第9話 女鍛冶師




「失礼ですが、貴方は?」

「アタシはウルスラ。そこの店のオーナーの娘。」

「娘?」


 俺は胡乱な眼差しを向けた。

 乱雑に後ろで纏めた赤毛の長髪。顔立ちは整っているが、表情は活力に乏しく、紫苑の眼は眠たげである。服装もやや野暮ったく、少し大きめのサイズの上着をゆるっと着用している。


 失礼だが、魔剣鍛冶師の娘とは思えない出で立ちだ。

 そんな俺の胸中をウルスラは容易く見抜き、指摘する。


「うわっ、嫌な目。絶対、疑ってるじゃん。」

「いえ、素敵な女性だと思っただけですよ。」

「口調まで変わってるのに信じられんだけど。普通、もうちょっとマシな嘘つかない?」


 呆れた様子で目を細めるウルスラ。

 されど、俺は飄々としている。彼女を疑っていた事は大して問題では無いのだ。


 真実、問題であるのは、ヴァルカンが現れた際に責められるような不適切な振る舞いをする事。

 それが無ければ、現状、疑うのは仕方が無いことであるし、笑い話として話を終わらせる事が出来る。

 ウルスラの不審など俺はそもそも相手にしていない。


 さらりと視線を受け流して、先の発言に言及する。


「それで休業中というのは?」

「そのままの意味。パパ、たまにふらっと旅に出る癖があるから、今回もそれでいなくなってるの。」


 後ろ髪を掻きながら答える。その口調には慣れが滲んでいて、彼女がこういうやり取りをするのが初めてではない事が伺える。


「いつ頃、戻られるのか分かりませんか?」

「詳しくは分からないけど、大体、一ヶ月後ぐらいじゃない。いつもそれくらいで戻ってくるし。」


 返答を聞くとエリナがこちらを見上げる。

 俺は無言で首を横に振った。幾ら性急では無いとはいえ、そこまでの時間の猶予は無いだろう。

 そもそも予定通りにならないものを宛にする事は出来ない。


「あ〜、何かごめんね。態々、ここまで来てもらったのに。」

「いや、突然、押し掛けたのはこちらですから。ただ、この辺りで魔剣を取り扱っている店をご存知有りませんか?」


 駄目元で尋ねてみる。

 ウルスラは視線を外し、少し悩ましげにする。そして唸るような息遣いの後、恐る恐る口を開いた。


「いるよ、ここに。」


 胸元に当てられる小さな手。

 何を言っているのか、俺は一瞬、分からず、きょとんとし、次いで目を見開いて驚きを露わにする。


「あはは、君、表情は素直だね。やっぱり、女性で武器職人って珍しい?」

「まぁ、良く聞く組み合わせでは無いと思います。」


 鍛冶師に女性が少ないということでは無く、その中でも武器職人を選ぶ女性は少ないという事だ。

 女性でも職人になったり、親方などの高い地位になる者はいる。


 しかし、その職業はなるべく力を使わないものが多い。

 これは単純に男女差別に依るものだけではなく、男女間に隔たる身体の構造の違いにも起因している。

 そういう理由もあり、力仕事のある武器職人に女性は少ない。


 まして魔剣鍛冶師ともなれば尚更だった。


「それじゃあ、着いてきて。これでも腕は確かだって見せてあげる。」


 片目を閉じて、目配せするウルスラ。

 彼女に連れられてやって来たのは、ヴァルカンの店の隣にある別宅。

 薄暗い室内には金床や炉、ふいごなど様々な鍛冶道具が散見出来、壁には幾つもの武器が立て掛けられている。


「ここがアタシの工房。独り立ちした時の餞別せんべつでパパがくれたの。」


 誇らしげな声だった。


「素敵なお父さんなんですね。」

「人の真似事ばかりしても神々は満足しないなんて言って弟子の一人も取らない頑固親父だけどね。」


 エリナの相槌に満更でもなさそうに肩を竦めた後、こちらへと向き直る。


「得物は何を使うの?」

「基本的には何でも使えます。大抵は武器の方が持たなくなるので、最終的には素手ですが。」

「何それ。」


 冗談だと思ったのか、ウルスラは片眉を上げたが、俺の隣にいるエリナが「あぁ、それで」と訳知り顔をするのを見て、目の色を変える。


「・・・・・本当に言ってる?」

「これでも『天恵者ギフテッド』ですので。」


 眠たそうな紫苑の眼が瞠目する。

 そして、俺がやった事をなぞるように、こちらを観察してくる。

 成程、嫌な視線というのがどういう事なのか、良く分かる気がする。


「君が?」

「厳密に言うと私達がですね。」


 怪訝に投げかけられる疑問に、エリナは使徒認定証であるペンダントを掲げた。


「それって使徒様の認定証!?」


 再度、仰天する。

 ぽかんと口を開けて呆けていたのも束の間、ウルスラは今までの気さくな態度をかなぐり捨て、居住まいを整える。

 その際、一瞬だけラフな上着を悩ましげに睨み付けた彼女の形相には喜劇じみたものがあった。


「し、失礼致しました!使徒様とは知らずの無礼、何卒お許しください!」

ちなみにだが、俺は王族だ。」

「意地が悪いですよ。」


 追い打ちを掛けようとした俺に肘鉄をかまし、無理矢理黙らせるエリナ。出会った時から思っていたが、聖職者とは思えないほど暴力に一切の躊躇ちゅうちょがない。

 それでいて、彼女は真っ直ぐだった。


「肩から力を抜いて下さい。使徒と言っても、私達が特段、偉いわけでは有りません。それにそう畏まられると、私達も疲れてしまいます。どうかいつも通りよろしくお願いします。」

「そう言われましても。」 

「お願いします。私達は偉くなりすぎる訳にはいかないんです。」


 切実な懇願にウルスラは面食らったようだが、「そう言うなら」と不承不承ふしょうぶしょうに受け入れる。少し不可解そうにしているのはエリナの真意を理解し切れていないからだろう。


 だが、王族である俺には分かった。

 あれは厳密に言えば、人々から偉く扱われる過ぎる訳にはいかないという文脈で告げられたものだ。


 そうしなければ、グランノーツ教の使徒達は、国王よりも偉く扱われてしまい、王族の権威を著しく損ねてしまう。

 故に敢えて、身をやつす必要があったのだ。

 それ程までにグランノーツ教の影響力は絶大だった。




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