NHPドキュメンタリー『スペースペンギン 〜光らない流れ星〜』
子鹿白介
スペースペンギン 〜光らない流れ星〜
( ♬ ~ )
オトナリ太陽系の第八惑星『
スペースペンギンたちが糧とするスペースイワシやスペースオキアミは、不毛の・8・星には生息していません。宇宙空間へ翔び立つ必要が、ペンギンたちにはあるのです。
まさに氷の斜塔のようにそびえ立つペンギン・マスドライバーは、電磁式カタパルトです。電気を動力にしてスペースペンギンをこの星の脱出速度まで加速するものですから、生身の肉体などは一瞬で燃え尽きてしまいます。
それを防ぐため、打ち上げペンギンたちは腹這いになったトボガンのポーズのまま、みずから氷漬けになって待機するのです。
激しい吹雪の中で休眠状態となり、氷の砲弾と化した打ち上げペンギンたちを、仲間たちがマスドライバーへ運び込みます。
『早くしろー!』『雷がくるぞー!』
この役割は
父親ペンギンたちは、それぞれの巣で留守番です。母親ペンギンが産み落とした卵を、脚の間にしっかり抱えています。吹きつける吹雪と降りそそぐ宇宙線から卵を守り、パートナーの帰りを待つのです。
上空には黒い雲が立ち込めて、遠くで稲光が閃きました。第一波、数十羽の母親ペンギンたちをマスドライバーに装填して、工兵ペンギンたちはマスドライバーから離れます。
『準備いいぞー!』『巻き込まれるなー!』
ピシャーーン!! と氷の斜塔に雷が落ちました。
落雷のエネルギーを得たペンギン・マスドライバーは、射出レーンに沿って母親ペンギンたちを一気に加速し、空へと射出します。
横一列で打ち上げられた冷凍母親ペンギンたちは超音速の空力加熱で解凍され、はっと目を覚まし、すぐに嘴をまっすぐ前方へ向けて、両翼を広げて滑空のポーズをとります。大気に乗って上昇します。
暗雲を突き抜けて高高度へ到達し、ふわっと浮かんだ感覚を覚えたら、離陸は成功です。カーマンラインを越えて重力と気圧が一定以下になれば、宇宙空間を満たす暗黒物質のなかを、スペースペンギンは自在に泳ぎ回ることができるのです。
しかし油断はできません。この季節の衛星軌道で待ち構えているのは、天敵のスペースヒョウアザラシです。
『はやく、離脱しなくては!』
母親ペンギンたちは互いに声をかけ合って、・8・星から遠ざかります。第一波の射出を嗅ぎつけて、スペースヒョウアザラシたちが集まってきています。
地上では、スペースペンギンたちが次弾を装填しています。第二波には母親ペンギンだけでなく、体力に余裕のある護衛ペンギンや、スペースヒョウアザラシ対策のおとりとしてペンギン大のただの岩も込められます。
スペースペンギンは社会を形成する生き物です。厳しい環境に適応するため、皆で協力してお互いの身を守り合います。
しかしそれでも、より泳ぎが速くて体の大きなスペースヒョウアザラシから、すべてのスペースペンギンが逃れることは、とても難しいのです。
~~~~~~
母親ペンギンたちはいくつかのグループに分かれて数週間の宇宙遊泳を続け、月のまわりで輪っかになっているスペースイワシの群れや、アステロイドベルトにかかる霞のようなスペースオキアミを、お腹いっぱいになるまで飲み込みます。
食事を終えた母親ペンギンたちは天敵のスペースヒョウアザラシやスペースシャチを警戒しつつ・8・星へ戻ってくるのですが、旅の終わりにはもう一つの試練が待ち構えています。
大気圏再突入です。
宇宙遊泳の猛スピードのまま大気圏内へ戻ってくると、スペースペンギンたちは厚い大気の層に阻まれて空力加熱で燃え尽きてしまいます。
それを防ぐには、翼を精一杯羽ばたいて、落下速度を減速させるほかないのです。
百羽を超す母親ペンギンたちが、地上へ向けて降下していきます。
重力と気圧が増せば、宇宙空間のように自由に泳ぐことはできません。
気温が、体温が上昇しつつあるのを感じつつ、両方の翼を必死で動かします。
周囲の大気がプラズマ化して白と橙色の光を放っても、諦めるスペースペンギンはいません。しかし長い宇宙の旅路で翼にケガをした個体などは、羽ばたく力が足りないことがあります。
ああ……。
今、一羽の仲間が流れ星になりました――。
散り散りに着陸成功した母親ペンギンたちが、赤道直下にあるわが家へ帰ってきました。
『ただいま!』『おかえり!』
相変わらずの吹雪のなか、卵を抱いていた父親ペンギンの脚の間には……孵化した、スペースペンギンの雛鳥がいます!
絶食してやつれ果てた父親ペンギンから雛鳥の体を引き受け、母親ペンギンは子ペンギンに胃の中の食料を分け与えます。
そして体力の落ちた父親ペンギンたちはとぼとぼと、ペンギン・マスドライバーへ向かって、煤けた、それでもどこか誇らしげな背中で歩いていくのです。
~~~~~~
やがて・8・星に春が訪れました。地軸の傾きが大きいので、地球と違って赤道直下にも季節の変化が大きく起こるのです。
氷の軋む音が鳴り響いて、大空に屹立するペンギン・マスドライバーが、轟音を立てて崩れていきます。雪けむり、砂けむりがもうもうと立ちのぼります。
次の冬がきて気温が下がるまでは、スペースペンギンたちは宇宙へ上がることができません。赤道直下以外へマスドライバーを建造しても、・8・星の自転による遠心力を打ち上げエネルギーに利用することができず、脱出速度を得ることはできないのです。
ですから、亜成鳥になった子ペンギンたちを引き連れて、スペースペンギンたちは既に宇宙へと上がっていきました。
残っているのは、最後の仲間たちを宇宙へ送り出した数羽の工兵ペンギンのみです。工兵ペンギンたちは、蓄えておいた非常食で、次の冬までを食いつなぐのです。
『じゃあな、みんな。冬にまた会おう』
工兵ペンギンたちは、温かな日差しのなかで目を細めて、澄んだ空を見上げています。
~~~~~~
初めて宇宙に出た子ペンギンたちは、おおはしゃぎで泳ぎまわっています。あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、慣れない無重力と真空中の遊泳を楽しんでいます。
見た目は親ペンギンたちとほとんど変わらなくなりましたが、まだまだ子どもです。食事の探し方も、漁の方法も、これから学んでいくのです。
『あっちで動いているものはなに?!』『ぼうやたち、勝手に遠くへ行ってはいけないよ』
こうやってスペースペンギンたちは、次の冬までを宇宙で過ごします。
そのほとんどは・8・星へ戻ってきますが、別の太陽系へ旅をして新しい住み家を見つけるペンギンたちもいます。
わたしたちの住む地球にも、毎年数羽のスペースペンギンたちが降り立ってきて定住していると言われています。不完全ながら新たなペンギン・マスドライバーと思わしき氷の建造物が、南極大陸に作られつつあるというレポートも存在します。
・8・星を飛び立ったスペースペンギンたちの内の一群が、今年の6月×日に地球へ到達するという情報もあり、取材クルーが確認中です。もし本当ならば地球の大気は・8・星と比べて薄いので、ペンギンたちのランディングはずっと安全といえるでしょう。
視聴者の皆さまも、ふとしたときに空を見上げて、はるか彼方から訪れる〝光らない流れ星〟を、同じ宇宙の同胞を、どうか歓迎していただけると、とてもさいわいです。
( ♬ ~ )
~終~ 制作・著作 NHP(日本放送PENGUINS)
NHPドキュメンタリー『スペースペンギン 〜光らない流れ星〜』 子鹿白介 @kojikashirosuke
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