婚約破棄され、事故に遭い悪役令嬢に転生!? 〜罪人扱いだったけど、信頼されるように頑張ってたら、公爵様と結ばれました〜

猫兎彩愛

悪役令嬢に転生

「別れて……くれないか?」


 素敵なレストランでディナー中、突然彼から告げられた言葉。


「え? どうして? 私達これからじゃないの?」


 ありえない。


「すまない。瑠華るかより大事な人ができたんだ」

「本気で言ってる? 私達、十年だよ? 今日だって付き合って十年目の記念日だよね?」


 こんな素敵なレストランを予約までして、しかも記念日に別れ話なんて。


「本当にごめん!」

「大事な話があるって言ってたの、これのことだったんだ。別れ話するのに、こんな素敵なレストランなんて予約しないでよ!」


 溢れてくる涙を必死に堪えながら、席を立つ。


「瑠華っ!」


 彼は呼び止めようと名前を叫んでいたが、止まる気にはなれず、走って、ただただ走って、気付いたらレストランを飛び出していた。


 大事な話っていうから、プロポーズかと思ったのに。こんなのってないよ! もう30なのに。


 モヤモヤ考えながら走っていると、キキーッ! という、ブレーキ音。驚いて振り向くと、目の前にトラックが迫っていた。


 あ……やば。もう無理、避けれない……。


 ドンッ! という音と共に体が宙に浮く。


 何? この、まるで漫画や小説の終わりのような。恋人に振られて事故って死ぬ、なんて。あーあ。もっと幸せになりたかったなぁ。


 身体が浮いている時間が長く感じる。


 「うっ!」


 強い衝撃が来た。


 もう、本当にこれで終わりなのかな? さっきのは走馬灯? まだ、やり残したことも、やりたいこともあったのに……。



 *



 遠くから、鳥のさえずりが聞こえてくる。


 え? 私、生きてる? 助かったのかな?


 ゆっくり目を開けると、知らない場所だった。


 ここ、病院? こんな病院あったっけ? ベッドもフカフカだし、シーツもシルクのような高級な感じ。それより何より、トラックに轢かれて飛ばされて、あんなに大事故? だったにもかかわらず、身体中痛いけど、動くし、病院にしては、点滴すらない。


 一体、何が起こってるの? 夢? 死後の世界とか? あるのかな?


 そう思いながら、はぁ……と、溜め息をついた時だった。


「は……かはっ……」


 何これ? 喉カラカラだわ。声が……。本当にどうなってるの?


 身体をゆっくり起こし、部屋の中を見回してみる。


 それにしても、病院にしては豪華過ぎる部屋。けれど看病のあと? みたいなのはあるんだよね。見たことのない塗り薬? 湿布みたいなもの、氷枕。でも点滴は無し。だから喉がカラカラなのかしら? 本当にここはどういう所?


 そんな風に色々考えていると、カチャっと扉が開きメイド服を着た人が入ってきた。手には洗面器を持っている。身体を起こしていたのでバッチリ目が合う。


「お、お嬢様……大変! 知らせないと!」


 バタンとさっき開いた扉は閉まり、メイドは出て行ってしまった。


 お嬢様? 今、お嬢様って言った? 否、そんな事より、まず、み、水を……。


 しばらくすると、バタバタバタと数人の慌ただしい足音が。さっきのメイドと医者の様な人、若い20歳位のコスプレらしきものを着ている男性が二人入って来た。


 一人は王子様系、もう一人は護衛的な? しかし二人ともイケメン。何なの? このキラキラ感。


 ますます理由が分からなくなり頭を抱える私に、医者らしき人が声を掛けてきた。


「メリーナお嬢様、気分はどうですかな?」


 メリーナお嬢様って、私? この人、何言っちゃってるの? って、水ーーっ!!


「え……あの、こ、声が。み、水を……」

「それは大変だ。水を」


 メイドが慌てて持ってきた水をゆっくり飲む。身体中に染み渡る。


 こんなに水って美味しかったっけ?


「それで、お嬢様、ご加減はいかがですか?」


 もう一度医者が聞いてきた。


「えと、身体中痛いです」


 トラックに轢かれたし。こんな軽傷なのが不思議だけど。


「そうですか。まぁ、階段から落ちられましたからね」


 ん? 階段? どゆこと?


「え、えーと、階段から落ちたって?」

「覚えてらっしゃらないのですか? まぁ、5日も目が覚めなかったみたいですし、それだけ衝撃が強かったということでしょう」


 5日も目が覚めなかったのね。喉がカラカラなのも納得。でも、階段から落ちたってどういうこと? トラックは?


 その時だった。激しい頭痛が襲う。


「あ、頭痛い……」


 頭を抱えて下を向き目を閉じると、色々な情報が頭の中に流れてきた。


 これはもしかして、メリーナっていう子の記憶? 私、転生? 憑依……ってやつしちゃったの? そうだとしたらこの子、かなりの悪役令嬢みたいだけど……私、こんな子になっちゃったの!?



「お嬢様? 大丈夫ですか? 話し方もいつもと違う様な気もしますし」

「え、ええ」


 返事はしたものの、いきなりの事で、どうしたら良いかも分からない。急にこんなこと受け入れられるはずがない。


 そんな時だった。


「もう、よろしいですか? 目も覚めたことですし、こいつに聞きたいのだが。俺の愛しのフローラを階段から突き落とそうとしたことについて」


 メリーナの記憶によると、この人はメリーナの婚約者のカイルね。けど、愛しのフローラってどういう事? 婚約者はメリーナのはずよね?


「カイル? フローラって?」


 フローラはカイルの幼馴染みみたいだけど……


「そうだよ! お前が階段から突き落とそうとした俺の愛しのフローラだっ! 誤ってお前が落ちたみたいたが、罰が当たったんだろうな。危うくフローラが大怪我をするところだったんだぞ?」


 何かおかしくない? メリーナは侯爵家の令嬢でカイルの婚約者なのに。いくら幼馴染だからって、愛しのフローラはないんじゃない?


「けれど、婚約者は私ですわ!」


 そう言った瞬間、場が凍りつく。


 確かに、何だかイラッとして、つい大声を出してしまったけど、そんなに皆が固まる事?


 カイルが呆れながら、私の方を向く。


「はぁ……。まさか、覚えて無いのか?」


 え?


「何をですの?」

「俺、お前と婚約破棄したんだけど? お前のその我儘に付いていけなくなってな。それでお前も逆上して、フローラを階段から突き落とそうとしたんじゃないのか?」


 え? メリーナ、婚約破棄されてるの!?


「婚約破棄?」

「そうだ。婚約破棄した途端、お前は泣いて、喚き散らして、周りに迷惑かけてた。けどまぁ、しばらくはしょうがないかなと、我儘ではあったが、人に危害を加えるわけではなかったし、それで大目に見ていたんだ! それなのにお前ときたら、フローラに手を出そうとしやがって!」


 確かに、メリーナの記憶でこの子が我儘な悪役令嬢だったってことは分かってる。けど、知恵はあった筈。ずる賢いこの子が自分で後々面倒な事になるのが分かっているのに、自分で手を下すだろうか? 仮にするとしても、誰かに命令しそう。


「メリーナ……私が、突き落とそうとした証拠は? 誰かが目撃したんですか?」


 死人? に口無し。もしかしたら階段から落ちた時に、たまたま近くにフローラが居ただけとかじゃないの? それを勝手に決めつけてるだけとか?


「フローラが言ってたんだ。お前に突き落とされそうになったって」

「他には?」

「いないけど?」

「は?」


 まさか、フローラだけの証言で決め付けてる? フローラって、そんなに信用できるの?


「は? って何だよ? 喧嘩売ってんのか?」

「何でまたそんな事言うの? それよりも、フローラが勘違いしてるって事は? 嘘付いてるとか?」

「そんなことはない。フローラが嘘をつくはずがない。そうやって、また人を貶めようとするんだな」


 駄目だ、聞く耳持たない。どうやっても私を犯人扱いしたいらしいわね。


「私はそんな風に、人を貶めるつもりはないわ」

「ったく、どの口が言ってるんだか。まぁ良い、目も覚めたことだし、早速このリアンの屋敷に行ってもらおうか」

「え? どういう事なの?」

「はぁ……婚約破棄されておきながら、この王宮にまだ居座るつもりか?」


 なるほどね。けど、出て行くなら実家でも良いんじゃ? 両親はメリーナを溺愛してるみたいだし、私もそのほうが楽。


「出て行きます。けれど、この方の家に行く理由はありませんわ。実家に帰らせていただきます」

「メリーナ、自分の立場が分かっていない様だな。良いか? お前はだ」


 はぁ? まさか、フローラ突き落とし未遂疑いで?


「罪人っ!?」

「そうだ。だから、あんな甘々な家に返すわけにはいかないんだよ。本当は今すぐに処刑してやりたい気持ちだけどな、まぁ、階段から落ちたのはお前だし、俺なりの配慮ってやつだ。監視付きの屋敷に行くだけだ。感謝しろよ!」

「なっ……」


 カイルって人の心が無いの!? 確かにメリーナは素行が悪かったし、疑いはあるかもしれないけど、仮にも最近まで婚約者だった相手に対して……


「分かったなら、俺の気が変わらないうちにさっさと行け! もう、フローラに危害を加えようとするなよ。じゃあ、リアンよろしくな」

「承知しました……」


 力なくリアンが答える。まぁ、そうだよね。メリーナ評判悪いもんね。リアンは悪くないし、これ以上迷惑かけるわけにもいかないか。


 気持ちを切り替え、カイルと執事やメイドたちがいる方へ振り向く。


「分かりました、。皆様、お世話になりました。リアン、これからよろしくお願い致しますね」


 ペコっとお辞儀をすると、カイルは少し驚いた様子。


「イヤに素直だな。まぁ良い、早く行け!」

「言われなくても、直ぐに出て行きますわよ!!」

「やっぱり、本性を表しやがったな!」


 あ。駄目だ。このままだとまた、長くなる。


「リアン、行きましょう」


 リアンの袖を引っ張り、外に出ようとすると、またカイルが叫ぶ。


「リアン! 喰われるなよー!」


 何言ってるんだか。全く、こんな奴にメリーナは惚れていたなんて。


 外に出ると、馬車が停めてあった。リアンが手を差し出す。


「メリーナお嬢様、どうぞ」

「あ、ありがとう……」


 今はこうやってエスコートしてくれてるけれど、これから行くリアンのお屋敷って、一体どんなところだろう。公爵家だし、きっと広いよね? けどまぁ、行ったとしても私は当然罪人扱いだし、きっと牢獄みたいな部屋なんだろうな。


 リアンに手を引かれ、馬車に乗る。馬車の中は心地良くて、しばらくすると眠くなってきてしまった。そんな私に気付いてか、リアンが優しく声をかけてくれる。


「もうしばらくかかりますし、眠っていても大丈夫ですよ?」

「大丈夫よ、ありがとう。あなたも大変よね? こんな私を自分の屋敷に迎えなきゃならないんだから。正直、嫌でしょ?」

「ふっ……」

「え?」


 あれ? さっきと雰囲気が?


「大丈夫ですよ? は見たものしか信じないので」


 俺? 


「あ、あの……」

「大人しくしていてくださいね? まぁ、今はしおらしくしている様ですが、根本にあるものは中々直らないと思いますので、いつまで続くか見ものですね」


 何だか楽しんでるようにも見えるわね? この人、間違いなくだわ。


「は、はい……」

「驚きましたか? まぁ、俺はメリーナ様がどんなに我儘を言おうが、悪事を働こうが気にしませんよ? その代わり、俺にはあなたをいつでもできる権利がありますので」

「え!? 処刑!? 私、あなたに処刑されちゃうの!?」

「カイル様より許可は貰っております。まぁ、大丈夫ですよ? 何もなければ、ね?」


 大人しくしていれば大丈夫、よね?


 リアンのという発言に不安になりながら、馬車に揺られて屋敷へ向かった――――



 ✳



「旦那様、おかえりなさいませ」


 執事やメイドたちが入口に勢揃いしている。


「ああ。ロイ、用意は出来ているか?」


 リアンが年配の男性に声をかける。どうやら、執事のようだ。


「はい、旦那様。あの、そちらのお嬢様が例の……」

「そうだ。今日からよろしく頼む。それと、このメリーナに付く侍女は誰が?」

「私でございます、旦那様」


 メイドらしき女性がリアンに頭を下げる。


「ルナか、君なら大丈夫だろう。よろしく頼む」

「はい、承知しました」


 ルナと呼ばれた侍女がこちらへ向き、挨拶をする。


「メリーナお嬢様、ルナと申します。不慣れなところもあるかと思いますが、よろしくお願い致します」


 丁寧に挨拶をしてくれているが、何だか厳しそう?


「えと、ルナさんよろしくお願いします」


 こちらも丁寧に返さなきゃと思い、お辞儀をするが、驚いた様子でこちらを見ている。


「……」

「あ、あの。私はどうすれば?」


 やっぱり嫌なのかな? と、いうよりじっと見られてる? なかなか表情が読めないし、ちょっと怖いかな。メリーナは本当に評判が悪いみたいだし、どうなるんだろう。


「そうですね。では、お部屋にご案内致します。お荷物もお持ち致しますね」


 怖そうに見えたけれど、その後もちゃんと丁寧に対応してくれた。案内された部屋は、意外に素敵な、罪人には豪華すぎる部屋だった。


「あ、あの、この部屋で合ってますか?」


 尋ねると、ルナは少し厳しそうな顔をして、


「申し訳ございません、メリーナ様には狭すぎますし、ドレスも少ないですよね? けれど、こちらは王宮とは違い、これが限界です」

「いや、あの、そうではなくて、こんな広い部屋で良いのかなって。一応、罪人らしいし……」


 私の言葉に、ルナは目を丸くして驚いている。


「あら? メリーナ様ってもっと我儘で酷いと聞いていたけれど、そうでもないみたいですわね」


 ルナは小声でボソッと言い、口を噤んだ。


「まぁ、そうですよね。多分、私のこと良い様には聞いてないと思うので」

「申し訳ありません。私、思わず口に出してしまいましたね」

「いえ、特に気にしてないので大丈夫です」


 そう話をして、微笑みかけたつもりだったけれど、


「それでは、失礼致しますね」


 そう言うやいなや、ルナはササッと用事を済ませ、パタパタと部屋を出て行ってしまった。


 まぁ嫌だよね、罪人だもんね。あんまり一緒の空間に居たくないのかな? しょうがないけど、何だか傷つくなぁ。


 ルナが出ていったドアを暫く見つめて座っていると、ドアがノックされ、今度は執事が入ってきた。


「メリーナ様、執事のロイと申します。こちらの部屋で何か不都合な点などございましたら、お申し付け下さい」

「えと、ロイさん、よろしくお願いします。不都合なんてとんでもないです。寧ろ、こんなに広い部屋で良かったのですか? 私、罪人って言われてますよね?」

「確かに罪人とは言われておりますが、大事なお客様ですので。ちゃんともてなすようにと、旦那様からいわれておりますよ。このお部屋も旦那様がご用意された部屋です」


 え? リアンが? あんな風に意地悪されたし、よく思ってないのかもとか思ってたけど、もしかして、結構優しかったりするのかな。


「えと、あの……リアンが用意してくれたのですか?」


 私が問うとロイは優しく微笑んだ。

 

「そうでございますよ。旦那様はああ見えてとてもお優しい方です。表情が読めないなどと言われ、誤解されがちですが、一緒に過ごされていくうちに優しさに気付かれる筈です」

「そうなんですね。私、本当に不安だったんです。所々記憶も無いし、目が覚めたら急に罪人扱いで。まぁ、今まで素行が悪かったですし、反省しないといけませんが」

「今まではと、反省されているなら、大丈夫だと思いますよ。我々は、周りから罪人と言われていたとしても、見たものしか信じないので。メリーナ様が変われば自ずと周りの目も変わると思います」


 見たものしか信じないって、リアンと一緒なんだ。主人の意向が皆に通じてるのって凄いな。


「ありがとうございます。私、歓迎されてないって思っていたので、嬉しいです」

「歓迎、ですか。申し訳ないですが、歓迎はしておりません」

「え? あ、あと、えと、すいません! 歓迎されているわけ無いですよね」

「ただ、皆はを見ておりますので、頑張って下さいね」


 ロイはそう言うと、ニッコリと微笑んでくれた。


 何だかんだ皆、優しいのかな? とりあえず、これ以上嫌われないように頑張らないと。



 ✳



 しばらくすると、ルナが部屋に来た。


「お食事のご用意が出来ました。リアン様がお待ちです」


 食堂に通されると、今まで見たことの無いような豪華な食事が目の前に広がっていた。


 わぁ〜! 美味しそー! メリーナってこんなの食べてたのね。


 ふとリアンを見ると、黙々と食べているので気にせず食べることにした。


 何これ! 美味しい! これも! これもー!


 夢中で食べていると、リアンが突然吹き出す。


「フッ、まるで小動物だな」

(メリーナって、こんな奴だったか?)


「あ、あの……これは……美味しくてつい」


 や、やばい……つい、夢中になって食べてた! 見られているの気付かなかったし、品位を損ねているって言われるかも。


 ドキドキしながらリアンの方を向くと、さっきまで難しい顔をしていたのに、イケメンスマイルが炸裂していた。


 え? 何!? 笑顔が眩しいのですが。


「口にあって何よりだ」

「は、はい! 美味しいです。それと、え、えと、あの、部屋も素敵で、あの、ドレスまでありがとうございました。けど、何でですか? 私って、罪人ですよね?」


 ダメ、うまく話せない。何だか心臓も早くなってる気がする。


「そうだな。けど、来る時も言ったが、俺は見たものしか信じない。それに、メリーナは確かに罪人ではあるが、我が屋敷の客人でもあるからな」


 そう言いながら、ニカッと笑うリアンが格好良すぎて、くらくらする。


「は、はいっ! ありがとうございます」


 ちゃんとお客様扱いしてくれてたんだ。本当にリアンって優しいのね。それにしても、格好良過ぎ。目、見れないーっっ!


「どうした? 顔が真っ赤だぞ? 熱でもあるのか?」

 (俺が来て、緊張でもしたか?)


 そう言いながら、リアンは私の額に手を当て、その後おでこを合わせる。


 か、顔近い。何!? リアンって、実は天然!? それとも、わざと?


「だ、大丈夫です! 部屋に戻りますね! ごちそうさまでした!」


 そう言って、慌てて立ち上がり食堂を後にする。


 もう、限界っ! ドキドキするーっ! 心臓もたないよーっ!


 慌てて部屋に戻った私は、リアンも顔を赤くして呟いているなんて気付いてなかった。


『あれ? 何だ? メリーナが可愛く見える?』



 ✳



 暇、だ……。


 屋敷に来てから、3日。私は暇を持て余していた。不自由なく過ごさせてもらっているのだが、使用人の皆とも関係はギクシャクしているし、することも無いし、一日が限りなく長く感じる。


 どうしようかなと外を眺めていたら、使用人たちが忙しく働くのが目に入る。


 そうだ! 私も何か手伝えることはないかしら。


 膳は急げと、ルナを部屋に呼ぶ。


「メリーナ様、お呼びですか?」

「あのね、ルナ、ちょっと相談なんだけど」

「メリーナ様がそれでよろしいのでしたら……」


 ルナは少し驚いた顔はしたけれど、快く受け入れてくれた。



 ✳




 ――2時間後、私は屋敷の庭に居た。


「何をしている?」

 (今度は何だ?)


 リアンが不機嫌そうに声をかけてきた。


「あの、花壇の手入れを」

「それは見れば分かる。何故、そんな事をしているのか聞いているんだ。使用人の服まで着て」

「えと、暇、だったから?」

「暇?」

「いえ、あの、花が好きなんです。だから、花壇も綺麗にしたくて」

「花が好きなのは分かったが、何も手入れまでしなくても、使用人たちに任せておけば良い。ルナは何してる!?」


 リアンの声に慌ててルナが来た。


「旦那様、申し訳ありません!」

 

 このままじゃ、ルナが怒られちゃう!


「ルナは悪くないんです! 私がルナにお願いしたんです!」

「はい、メリーナ様が花壇の手入れをしたいと申しましたので、私の服をお貸ししました」


 ルナは淡々と報告する。


 あ、ルナってハッキリ言うんだ。これなら怒られたりとかなさそう。


 そう思っていると、リアンがため息をついた。


「そうか、分かった。ったく、メリーナ、どういうつもりだ?」

「どうって? さっきも言いましたが、花が好きなので、お手入れを」

「何度も言わせるな。だから、何でそんなことをしている? メリーナは自分が汚れたりするような事はしないと思っていたが?」

「私は動くのが好きなんです! それに、皆さんにしてもらってばかりだと悪いですし」

「あんなに使用人をこき使っていたか?」

(どういう事だ? 本当に人が変わったみたいだ)

 

 確かに、それもそうよね。メリーナってそういう人だったわ。


「それはその、私も反省して」

「……ったく。そうか、まぁ良い、好きにしろ。いつまで続くか見ものだな」

 (反省、か。まぁ、そんなに長くは続かないだろう)


 格好良い、ドキドキするーー! って思ってたけど、前言撤回! やっぱり、やな奴! 見てなさい、こうなったら見返してやるんだからーっ!


 私はそれから花壇の手入れだけでなく、屋敷内の掃除、料理、お裁縫など、毎日忙しく過ごしていた。最初は、ギクシャクしていた使用人たちとも仲良くなり、何とも充実した日を過ごしていた。



 ✳



 ――1ヶ月後。


「メリーナ様ーっ! これはどうしましょう?」

「メリーナ様っ、こちらも来てください」

「メリーナ様! 一緒にどうですか?」

「メリーナ様っ」


 皆に呼ばれ、頼られるようになり最近はここに来て良かったって、思えるようにもなった。最初は厳しそうだなって思っていたルナも、実は表情を表に出すのが苦手だと言うことも分かり、今は一番の仲良しだ。


「ねぇ、ルナ、この後私の部屋でお茶しない? ロイに美味しいお菓子も貰ったの」

「分かりました。それでは、とびきり美味しいお茶を入れて差し上げます」

「流石、ルナ!」

 

 ルナと2人で部屋でお茶しながら楽しんでいた時、部屋のドアがノックされる。入ってきたのはリアンだった。リアンが無表情で話しかけてくるので、敢えてニッコリと微笑んでみた。


「楽しそうだな」

 (笑顔が可愛らしいとかちょっと思ってしまったじゃないか)


「はい、お蔭さまで。皆様となかよくしてもらってますよ」

「そ、そうか。それなら良い。化けの皮は剥がれなかったみたいだな」

 (使用人の皆と仲良くしてるみたいだが、本当に心を入れ替えたのか?)


 なっ……! リアンって、悪態つかなきゃダメな人なの!? せっかく良い気分でルナとお茶してたのに。


 そんな私の気持ちを知るはずがない、ルナがリアンに提案する。


「旦那様もご一緒にお茶どうですか?」


 ちょっと! ルナ、何言ってるの!? 私はルナと2人でお茶してたいのに。


「そうだな」

 (一緒にお茶でもすれば今のメリーナが分かるかもしれない)


 リアンが対面に座ると、ルナがお茶を入れ、部屋を出ていこうとする。


 え? ルナ?


 ルナを見つめると、ルナは私にだけ見えるようにニコッとして、手で小さくガッツポーズ。


 ん? ルナー? 何でガッツポーズなんか……


「それでは旦那様、私は業務がありますので失礼しますね」

「ん、分かった。お茶ありがとう」

「え、ルナ?」

「メリーナ様! また後で来ますね」


 どうしたら良いの? この状況。


 いつまでも下を向いているわけには行かないので、前を向くと、窓から入った日差しがリアンを照らしていて、うつむき加減でお茶を飲むリアンが格好良過ぎて、思わず見つめてしまった。


 じっと見つめているとリアンがそれに気付き、見つめ返してきた。


「ん、メリーナ? どうした?」

 (何だか俺の事を見つめてきてた気がするが)


「あ。いや、あの、何でもないです」

「そうか。しかしお前、面白いな」


 え? 面白いって? 私、何かした!?


「え?」

「ああ、いや、噂に聞いているメリーナと違って、ここに来てからのメリーナは我儘は見られないし、何なら使用人と一緒に屋敷内の仕事までしてるし、何だか目が離せなくてな」

「そうなんですね。私、令嬢らしくないですよね? ごめんなさい」

「いや、謝らなくて良い。というか、寧ろ今の方が良い」

「本当に!?」

「ああ、可愛……いや、何でもない」


 (俺、メリーナのこと可愛いって言いかけた!? どうしてなんだ。さっきから何だかおかしい。こんな気持ちは初めてだ)


 今リアン、私の事可愛いって言いかけた!? いや、そんなはずないよね?


 そう思いながらリアンを見ると、顔が赤い。


 もしかして、本当に可愛いって思ってくれてるの? 期待して良いのかな? いや、まだまだ油断しちゃダメ。いつ、されるかなんて分からないんだから気は抜けないわ。


 軽く咳払いする。


「今の方が良いと言っていただき光栄ですわ。いつ処刑されるかとヒヤヒヤしておりましたの」

「あ、処刑……か。そうだな。まぁ、今のところは処刑するつもりはない」


 (処刑の事、すっかり忘れていたな。それより、メリーナが気になって仕方ない。俺もルナの様に仲良くなれないものか)


 あれ? もしかして、リアン処刑の事忘れてたのかな? って、私もカイルのことすっかり忘れていたわ。婚約破棄されて、罪人にもされていたのに。


「良かったです。では、今のままで大丈夫なんですね?」


 とりあえず、一安心かな。それにしてもリアン、何だかずっと見つめてくる?


「そうだな。このまま何も無ければ大丈夫だ」

「分かりました。これからもよろしくお願い致します」

「それとな、また、こうやってお茶しないか?」

「あ、はい。じゃあ、またルナでも呼んで……」


 そう言うと、リアムは急に私の両手を握る。


「いや、二人が良い」


 え……?


「あ、あの、リアン?」

「あ、えと、あ、すまない」

 (俺は一体何をしているんだ!?)


 リアンは慌てて手を離し、バツが悪そうにこっちを見ていた。


 リアン、可愛すぎる。本当にどうしちゃったんだろう? 最初の意地悪に見えたリアムが嘘みたいに可愛いんですが。


「分かりました。それではまたお茶しましょう」


 さっきまで、リアンに笑いかける時は作り笑いをしていたが、自然に笑顔になっていた。



 ✳



 次の日――


「メリーナ様、起きてください!」 

「ん? どうしたのルナ……」


 眠い目を擦りながら、体を起こし目を開けたら大量のプレゼントが目に入った。


 ……は?


「何これ?」


 キョトンとして固まる私にルナはニッコニコしている。


「これ、旦那リアン様からのプレゼントですよ!」

「え? 何で急に?」

「それは、メリーナ様に好意を持ってるってことですよ! 仲良くなりたいのではないですか?」


 ルナ、何だか楽しそう。私がここに来てから今までで一番笑顔な気がする。


「そ、そうなのかな? それにしても多すぎる気が」


 そう思いながら、昨日の事を思い出すと、顔が火照ってきた。


「昨日、何かありました? メリーナ様、顔真っ赤ですよ?」

「な、何言ってるの? そんなこと……」

「もう、認めたらどうですか? 旦那様のこと好きだって」


 え? 私がリアンを好き?


「そうなのかな? そんな事考えたことなかったわ。私は罪人でココに来たわけだし」

「もう、皆メリーナ様のこと罪人だなんて思ってませんよ? こんなに可愛らしい方なんですから」

「なっ……、ルナ、私が可愛い? って、えと、もうっ! 恥ずかしいじゃない!」

「そういうとこも可愛いですよ」


 そんなやり取りをしていたら、部屋がノックされた。


「メリーナ? 居るか?」

「はい! ただいま」


 私の代わりにルナが返事し、部屋のドアを開けた。


「メリーナ、プレゼントは見たか?」

「あ、はい」

「どうだ? 気に入ったか?」

 (ルナに仲良くするにはどうしたら良いか聞いたら、プレゼントをすると良いと言ってたからな)

「えと、気に入らないわけではないんだけど……」

「いや、無理しなくて良い。いらないなら、片付ける」

 (何かやってしまったのか? それとも、俺からのプレゼントなんていらないのか?)


 明らかに不機嫌そう。って、悲しそう? どうすれば? でもでも! 気持ちは嬉しいけど、多いんだもん! どう言ったら伝わるかな?


「そ、そうじゃないの! ただ、多くてびっくりしてるだけで、あ、後、こんなにいっぱいの装飾品やドレス使い道あるかなって」

「そうか。じゃあ、出掛けようか? 毎日一緒に」

 (何だそんな事か)


 急に嬉しそう? けど、毎日って!?


「ま、毎日!?」

「そうだ。それなら、困らないだろ?」

 (我ながら良い案だ)

「そうなんですが。でも、それって……」


 もごもごしていると、ルナがにこにこしながら、はっきり言う。


「デートですねっ!」

「もうっ、ルナーーっ!」

「メリーナ様ったら照れちゃって!」

「り、リアンはそんなつもり無いですよね!? って、ルナもキャラ変わり過ぎじゃない!?」


 そう言ってリアンを見ると、リアンは顔を背けていたが明らかに照れていて、顔が真っ赤だった。


「デート、しようか?」


 照れながら振り向き、はにかみながら言うリアンにまた、キュンとしてしまっていた。





 数日後――


 リアンとの関係が良好になって数日後、私は今、フローラの前。私にお客様だとロイから言われ、私の部屋にフローラが入って来ていた。


 フローラはかなり不機嫌そうだ。


「もう、リアン様を解放して差し上げて?」

「えと、どういう事ですか?」

「分からない? リアン様は元々、カイル様の右腕、騎士なのよ? それに、公爵家のご当主でもあるの! それが貴女の監視の為にお城にも来れないし」

「いや、でも……」

「でも、何ですの!?」


 フローラは、私に詰め寄ったあと小声で呟いた。


『せっかく王宮から追い出せたと思ったのに……』


 誰のせいでこうなってると思って……って、今、追い出せたとか言わなかった? やっぱり、この子が犯人に仕立て上げたの!? けど、証拠は無いのよね。


 以前のメリーナなら、我儘放題だしきっとキレて暴れただろうな。けど、それをしちゃうと相手の思う壺だわ。ここは冷静に。


「フローラ様、申し訳ありません。ですが、私もカイルの命でこちらに来ておりますので」

「そう、解放する気はないのですわね。そしたら、こちらにも考えがあります」


 この人は何を言ってるの? 私は命令で帰れないって言っているだけなのに。本当にメリーナをどうにかしたいのね。


「えと、何を?」

「リアン様の所へ案内して下さる?」

「え?」

「カイルの婚約者、フローラが会いに来ましたと」

「わ、分かりました」


 断ったら怪しまれるよね?


 リアンの所へ案内する。


「リアン? メリーナです」

「メリーナか、入って良いよ」


 リアンから返事があったので、ドアを開け部屋へ入る。


「失礼します」

「メリーナ、どうした? えと、そっちはフローラ?」

「リアン様、ご無沙汰しております。今日はお話がしたくて。あ、メリーナ様、もう良いですわよ」


 そう言うなり、部屋から追い出される。


 フローラ、何を言うつもり? それに何だろう? この気持ち、胸がチクッとする。


 色々モヤモヤしながら部屋へと戻った。



 ✳



 1時間後――


 コンコンと、部屋の扉がノックされる。


「はい」

「メリーナ? 俺だ」

「リアン?」

「入って、良いか?」


 どうしたんだろう? 何だか沈んでる様な?


「うん、入って」


 リアンは入って来ると、凄く切なそうな顔をしていた。


「メリーナ、大丈夫か? 何か酷いことされなかったか?」

 (フローラに、何かされていないか心配だ)


「え? 私は大丈夫ですよ? 何かありました?」


 すると、リアンは急に私を抱き締めた。


「フローラが来ただろ? 肌を触ってきて言い寄ってきたり、俺が心配だとか、メリーナの為に俺が犠牲になってるとかそんな事を言ったり、もう私は大丈夫だからメリーナを実家に帰したら? とか言ってきたんだ」


 ん? 実家に帰す、の所は別に良くない? って、そうじゃないよね。 腹黒フローラみたいだし。


「そうなんですね。私、迷惑ですもんね」

「そうじゃない! それに、今日フローラに会って思ったんだ。やっぱりメリーナは突き落とそうとなんてしてないんじゃないか、嵌められたんじゃないかってな」

 (メリーナはあんなことするはずない。見てれば分かる)

「リアン……ありがとう」


 メリーナはきっと、リアンが信じてくれるだけでも報われるわよね? けど、疑いが晴れたらどうしたら良い? やっぱり実家に帰らないといけないの?


「俺はメリーナを信じてる」

「うん、けど、そうなるとリアンはどうしたいの? 疑いが晴れたらやっぱり直ぐに、帰ってほしい?」

「いや、まだだ。帰るも何も、これは王命令だからな。帰すわけにはいかないんだ」

「そうですよね。けれど、本音はどうなんですか? 私が居るとやっぱり迷惑ですよね?」


 私がそう言うと、リアンは急に真剣な顔で見つめてきた。


「そんなことは無い、寧ろいて欲しいんだ。俺の側にずっと……俺の隣はもうメリーナ、君しか考えられない」

 (帰せと言われても、もう帰す気なんてない)

「リアンそれって……」

「ああ。そうだ。認めるよ。メリーナ、君のことが好きだ! ずっとそばに居て欲しい」

「私も! リアンが好き!」


 私たちは微笑みながら見つめ合い、唇を重ねた――。



 ――Fin――


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婚約破棄され、事故に遭い悪役令嬢に転生!? 〜罪人扱いだったけど、信頼されるように頑張ってたら、公爵様と結ばれました〜 猫兎彩愛 @misausa03

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