自動で高速空路を走る車の窓をのぞくと、遠くに飛んでいる鳥の群れが瞳に映る。雲の切れ目からはミニチュアのような家が点々と見えた。小さくため息をつくと、退屈していると勘違いしたママが口を開き話しかけてくる。雲を突き抜けるビルの森の中で育ったママは田舎での生活に強いあこがれを持っていた。パパに転勤の話が出た時から妙にテンションが高い。


 転送ポータルから最後の家具が吐き出され、引っ越しが完了した。木でできた建物なんて実際に見るのは初めてだし、全自動生活補助システムもない。私は生きていけるか心配だったが、ママは料理や掃除を苦戦しながら楽しそうにしていた。


 転校先に初めて行く日、少し焦げた朝ご飯を食べていると慌ただしく洗濯しようとしているママは申し訳なさそうに一人で学校に行けるか尋ねてきた。私はもうすぐ高学年になるから大丈夫、と見えを切って家を出た。


 地図を目の前に展開しながら、宙に浮き行き先を示す矢印に従って歩く。私が住んでいたところはクラスが二つに分かれる程子供がいたが、ここの小学校は一クラスに半分以上の人造ロボットがいるらしい。人にそっくりなロボットだって教わったけど、仲良くなれるか不安な気持ちが足を重くする。そもそも道が前に動かない上に、車が地面を走っているせいで小学校に行くのさえ一苦労なのだ。


 やっとたどり着いた小学校は想像より古かった。校門で待ってくれていた先生の後を歩きながら周りをきょろきょろと見る。生徒を識別するゲートはないし、VR仕様のグラウンドもない。タッチパネルのついてない机が並ぶ先には黒い板があるだけでスクリーンすらない。自動で開かないドアをガラガラと鳴らしながら、私の教室を示してくれた。


 30人ちょっとの目線が集まる。担任の先生が案内してくれた先生にお礼を言うと、私の事をクラスに紹介し始める。一通りの紹介に簡単な自己紹介をしたら、自分の席は後ろ右端だと教えられた。


 示された自分の席に座った瞬間、隣の女の子が話しかけてきた。だいぶ前に八回目のブームが過ぎ去ったギャルっぽい見た目をしており、話す様子やしぐさからは好印象を受けた。先生に注意されてなお、その後に発した一言でクラスの笑いを引き出した彼女は皆にも好かれていることが良く分かる。


 貸してもらった初めて持つえんぴつに梃摺てこずりながら、いくつかの授業をこなした後の休み時間、廊下のほうが少し騒がしくなった。何だろうと思いながら廊下に出ると、ギャルが急かすように手を引いて案内してくれた。その足取りは楽しそうに軽やかだった。


 人の波を抜け、屋上の扉をくぐると一人の男の子が金網フェンスの外に立っていた。そして良く分からない悲痛な叫びをまき散らし飛び落ちた。


 私は呆然としながらそれを見ていた。ガラスが割れたような音が響き、部品やねじが地面に飛び散る。少し赤く染まったオイルが流れ出し、屋上では歓声が上がった。


 私は目の前のことが現実だと思えなかった。

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