第7話 レムノスの街




レムノスの街は俺の聞きかじりの知識とは異なる様相をしていた。


 書物には街全体が壁や堀に囲われた城郭じょうかく都市であると耳にしていたが、それ等は既に撤去されていて、人の営みが茫漠たるひろがりを見せている。


 恐らく、経済活動の邪魔になると判断されたのだろう。地図の事もそうだが、安全保障が経済活動の妨げになるというのは屡々しばしばある事だ。

 実際、城壁に囲まれると、使用可能な土地は狭くなるし、人の出入りも制限されるので、必然的に市場も小さくなる。


 更なる発展を遂げたいと考えるのであれば、古い殻を破りたいと考えるのは当然の帰結だった。


 とはいえ、普通は安全保障の外圧があって、中々、実行されないのだが、エリナの言うように、多くの人々が平和になったと考えているという事なのだろう。


 街中に入ると、俺達は先ず教会へと向かった。

 念の為、使命に関する指令が届いていないか確認しておく為である。


「随分と賑やかだな。」


 その道中、俺は辺りを見回しながら、ほうと感嘆の息を漏らす。


 街を行き交うおびただしい数の人。耳をろうするような猥雑な喧騒に包まれた雑踏。

 山の中では触れる事のなかった人間という群れの営みは、引いては寄せるさざなみのようだった。


 やかましいと心の片隅で忌む一方で、興味深く、目が離せない。

 挙動不審な行動は騒動の種になるので控えるべきであると頭では分かっていたが、まだ見ぬ世界をの当たりにした興奮を抑えることは出来なかった。


「ふふふ、そうですね。一人一人が活気に満ちている気がします。」


 エリナは幼子を向けるような生暖かな視線をこちらへと向け、鈴の鳴るような笑い声を発する。

 それが若干、不満であったが、今は足を軽くする高揚感へと身を委ねる。


 表通りの奥へ奥へと進むと、街並みが少しづつ変化していく。

 郊外付近ではそれなりに広い建物もあったが、中心部では背が高く、密集した建物が軒並みである。

 どうやら都市の中心に行く程、かつての名残が強くなっているらしい。


 辿り着いた中央広場には荘厳な大聖堂カテドラルが堂々と鎮座していた。


「それでは行ってきます。少し待っていて下さい。」

「いや、俺も行く。」


 同道を申し出ると、エリナは驚いたように目を瞬かせた。鳩が豆鉄砲食らったような顔だ。


「教会のことはお好きでは無いと考えていたんですけど、違いましたか?」

「そんな事言った覚え無いが。」

「だとしたら、どうしてあのような断り方を?」


 こてんと小首が傾けられる。

 あのようなというのは、エリナが助力を申し出た際に、手酷く断った時の事だろう。

 まぁ、あんな断り方をすれば勘違いされるのも無理もない。


「あれはお前が気に食わなかっただけだ。」

「・・・・・それは喜んで良いことなんでしょうか。」


 率直かつ辛辣な発言に、乾いた笑みを浮かべるエリナ。

 板挟みになったような顔をする彼女に、言葉を続ける。


「今もそう思ってるわけじゃない。それにつまらない嫉妬だ。忘れてくれ。」


 決闘を通して俺はエリナの事を認めた。

 そして、認めた相手を憎む事は意外にも難しい。どうしても心の何処どこかかで凄い奴だと一目を置いてしまう。


 結局の所、無条件での敵意や悪意とは、相手を知らないからこそ、出来る事なのだろう。


 すると、エリナは顎に手を当て、眉間を思案げにする。


「こういうのをなんというでしたか。あぁ、そうです。ツンデレって奴ですね。」

「・・・・・何だそれ?」

「よく分かりませんが、ツンツンしてて可愛いって事じゃないですか?」

「その理論で言うと、割と巨漢な俺が可愛い事になるぞ?」

「私は可愛いと思いますよ?導き甲斐がいがあって、とてもやる気が出ます。」

「見上げた性根だな。」


 まるで骨の髄から聖職者のようだ。

 皮肉ではなく、純粋な賞賛である。

 そのふとした感想こそが、俺とエリナの関係の変遷をく象徴するものであった。

 


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