第8話 グランノーツ教






 グランノーツ教。

 その存在を端的に表す言葉を俺は持たない。

 彼等は余りにも巨大な組織であり、この大陸全ての国々の成り立ちに関与してきた。


 このレムノスの街をしてもそう。

 今でこそ市民が自治運営を担っているが、かつては司教座しきょうざ都市としと言って、人々の信頼が厚かったグランノーツ教の司教達が行政活動を行っていた。


 他にも、その影響力の強さから、様々な国が意思決定に干渉されないよう、国家の主権という概念を生み出したという話もある。


 国家とその歴史を一言で表現する術が無いように、彼等を端的に表す言葉は存在しない。

 しかし、壮大な歴史とは対照に、その教義は非常に簡明だ。

 七貴神とそれに連なる全ての神々を崇め、『天恵者ギフテッド』に課せられた使命を手助けする。


 単にそれだけだ。

 他にも慈善活動であったり、学問の保護なども行っているが、彼等が世俗全てのしがらみを度外視するのは使命に関するものだけである。

 それだけにグランノーツ教に関わる人々の使命への熱心さは尋常ではない。


 今も、レムノスの街の司教とエリナが熱心に話し込んでいる。何でもこの街での生活について便宜べんぎを図りたいとの事だった。


 それから暫くしてようやく話し合いが纏まった。


「宿などを用意しておくので、夕方にまたこちらに来て欲しいそうです。それと貴方の分の認定証を作るそうなので、『祝福ギフト』を与えた神の名を教えて欲しいと仰っていました。」

「聞いていたから、伝言役みたいな事しなくて良い。」

「念の為です。」


 エリナは慇懃いんぎんに言葉を返し、青の視線で解答を催促する。些か気安くなったのは、俺が多少、心を開いたからだろう。


「あれだ。」


 組んでいた腕を解き、並列する七枚のステンドグラスの中央、立派なひげを蓄えた男神が描かれたものを指差す。


「七貴神の一柱、天空と戦の神ヴァジュラ様ですか。」


 その声音には得心の響きがあった。

 それが何に結び付けられたものか想像できない程、俺は愚昧ぐまいではない。


 彼女は『天恵者ギフテッド』の中でも飛び抜けている俺の強さと戦神ヴァジュラを関連付けたのだ。

 授けられた『祝福ギフト』の力は、それを与えた神の力に起因し、魔力量は神からの加護の大きさに比例する。


 それ故に、戦神からこの上ない寵愛を受けているとすれば、魔剣を使って尚、掠り傷しか与えられない破格の強靭さにも納得が行くというものだ。


「どうせであればコルヌコピアから『祝福ギフト』を貰えれば、生涯安泰だったんだがな。」


 七貴神の面々は以降の通りだ。

 天空と戦争の神、ヴァジュラ。

 海と秩序の神、トライデント。

 大地と豊穣の神、コルヌコピア。

 風と詩の神、ハバキリ。

 太陽と光の神、フレア。

 月と闇の神、ルナ。

 星と愛の神、ステラ。


 他にも様々な神が存在するが、特に広範に信仰されているのが、この七貴神だった。


「使い方次第だと思いますよ、きっと。」


 そううそぶく声は撫でるように柔らかであったが、肩を手で退けるような冷然とした現実を孕んだものであった。


「・・・・・その通りだな。」


 伏し目がちの微笑みを俺は否定する事が出来ず、翻意せざるを得なかった。

 何故なら『祝福ギフト』には、必ず代償が付き纏う。


 例え、人を傷付けていなくても、優れた力は他者を惹き付け、その者を放っておけないものにしてしまう。

 他者に干渉され続ける人生は、孤独に生きるのと何ら違いはないだろう。


 人とは異なる力を持つ。

 それこそが『天恵者ギフテッド』の宿痾しゅくあだった。

 その事を改めて胸に留めた俺は、場の空気が悪くならぬように小さく咳払いをして、話題を切り替える。


「ごほん、言伝ももう済んだんだろ?そろそろ、ヴァルカンの所に行こう。」

「はい。」


 近くにいた司祭に伝言を頼み、ついでにヴァルカンという魔剣鍛冶師の居場所を聞いて、俺達は聖堂を後にする。

 幸い、ヴァルカンはこの辺りに住んでいるらしい。


 まぁ、そうだろうとは考えていたが。

 というのも、ヴァルカンが真実、魔剣鍛冶師で有るのならば、その地位は非常に高く、高給取りである筈だからだ。


 レムノスの街は今でこそ城壁が取り払われているが、昔は城壁があった。その時、金持ち達はなるべく土地を広く使える開けた場所に居を構えていたと云う。

 ヴァルカンがそれにならっていたとしても、何ら不思議ではない。

 またその時代の家とは大体が商店や工房を兼ねている。


 そう考えた時、なるべく客の目につく、或いは、客がなるべく安全に通える場所に家を建てようというのが普通の心理である。


 少なくとも、清貧を気取って、治安の悪い貧民窟スラムに店を構えようなどと思うのは、客に不親切で、如何にも自己満足な考えだと分かる。


 先生が薦めるような人物ならば、その程度の道理は弁えていると踏んでいた。事実そうだったのだから、やはり一流は一流を知るということなのだろう。


 何故か誇らしい心地になった俺は、街を貫く表通りを颯爽とあゆむ。

 少し進んで、司祭から教えて貰った脇道へと入り、曲がりくねった隘路あいろを行く。


 その先には鍛冶師組合ギルドの区画がある。

 路地の両脇に立ち並ぶ数多くの店舗、そこには様々なシンボルの看板が立て掛けられ、何を取り扱っている店なのかを手っ取り早く主張している。


 全ての事をこなさなければならない田舎の鍛冶師とは異なり、都市部の鍛冶師は取り扱う分野が細分化され、得意分野に対して洗練された技術を有している。


 中でも魔剣鍛冶師や魔道具関連の仕事は花形と呼ばれるものだ。

 さぞかしヴァルカンという人物も凄いのだろう。期待に胸を膨らませて、店を探す。


 それから間を置かずして発見した。


「・・・・・ここだよな?」

「その筈です。」


 言い淀む声にエリナは首肯を返す。

 だが、さらりと流すような声音は俺の胸に一切の安心をもたらすものでは無い。


 俺は押し黙ったまま、店の外観を見渡す。

 背の高い石造りの住宅。その見てくれは立派で良いのだが、鎧戸は締まり切っている上に、耳を澄ませても、息づく音が聞こえない。


『天恵者』の聴力をして何も聞こえないのだから、恐らく、ここには今は誰も住んでいないのだ。


「そっちの店は休業中だよ?」


 ふと気怠げな声が投げ掛けられる。

 振り返ると、背の低い赤毛の女性が立っていた。




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