第4話 神の村 に

生い茂る木の隙間から、山並みが見える。


山の形から、ここは下から見たあの雲がかった山のてっぺんだろいうことが分かる。

あの崖のような山の上にこんな村があったとは。


村、と言うには小さいが、木に囲まれた数軒の家はそれぞれに畑や家畜もあり、村として成立していた。


不思議なのは。

ここは、山に足を踏み入れたときには確かにあった背に這うような違和感がない。


本当に護られている村ということだろう。



少女は巫女と呼ばれていた。

「よう巫女ちゃん。芋煮たやつ食うか?」

呼び止められ、足元にくっついて来ていたいろはは、嬉しそうに走っていった。


女もまた巫女と呼ばれている。

「巫女様、煙草の乾燥したもの、社の箱に置いておきましたので使ってください!」

土っぽい顔の妙齢の女がお辞儀をしていく。

巫女様と呼ばれる女もまた、にこやかに応答する。


「煙草の葉ですか。ここで栽培しているのですか?温暖な気候の植物と思っておりましたが…」

「ここは下よりも寒いところですが、この煙草だけは加護を受けていて、育つのです」

「かみごおりの加護を?煙草が?」


隣を歩くこの女。煙を口から吐きながら妖艶にも見えた、夜の姿を思い出す。

村では親しまれ敬われているようだ。


「この村は巫女ちゃんと巫女様、おふたりが加護を受けているのですよね?」

永世が聞くと、顔を前に向けたまま女が答える。

「そうです、加護されている人は私たち2人です」

「貴女が村長のような役割りを?」

「いえ、私は巫女に過ぎません」

「神とやらには会えるものかな、私はなぜ追い払われずここにいるのか聞きたいですね」


女はそのつもりだったようで、手招きする。


「こちらです」


女が案内したのは、杉に囲まれたそんなに大きくない社だった。




-----



「陵島ぁぁ!このクサレボンボンがぁ!」


いかつい神主装束の男は、ドスドスと足音を立て、椅子にどっかりと腰掛けた。


神納かのうさん、子どもが見てますから」

陵島がにこにこ笑いながら、暴れ牛を諌めるように、両手でどうどう、としている。

いかつい男が永世を睨みつける。

「んなあ!?そいつが例の仏門のガキか!」

「声が大きいです、内密なことなので!」

「国で決まっとることをお前っ!廃仏だぞ!それを内務省管轄下にとは!何を抜かしているんじゃ、このクサレボンボンが!」

「子どもには罪も何もないでしょう?ましてはこんな狂った政策、うまくいくはずはありません」

「だああ、分かっとる。しかし…」


神道を国教にするため、神仏分離令が布告されている。

永世の実家の寺が焼かれ、身を潜め数年たっていたものの、いまだ仏門界への扱いはあまりいいものではない。

ここに来る途中、陵島邸からほど近い寺も、祠や仏像など壊され無惨に廃墟となっていた。

時代の変化が慌ただしく、不安な民衆は、決まりや流れを優先し見境ない行動を取ることもある。

情報が錯綜し、何が正しいか分からなくなっていく。

しかし、ここにいる男2人は冷静に先のことを見据えている。

ここまで信仰が広がった仏教を淘汰することはできるはずはないと考えている。

宗教とは人々の心の支えだ。それが神道であろうと仏教であろうと選択は個人の自由だ。

まして生きている者の命を奪ってまですすめる政策など、存在すべきでない。

国の中枢機関に居て大きな声で言えることではないが。


「一つまだお知らせしてませんでしたが、彼はね、見るのも祓うのも超一流だった壇宮寺良世だんぐうじりょうせいの御子息ですよ」

ぐ、と顔が引きつり、神納かのうがこっちを見る。

ここで父の名前が出るとは。


「良世ぃ?くそっ!くたばっちまいやがって」

「同じ剣道場でしたよね」

「勝ち逃げされちまっとんのよ!っかぁぁぁ!そうか、良世の息子か!」

がははと笑いながら、背中をバシバシ叩かれる。

痛い、なんなのこの急な感情変化。


確かに父から剣道は教わっていたが、寺子屋にくる子どもばかりの手習い程度の姿しか見てないので、実力は知らなかった。

このいかついおじさんに勝てるの?

真の坊主とも名高い、あの優しさの権化みたいな父が?

逆にこわい。

笑顔を絶やさぬ父の幻影が照れているのが見えるようだ。


「で、事前にお伝えした通り、この子を匿いつつ育てつつ役立ててもらえたら…ということです」

「わかった!わぁかった!俺に内密に言う意味もよう分かった。んで、現場でこき使っていいんだな?陵島のボンよ」

「ええ」

ばんっと目の前で握手をされ、永世は身売りされてる気分になった。


「コイツ、オレの娘。コイツと組めや良世の息子!」

「はあ…」


扉の横に静かに立っていた巫女装束の女が会釈する。

神納千里かのうせんりです」

「壇宮寺永世です…」


二十代くらいの女は、黙って白い棒を渡す。

神妙な空気が流れるが、永世は気づく。


「いや!これ千歳飴ぇぇ!オレ七五三じゃねえし!」

思わず敬語を忘れた。

正直、神納のおじさんのノリに引っ張られ地が出た。


「千歳飴ですね」

もう一本出して舐め始める女。

「うちの神社で、七五三のお参りしたときに護符がわりに配っとる。受け取れ、良世の息子!」

「ははは、受け取りたまえ、良世さんの息子クン!」

陵島が面白がって追撃してくる。



かくして、永世少年と千歳飴女とのお祓い旅の幕が開いた。




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促されるまま、一礼する。


「起きてください、来ましたよ。」

大きな声で女が部屋の奥に声を掛ける。


奥の方からビシビシと伝わってくる。

禍々しくも感じる重たい気配。

(こいつは厄介だ)

永世は一歩下がる。

ズオと周りの空気を巻き込んで、現れる。

八尺約2.5メートルほどの深い沼地のような、澱んだ緑。

覗いたら落ちてしまいそうな感覚。

底しれない。


「こちら、かの僧侶です」

永世はたじろぎ女をみるが、女は平然としていた。

罠だったか?


沼の塊がうぞうぞと動き、まず長い毛が見えた。

長い毛に覆われ、龍のような獅子のような赤黒い顔面がこちらを向く。



「…よお、くそ坊主」


その声は低くしゃがれていた。


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鬼気怨々奇縁 夜焚カガリビ @yodaku

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