このお嬢にしてこのメイドあり

君塚小次郎

その一 「お嬢様、朝でございますよ」

 


「お嬢様、お目覚めはいかがでしょうか」

 朝も朝、冬の鋭い陽も顔を出し切っていない時刻。屋敷の部屋の一角に現れた背の高い影は、モノトーンで彩られたメイドから伸びていた。視線の先に眠る「お嬢様」が、そのメイドの主である。彼女が物心ついた頃から求めるは、ありとあらゆる美しさ。一日の始めなら、喩えれば純白か、その白すらも抜け落ちた透明で、聴いだけで浄化されるような美しい声────それとは裏腹の、低く重たい、非常に通りの悪い声色が響く。ドスの効いた……とまでは言わずとも、明らかにメイドが出すような飾った声ではなく……というか、本人に飾る気がないらしい。


「あ…あと……59分…60秒……」

「1時間と言いなさいバカ、失礼、おばか様」

「"お"と"様"つければ訂正になるとでも思ってるのかしら」


──「寝起きだから」といって掠れや淀み一つない、まさに純白の声、なわけがない主人の起床である。朝は平民同様ガラガラパキパキの声から始まる。見てくれはかなり幼く、寝癖は酷く、年齢そぐわないいびきをかきはするものの、目覚めはよく、頭が回る、それがここの主人の気性である。


「さて、朝食の前に、さて、今日こそは───ええ、歯を磨いていただきます」

「や、やだ」

「返答は受け付けておりません、歯ブラシと歯磨き粉、ゆすぐお水、受け皿、一式ご用意してありますので」

「手厚い監禁かなにかなの……?」

 事実、インドアを極めているこの娘"シューネ=フレイド"は屋敷に監禁されているといっても差し支えない。出ても広大な庭まで。して、外部との交流となると、あちらを客として招くしかないような立場である。故、滅多に外へは出ない。


「さあ、覚悟しなさいお嬢様……今日こそ、美しく完璧な朝を迎えさせます……‼︎」

「ぐっ……私の両手首掴んで動かして……なっにが完璧よコラ‼︎‼︎ブクブク」


 シューネが泡(歯磨き粉)を吹きながら暴れる絵面こそ酷いものの、二人羽織を模したような形で歯を磨かせるメイドと、その主の関係としては、柔らかく微笑ましいものだ。フレイド邸の朝は、今日も愉快である。



 ***



 冷たい空気にほのかに漂う白いもやは、目前のパンとスープが暖かいことを何よりも示唆している。大きな椅子に座る小さな娘が、小さな手で小さな口にパンのカケラを運ぶ。

「……悔しい……飯は……おいしいのよ……ほんとに……」

 手を震わせる理由は寒さではなく感動だ。彼女の美しい白銀の瞳に映るは、満足げに……かなり…不気味に笑うメイドであった。この黒髪黒眼なメイドの名は"リオヒティ=モナーグ"、シューネからは"リオ"と呼ばれている。


「お褒めにあずかり光栄でございます。ただお言葉ですがシューネ様、『飯』とは、フレイドの家名を背負うものとしていかがな───」

「──ねえリオ‼︎今日のスープは格別よ‼︎‼︎」

「えっへへ〜」


 まるで話を聞く様子のない主人と、別に対して気にしてないメイドの図。他人から幾度となく料理を褒められたリオもこの有様である。シューネ=フレイド、恐ろしい娘極まりない。


「いやあ、ほんとうに腕を上げたようね。最初の頃はこんなだったのに」

 朝食を済ました後の談笑にて、シューネが指を軽くつまんでみせた。かなり見栄っ張りである。

「……私、お嬢様が産まれた時から身長変わっておりませんが……」

「…………」

 そういう話でもないだろうと言った感じだが、リオの返答が予想外すぎてフリーズしてしまう。


「と申し上げましょうか、私、お嬢様が産まれる前からフレイドに仕えておりますので……」

「…………⁇⁇わたしが…産まれる前からわたしのこと好きだったってこと……⁇」

「……そんな感じです」


 バカである。どっちも。なんかもう気品とかない。ただ、こうも極限までに暖かい会話もまたないであろう。地球全土が凍てつこうとも、この空間だけは変わらない。そんなことを感じされる冬の朝の一幕だった。

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このお嬢にしてこのメイドあり 君塚小次郎 @cakecake258

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