狂楽パイルバンカラー
井上ハル
享楽パイルバンカラー
一筋の閃光が、砂粒のように地表を舞う放射能を掠め、あたり一帯を照らし上げる。
次世代人型兵器、フロート・コア。万能のエネルギーたる魔力を込めた鋼を纏い、大気中から取り込んだ魔力を用いて神経のように機体内部に張り巡らされた魔力糸に魔力を流すことで駆動。魔導で練り上げた弾丸を用いて闘う――世界大戦後に急増した、魔導兵器の最終形、その一種。
最後の戦争が終わってもう五年は経過しただろうが、汚染されつくした地上でのフロート・コア同士の小競り合いは、大して珍しいものでもなかった。
メリー――左肩に一門、魔導式破壊砲を取り付けた、デッサン人形を思わせる細い細い肢体をもつ蛍光グリーンの軽量機『メアリーアーチ』と、血の紅をその身に窶した、鳥を模した逆関節足――こちらも軽量機である――シリエラ・ヤヴルヴィアの機体『マーダーズ・レッド』。この場に居座る二つの走狗も、広大な地球の砂粒でしかいなかった。
偶然か必然か、レーダーやロックオン機能もあまり意味をなさないこの地域にて、発動に少々の溜めを要するメリーの武器は掠める気配も見せず、遠く大地に黄色の大輪を咲かすのみ。シリエラの必殺の一撃も引き撃ちを押し付け、隙の見せる溜めすらその回避によって尽かされるために、メリーには当たる気配を見せずにいた――拮抗、停滞。
と、思われていた。
きり、とシリエラの関節が機動を始める――飛び上がる、一筋の赤い燐光。
跳躍の最高点に達した機体が、完全に空中で動きを止め――そこに打ち込まれる、メリーの一撃。当たればタダでは済まないだろう、崩壊の序曲――その指揮棒を握る一末の轟音。
――やられた。
完全に無防備な、並の相手であれば間違いなく当たったであろうソレに打ち込んだその射手はしかし、コックピット内で歯噛んでいた。
いつまでも当たらぬ回避機動、尽きていく弾薬、延々と押し付けられる重圧――言い訳はいくらでも思いつくが、その全てを並べたところで変わりはしない――ということを、もう嫌というほど思い知っていた。
砂埃のように舞う放射性物質が濃く疾く、辺りを覆い始める。こうなってしまえば、よほどの近接武器でなければ、狙いすら付けられないだろう。
『うふ』
高低差約六〇メートル、水平距離差一五メートル。
彼女にとって、その差は正に理想であった。
バッターが自らのミートの位置を熟知しているように、あるいはサッカー選手が絶対にゴールに入れられる場所を把握しているように。彼女もまた、その武器を絶対に命中させることのできる距離というのを知り尽くしていた。偶然が常識の戦場で、唯一絶対を押し付けることのできる一芸――
砂塵吹き荒れる暴風の中を、紅がゆっくりと降りていく。心地いいまでの浮遊感にそのパイロットは恍惚とした表情を浮かべ、両の足を地に付ける――
一般的な兵器は、魔導の出力でその威力が左右される。最たる例が、メリーの繰る『メアリーアーチ』の肩に備え付けられた魔導式破壊砲。
機体操縦のための魔力をも圧迫するほどに高い消費エネルギーと、それと引き換えに得た圧倒的火力/射程。
昔はライフルのような低燃費武器でも数発で決着が着くことが多かったともいうが――魔導鋼の質の向上および耐久の底上げと空力制御を目的に、その鋼の表面に常時展開された障壁魔法などで、強制的に戦闘時間が長引き始めた。
もちろんそれは死ぬリスクを引き上げることと同義であることから、
が。マーダーズ・レッドが唯一装備している、その両腕に備え付けられた武器――本名を射突型ブレード――通称"パイルバンカー"。
鉄杭を炸薬で発射し、敵を刺し貫く――ただ、それだけの武器。
それだけは、"魔力消費に比例して威力が上がる"という近代兵器の原則をひとり、破壊する武器であった。
『……うふ、ふ』
『マズイ!』
片や愉悦。或いは恍惚。
片や恐怖、或いは確信めいた敗北の表情を浮かべ、お互いが見えるはずのないお互いの表情を知覚する。
『メアリーアーチ』の真正面に降り立った『マーダーズ・レッド』に、その必死の砲が向けられる――
(真正面、獲っ――)
フロートコアの可動域は、ほぼ人間のソレと変わらない。人間にできることはフロートコアにもできる――と銘打った初期のメーカーは、そのPRに恥じぬ性能を世に轟かせた。ああいや、一部の人間は犬が撫でられないじゃないかと憤慨したが――まあ、そういう話ではないから切り捨てられた。
しかし、肩部。人間に存在しないその部位だけは、人間の思う通りには動かない――神経接続によって直感的な操作が可能になったフロートコアも、しかし人体から離れた物体の操作だけは、最新鋭の技術をふんだんに活用してもまだ、完成しきってはいない。無理に可動域を広げれば頭部や腕部、パイロットの乗るコックピットへ影響を及ぼしかねない。必然的に狭まる可動域は、旧時代の戦車と呼ばれる兵器、その主砲とそう変わりはしなかった。
その狭さが最も目立つのが『上』と『下』。本来の可動域では二〇度ぽっちしか向くことができないため、熟練のパイロットほど上半身を倒して狙う傾向にある。
彼女もまた、その一人であった。
逆関節機を迎え撃つために持ち上げられた機体の上部。その敵が突然、目の前に降り立って――つい。
『外した――!』
つい、上半身と肩部を同時に動かしてしまった。アシストさえあれば当たっていたかもしれないが、たらればの話をしても意味はない。
(計算のうちだったの──?)
非情にも弾丸は地面を抉り、黄色の煙幕めいた大輪をその場に咲かせる。
『逃げ――あ』
溜め。本来ならば刹那にも満たない一瞬の
偶然と必然。不確定の運命にあるべき定めを示し――
『アナタ、強かったわよ』
鉄杭が、その中心を貫いた。
▼△▼
『うふ、うふふふ――あはははは!』
砂塵のような放射性物質が和らぎ、陽光がその間を刺す。
アリシアの目の前に転がる、肩に大きな砲を備えたフロート・コア。
人間でいうところの腹部に大きな穴が開き、中から液状魔力が流れ出している。覗こうと屈めば、恐らく内部構造も見えるだろう。
メリー――すなわち敗者がついさっきまで繰っていた、"メアリー・アーチ"その機体であった。
片膝をついたような格好で、その特徴的な砲からは火花を散らせている。それを見れば――いや、腹に開けられた大穴一つで、そのパイロットは無事でないことは明らかだろう。事実、アリシアのエモノの先端は赤く濡れていた。
『素敵な風穴よ、アナタ!』
アリシア――すなわち勝者、『マーダーズ・レッド』は大きくのけぞりその肩を震わせて快感に喘いでいる。
彼女の専属オペレータが何言か――恐らく帰還要請について――喋りかけているようだが、その声は届いていないようだ。その笑い声が、汚染されつくしてもう誰もいない砂漠に鳴り響いていた。
精神汚染の影響を疑われているとはつゆ知らず、彼女はただただ、笑い続けた。
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