわかに教室は静まり返り、ギャルが先生の代わりにいくつか連絡事項を伝えてから席に戻った。


 さっきのことが頭から離れずに自習どころじゃなかった私の机に、小さく折られた紙が横から飛んできた。隣を見るとギャルがぱちりとウィンクをしていた。その紙を開くと、やはり奇麗な字で『大丈夫、明日になればわかるから』と書いてあった。もう一度隣を見ると、端が破り取られたノートに宿題を進める姿が視界に映った。


 次の日、寝不足気味の私をよそに教室は昨日と変わらない様子だった。ギャルが教室中のみんなに挨拶しながら私の隣の席に荷物を置くと、私を教室から連れ出す。何事かと静かに騒ぐ私を無視しながら、三つ隣の教室の前で止まる。半分開いていた後ろのドアからギャルが指さすほうを見ると、昨日飛び降りたはずの人がいた。


 ギャル曰く、人造人間割増導入法によって大量の小学生そっくりのロボットが日本中の学校に届いたが、そのうちいくつかは不良品だったらしい。見た目には異常はなかったが、話し方が変だったり感情の振れ幅が大きすぎたりしたそうだ。周りとは違うロボットはクラスで馴染めずに、ある時階段から突き落とされた。壊れたロボットは修理センターに運ばれ、直されてから次の日に返ってきた。するとそのロボットの異常はなくなっており、普通の小学生として受け入れられたそうだ。


 つまりこれは悪いことじゃないんだよ、修理費も税金で賄われるしねとギャルが言い終わった途端、朝礼の開始を告げるチャイムが鳴った。私たちは急いで教室に戻った。心に残るもやもやは、日を追うごとに薄れていった。


 教室の人間関係を把握し始めたころ、一人の女の子が爪弾きにされていることに気が付いた。一軍女子に毎日嫌がらせをされているその子は、声を出すのが苦手なようだった。授業中当てられてもうつむいて黙っているだけだし、話しかけられても返事をしない。自分たちとは違う子をぞんざいに扱うのは、少なくともこの町では悪いこととして認識されていないので嫌がらせがエスカレートしていくのも当然の事だった。


 ギャルは一軍女子たちと仲がいいが、率先して嫌がらせをするわけでも止めるわけでもなく、ただその様子を見ていた。それでも、話す様子からなんとなく会話の流れを誘導しているように感じていたが、私はクラスに馴染むことを優先してギャルのそばに居続けた。


 ある日、私はギャルに連れられて屋上にきていた。ここに引っ越してきてから三回目の飛び降り。フェンスの外に立っていたのはうちのクラスの女の子。ギャルを筆頭に口当たりの良い言葉を並べているが、フェンスの向こうには届かない。今まで見た二人と違って叫んだり喚いたりしない、静かな身投げだった。


 どん、と湿り気のある音が聞こえたと思うと、だくだくと地面が真っ赤に染まる。あtまはぐty―にn。り:肉?が;つか6―――


 初めて見る本物の死に屋上では悲鳴が上がる。呼吸は浅くなり、思考に制限がかかる。気分を悪くする私をよそに、ギャルはロボットが飛び落ちた時みたいに涼しい笑顔を浮かべていた。


 いつもより口角が上がっている彼女から歯車の音が聞こえたのは私の気のせいなのかもしれない。

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人造人間割増導入法 和音 @waon_IA

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