崩落パイルバンカー

午前四時三〇分。

高層居住区『バベルの塔』――その一角で、サイレンめいたアラーム音が鳴り響く。


「……」


その麓というべきベッドに寝転ぶ部屋の主は、ただただ握りこぶしを持ち上げるのみで、そのけたたましい音を止めてやろうという気は全く見えない。

やがて、その状態で秒針が一〇ほど回った後に、諦めるようにアラームが止まる。

同時にぼさりと握りこぶしが落下し、シーツに大きなシワを作り出した。

適当に包められた栗の髪をまとめ、主が――アリシアが――起き上がった。


――亡霊。


誰に言うでもなく、アリシアはその言葉をつぶやいた。ぷちりぷちりとボタンをはずし、いつものパイロットスーツに身を重ねてゆく。


――亡霊。


今度は、頭に直接響き出した。部屋の壁にぶつかり、それが後頭部ではじかれ、ゆうっくりと脳髄を巡ってゆく。


亡霊。


言葉は背負ったままに、彼女は扉を開けて外に出た。


▼△▼


『今回のミッションを説明します。目標は魔法都市、ベルリオールの防衛部隊壊滅です』

『ええ、わかっているわ』


同性ならばストレスなく接せるだろうと配置された女性オペレータの声も、彼女にとっては煩わしいものに他ならなかった。

ぶっきらぼうにその返答を返しつつ、彼女は五キロほど離れた目標へカメラを向ける――視界に飛び込む、水上に浮かぶように配置された都市群。


事前情報によれば、ベルリオールとは多数の砲門を備えた防衛都市であった。

フロートコアのそれと目にならないぐらいのジェネレータを中心として、南と北に滑走路めいた長い路が広がっている。

その長い路に砲台が多数設置されており、敵性存在を見つけ次第攻撃を開始できる。

障害物なき海の上に屹立していることから弾丸を防ぐ術は必然的に限られ、その攻略は容易でない──。

最硬、などと嘲笑と侮りを含ませたような言葉も、まったくウソと切り捨てられる言葉ではなかった。



『敵地は開けています。言うまでもないことかもしれませんが――回避機動を優先してください。開けているために弾丸はあらゆる方向から飛んできますし、それによって水没してしまえばサルベージは困難を極めます。ああそれと……着地しないと、高速移動のブーストは回復できません。ご留意ください』


私の任務は新任オペレータ教育プログラムも兼ねているのかと、アリシアは無線に拾われないぎりぎりの音量で吐き出した。

心配を通り越してもはや過保護なその言葉は、別に言われずともわかっていることの繰り返しに他ならず、ただただ疲労を募らせるばかりだった。


空気が震えて魔力が噴出し、時速八〇キロを超える速度でもって深紅が海へと吹き飛ばされる。


みしりと地面を凹ませ、海に足が触れる直前に跳びあがる。

体にかかるGを感じながら、深紅のフロートコアは空へ空へと舞い上がる。こうなってしまえば兵器の仔細も丸見えであるが――敵から見つかりやすいことの裏返しにも過ぎない。

それでも跳びあがるほうがかなり妥当であった。一つは黄金位置ゴールド・ポジション、もう一つは水没=死である水上戦闘において、平常時は下を取る意味が薄いからに他ならない。引きずり込まれるようにして落ちていくその様から『河童が潜む』などと例える輩も少なくないが――実際は、オペレーショングシステムが誤作動を起こし、海水を魔力と勘違いして取り込み、精密機械たるフロートコアは海水を取り込んで無事なわけもなく――結果、海水が足裏に触れた瞬間に全機能が停止され、海底へと落下。活動を停止してしまうのだ。

次世代兵器は実のところ、まだ開発の余地のある発展途上の兵器に過ぎなかった。


(右に一門、左に二門――パイルなら余裕で壊せるわね――あ?)


視界の端から端までを精査し、巧妙に隠された砲の位置にアタリをつける。おそらくあと数メートルも近づけば撃ってくるだろうが──彼女が機体の動きを止めたのは、それが原因ではない。


『! 一機、フロート・コアが接近しています──……速い!』

『気づいてるわ、新人オペレータさん』


視界の片隅──南北に長く伸びた滑走路の南側から、魔力の青い燐光が尾を引いてこちらへ向かってくる。紛れもなく、防御のために飛び出してきた敵機だった。


なるほど速いと内心で苦笑しつつ、こちらへ向かうソレへと両の手を構え──


『客人はお主か。……悪いが、狩らせてもらうとしよう』


手が止まる。


青の閃光が脇を通り過ぎ、大きく舞い上がる風に煽られた。バランスを崩しかけたと思ったのも少しのことで、手慣れた老兵の頭は思考困惑より生存の択を弾き出す。


『……、…………貴方は』

『苦しいか。じゃがそれすらもじきにのうなる。──死は、そうして訪れる』


音すら弾き飛ばすほどの轟音と共に、敵機がすぐ横を掠めた。

ごうんと轟音を引き出すそれに引っ張られ、深紅の機体がバランスを崩すが、老兵の脳髄は思考コンワクより先に生存の択をはじき出した。


『――亡霊?』

『"ヤグルヴィア"、これより目標を排除する。――まあ、ちとばかり心が痛まんでもない』


背骨めいた腰部の上に乗る、逆三角形の灰色ボディ。軽さを追求した肩部に煌々と輝く、"首輪のついた日"のエンブレム。


名前、機体、エンブレム――総てに困惑していても、敵はそれを許してくれるハズもなかった。

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狂楽パイルバンカラー 井上ハル @Sukard

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