第10話 壁のない世界




暫くすると、慌てふためいていたウルスラも落ち着きを取り戻す。


「と、兎に角、魔剣なら剣でも、槍でも、何でも良いんだね?」

「そうなります。」

「その敬語辞めて。」


 ぴしゃりと拒絶する。ウルスラの顔に浮かぶ険を見るに、本心から辞めて欲しいと願っている事が推察される。


「エリナは良いのか?」

「それは君のとは違うじゃん。」

「まぁ、それもそうか。」 


 俺の敬語は相手に付け入られる隙を作らない為に使うものだが、エリナの敬語は一抹の敬意をひょうする為のものだ。

 そこに質の違いがあると言うなら、その通りだろう。


 無駄話に一区切り付けると、ウルスラは掛けてある武器の幾つかを取り出し、台の上に並べていく。

 そして、緊張した面持ちで言う。


「ウチに置いてるのはこの十本だけ。君が魔剣に認められるのかは分からないけど、好きに選んでよ。」

「・・・・・本当に魔剣鍛冶師だったんだな。」

「やっぱり、疑ってたんだ。」

「正直な。」


 魔剣とは、神々が寵愛に値すると認め、祝福を与えた武具を指す。

 言い換えれば、神をして素晴らしいと唸らせるような逸品であるという事だ。

 それを作製出来るのは至高の技術を持つ職人だけ。

 だからこそ、魔剣鍛冶師や魔道具職人には計り知れない栄誉が与えられる。都市貴族とも言われる親方達の中でも最上の地位が与えられているのは、そういう背景があった。

 その至高の座に二十代そこらの小娘が列するなど、簡単に信じられるものでは無い。

 案の定、俺も疑っていた。


「だが、これを見て、信じない程、蒙昧じゃない。お前は紛うことなき魔剣鍛冶師だ。」


 最大級の敬意を込めて、賛辞を送る。

 すると、ウルスラは虚をつかれたような表情をし、照れ臭そうに頬をかいた。


「初めからそういう態度だったら、可愛いのに。」

「いや、巷ではツンツンしている方が可愛いらしいぞ。」

「どこ情報なの?それ。」

「ツンデレだ。」

「・・・・・はぁ、なんか色々台無しだね。」


 肩から力を抜くように嘆息する。しかし、仄かに浮かぶ微笑は穏やかで、充実しているように映った。


「ほら、早く決めちゃってよ。こういうのはフィーリングが重要だって言うし。」


 追い払うように振られる手に急かされて、俺は直感的に一本の武具へと手を伸ばす。

 それは前の大剣にも負けず劣らず巨大な戦棍メイスだった。

 一体、どうやってウルスラが打ったんだと思う程だが、今は些末な事である。

 俺はひょいと戦棍を持ち上げ、目を丸くした。


「・・・・・軽い。」

「それなら適合したってことだね。その戦棍メイスには重量を自由に変えられる力が付与されているから。まぁ、『天恵者ギフテッド』にはあんまり必要無い力かもしれないけど。」

「いや、これはこれで助かる。あまり重いと旅の邪魔になるからな。」


 うん、悪くない。

 握り心地を確かめ、再度、手応えを感じる。


「これにしよう。支払いは小切手で良いか?」

「良いけど、お金大丈夫なの?かなり高いよ。」

「いざと言う時は私や教会も支払いますので、安心してください。」

「教会がそれ言うのはちょっと反則じゃない?」


 ウルスラが苦笑したのは、世に広まっている銀行の多くは教会が関係しているものだからだ。

 これには歴史的背景が有る。


 大前提、グランノーツ教は余程阿漕あこぎで無ければ、金稼ぎを否定していない。かと言って、グランノーツ教の司教や司祭達が金稼ぎに走ったことは無い。

 彼らは単に飢饉ききんの際や国家が崩壊する際に、積極的に物とお金を交換してあげたり、繋がりのある『天恵者ギフテッド』を派遣していただけだ。


 結局、通貨とは、物やサービスと変換出来なければ何の価値も持たない。その本質は金本位制だろうと銀本位制だろうと変わりが無い。

 グランノーツ教は、それ等が果たされるのが困難な時、通貨を買い取り、サービスへと変えてきた。

 結果、彼等の手元には莫大な量の金や銀が集まった。


 その金貨や銀貨を使って、グランノーツ教は様々な企業に融資や投資を行い、時には国にさえ金や銀を融通した。

 また民衆らの間には、グランノーツ教にお金を預けておけば、いざと言う時でも物やサービスに変えてくれるという信頼感が醸成された。


 それ等はやがて、一つの大きな潮流となり、遠隔地交易が発達するに伴って、グランノーツ教を大陸最大の金融業者へと押し上げた。


 優しさは、実力が伴えば、大きな武器となる。

 教訓として学ぶべき事だ。


「それじゃあ、明日もう一回来てくれる?今日のうちに手入れするから。」

「分かった。」


 支払いを済ませ、俺達はウルスラの店を後にする。

 話し込んでしまったせいか、空はすっかり茜色に染まっていて、地平線の彼方に燃え盛るような真っ赤な太陽が沈んでいる。

 その煌々とした光は余りにまばゆく、俺の目に壁の無い世界の情景を焼き付けているようだった。

 

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覇者の祝福 沙羅双樹の花 @kalki27070

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