欠落パイルバンカラー

「なるほど。ご苦労だった」

「いえ」


 その白い肌がほぼ露になる真っ赤なドレスに身を包み、栗色の髪を乱雑に後ろに投げ出したかのようなアリシアと、葦色のスーツに筋肉と知性を隠し、たおやかな白髪交じりの灰髪をオールバックにしたその父タルザが、たった二人には惜しいほどの豪奢な広い部屋で朝食をとっていた。

 お互いの後ろの窓から陽光が差し込み、天井に等間隔に配置されたシャンデリアと相まって、柔らかな光を放っている。


「どうだ? 新しいフロート・コアの調子は」

「全体の軽量化とジェネレータの高出力化、概ね良好です。ですが――」


 肉に突き立てていたナイフの動きを止め、ナプキンで口を吹く。たっぷり数秒その手を止めたかと思えば、ナイフを自らの皿に盛られたチキンに突き立てる。


「ですが、射突型ブレードの簡略化と肩部のライフル。あれはやはりいただけない」

「――……ほう」


 ヤマネコを思わせる、タルザの切れ長で黄金色な瞳が細められる。

 めつけるように、或いは値踏みするように自らの娘を凝視している。


「肩部のライフル。使うつもりも当てれる気もしないモノを、私が持つとでもお思い?」

「……」


(別に、私も使うとは思っておらんよ)


 ただ、心配なだけだ――口からそう漏れる代わりに、苦み交じりの笑みが零れる。悪意も害意もなく、自分の娘がただただナイフを口へと運んでいるのを見たからだ。

 机に肘を立て乱雑に食器を繰り、肉の小分けを口へ口へと運んでいる。やがて咀嚼が終わったころに、


。下手に武装を積んで機動性を損なうのなら、一撃の火力をもっと上げてくださる? ええと。誰でしたっけあのエンジニア――バ――」

「バッカス」

「そう。バッカス。彼に話を通してもらいまし。前に貰った二連パイル案は良かったと――あら?」


 扉の前に立っている、革靴と古式的クラシックな青いジャケットに身を包んだ男性に気が付いた。

 その濃すぎる香水の匂いに少し顔を歪めつつ、アリシアは彼を見送った。

 彼の服と対照的な真っ赤なカーペットへ打ち付ける革靴の音を響かせ、"彼"は手に胸を当て――騎士めいた所作で、タルザの足元に片膝をつく。


「ご無沙汰しております。王」

「ロイか。ご無沙汰――そうか、もう一年になるのか。あまりにも最近のことのように思えて仕方がないよ」

「私も同じ感慨にございます」


 きしりとタルザの座る椅子が回転し、自らに跪いた騎士へと視線が注がれる。

 王と呼ばれたことに動じないのは、それがいつもの戯れであると慣れてしまったのか、或いは絶対な自負があるのか。いずれにせよ、底の浅いようで深いこの男の真意を測ることは難しい。

 深く遠く――自らの記憶を振り返るように、或いはかみしめるようにその目が細められた。娘に向けたその表情とは対照的に、その目は冷徹を含んでいる。


「――……ちょっと、私には挨拶もありませんの? サマ」

「一年放った騎士モドキではなく、愛しき整備士様にご執心したほうがよろしいのでは。"ジョオウグモ"?」


 一切その姿勢を崩さずに、ロイは皮肉を投げつける。燕尾服のような藍色の尻尾とタルザの着る葦色のスーツがシャンデリアに照らされ、ナイフに淡い淡い青色を映し出す。


「戻ってきたということは――」

「ええ、はい。覚悟は纏まりました。をお願いいたします」

「ちょっと、私は――」


 席を立ち上がろうとするアリシアを手で制し、その代わりにタルザが立ち上がる。跪いたロイの肩にぽんと手を置き、頑張ってくれたまえ――と囁いた。


「――っ」


 やがてタルザが元の席に座るよりも早く、彼女の姿は掻き消えていた。


 ▼△▼


 Pray for ――


 退屈な哲学書を地に置くと、椅子の軋む音が彼の背後から鳴る。


 ゆっくりと首をめぐらし、ベッドに乱雑に転がった燕尾服を視界がとらえた。適当に放り投げられたソレを――畳むのはしなくともせめてハンガーにかけるぐらいは――と彼自身思いながらも、それが為されるのは恐らくずっと先のことである。


 雲よりも高い高層階の窓から差し込む真ん丸な月光を体中で浴びつつ、男――ロイ・アンサングは客人を待った。


 程なくして、雲海に穴を開けて小さな客人が現れる――正方形のコア・パーツの四方に支柱を伸ばし、その先端にそれぞれプロペラを搭載した小型ドローン。監視センサーやレーダーにギリギリ引っかからないサイズに収まったソレが、バルコニーにゆっくりと降り立った。


「――――……なるほど」


 ドローンの所持していたメモリを手近なパソコンへ差し込み、中の情報を確認した。――今起こっていることに、或いはこれから起こることに笑みをこらえきれなかったようで、口元を隠したハズの手のフチには、盛り上がった口角が浮かんでいた。


 返答を書き込み、ドローンへ繋ぎなおす。やがてふよふよと飛び上がったソレは、今度はもと来た道を辿って帰り始めた。


(この距離ならば、操縦者はそう遠くない場所にいるのだろうか――上か、下か――)


 もう一つの手紙を書き込みつつ、ロイはあれやこれやと思いを巡らせていた。

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