第十二話

 え、と。

 ユリオの喉から漏れたのは、声というよりはただの音というべきものだった。ややってから、もう一度「え」を繰り返した彼は、信じがたい内容の手紙を読むみたいに瞳を細めてゼフィラを見つめた。

 その手が口元を覆い、視線が虚空へ落ちる。それからしばらく視線をあちこちうろうろさせた後、ようやくゼフィラに向き直った。

「嫌いに、なりたかった?」

 問いかけというよりは、ゼフィラの言葉をただ繰り返したといった調子だった。かき上げた前髪をがしがしやって「ええ」だの「うーん」だの、あやふやな言葉でうめき続ける。その様子は、どこか滑稽ですらある。

 けれど、それを鼻で笑ってやろうという気にもならない。左の前髪を押さえる腕に、ゼフィラは爪を立てていた。いつの間にか、視線は焚火のもとへと落ちている。

 ユリオが口を開く気配。たゆたうような間があってから、手を膝の上に置いて身を乗り出してきた彼の姿が視界に入ってくる。眉根を寄せた瑠璃色の視線が、焚火の向こうからじぃっと見つめてきた。

「……何があったんだ?」

 ――何があったんですか?

 左目の痛みが強まった気がして、喉が詰まったような音を立てる。

 それはゼフィラがあの家から屋敷へ戻った時、同僚たちから幾度となく投げかけられたのと同じ言葉だった。彼らの視線はすべて例外なくゼフィラの左目に向けられていて、恐怖か下世話な好奇心のどちらか、あるいはその両方が浮かんでいたように思う。

 けれど目の前の彼の眼差しや潜めた声には、それがないような気がした。かといって、冷笑の仮面が割れてしまった愚か者を嗤おうというわけでもない。そういう邪念の類を曇った眉で隠し、垂れ目で丸め込むには、この少年は直情的が過ぎる。

 そんなことを思う頭の片隅で、少しだけ思案している自分が居ることにゼフィラは気づいた。考える間もなく、拒否してしまえばよいものを。

 やがてゼフィラの指が、前髪の毛先へと滑り落ちる。

 不意に、ユリオが制するように手を挙げた。

 その目は既にゼフィラの方ではなく、周囲に広がる闇へと向けられている。

「……どうしました?」

 彼の目つきに、緊張の色を感じ取ったせいだろうか。問いかける声は、自然と低く抑えたものになっていた。ゼフィラには何も見えないし聞こえないが、ユリオは異類だ。まったくの人間であるゼフィラより感覚が鋭敏だとしても、何ら不思議ではない。

「何か光った気がする」

 答える声は、囁くような小声だ。意識して耳を傾けなければ、焚火の弾ける音にすらかき消されてしまうような声。視線は森の闇の中へと向けたまま、ユリオは鼻をひくつかせた。

 するとすぐさま、彼は自分の鼻を手で覆った。

「それに、何かヤな臭いだ」

 見えない何かから距離をおくかのように、猫背になって身体をのけぞらせる。顔をひどくしかめたその目つきは、夜を睨むみたいになっていた。

「臭い?」

 これもやはり、異類と生身の感覚の違いなのだろうか。ゼフィラの鼻は、彼が言うところの「何かヤ」な臭いを捉えてすらいなかった。

「どんな臭いなのです?」

「……甘いみたいな、苦いみたいな。それになんか、鼻の奥がチクチク刺されるみたいな感じがする」

 異類が嫌がる、甘いような、苦いような臭い。それが何なのか、ゼフィラにはわかった気がした。そう思った次の瞬間、その臭いはゼフィラの鼻腔にも届いていた。

 粘りすら感じるほどに濃い、甘く苦い臭いが、幼いフルエットが苦しげに咳きこむ姿をゼフィラに思い出させた。背中をさするゼフィラに、やっと咳の止まったフルエットは青白い顔で微笑むのだ。そんなに怖い顔を、しないでほしいと。そんな主の姿が痛ましくて、だからゼフィラは別邸でのあの晩に――。

「ゼフィ? どうした?」

 その声に、目の前に広がっていた別邸が夜の中へと溶けていった。軽く頭を振ると、問いかけに応じないまま立ち上がる。鈍くうずく足を引きずるようにしながら、ゼフィラはユリオへと歩み寄っていった。

「っ」

 痛みにバランスを崩しかけると、受け止めようとしてユリオがさっと手を伸ばす。その手ではなく肩の方につかまると、ゼフィラはバランスを取るついでに彼の耳元へ顔を寄せた。

「この臭い、異類除けの香でしょう。これほど濃いものは、わたくしも初めてですが」

 ゼフィラの言葉の意味を察したのか、ユリオの肩が痙攣するように小さく跳ねた。異類除けの香を漂わせながら夜の森に分け入ってくる者など、狩人の他には居ない。

 香の臭いがどんどん濃くなってくるのを感じてむせそうになりながら、ゼフィラはたしなめるようにユリオへ囁いた。

「自ら顕わにするような愚かな真似、してはいけませんよ」

 一転、ぽかんと緊張感のない表情を浮かべるユリオ。ゼフィラが睨むように彼の左手を見やると、彼は自身の左手とゼフィラを交互に二度見した。素早くまばたきすると、首振り人形みたいな調子で繰り返し頷く。それから彼は、左手が人のソレであることを確かめるように、手を開いては握ってを繰り返す。

 やがてその手を差し出してきたから、ゼフィラはそれを支えにして腰を下ろした。臭いの元が推測通りであるならば、慌てて逃げる理由はない。少なくとも、ゼフィラに限っては。ユリオにしたって、下手に逃げるよりはこのまま白を切った方が安全なはずだった。狩人から逃げるということは、自らが異類であることを認めるのと同義なのだから。

 そうこうしているうちに、香の臭いはますます強くなってくる。異類を狩り出さんとする狩人たちであっても、近隣に異類が出た時の教会でさえも、ここまで香を焚くことはないはずだ。香そのものは人間にとって無害とはいえ、臭いが強くなりすぎれば流石に多少は具合が悪くなることだってある。

 香の臭いに気を取られているうちに、灯火のような光が幾度も瞬いたのがゼフィラの目にも映った。ますます強くなっていく臭いに嗅覚が塗りつぶされていく中で、他の感覚がそれを補おうとしているかのように、自分自身やユリオの息づかい、近づいてくる下草を踏む音が異様なほどに大きく聞こえた。

 ユリオを一瞥する。じっと闇の向こうを見つめる彼の顔には、じっとりとした汗がにじんでいた。息も荒くなっている。それはきっと、向こうからくるものへの緊張だけが理由ではないのだろう。

 ざざざっ、と。草の上を滑るような音が。ひと際大きく響いた。

 かと思うと、息が詰まるほど濃厚な甘苦い臭いが、ひと固まりとなってゼフィラ達を包み込んだ。瞳にすら染みこむその臭いが、濃い緑の霧となってゼフィラの視界を覆いつくす。臭いの主が振り香炉の類を使って今しも香の煙を撒き散らしているからそう見えるのか、それとも濃すぎる臭いに目が錯覚を起こしているのか、ゼフィラには判断がつかなかった。

 たまらず目元を覆った暗闇の中で、ユリオが激しく咳きこむ声が聞えてくる。その奥にもうひとつ、病人のような弱弱しい咳の音が聞えたような気がした。押し殺したようなその音を、ゼフィラは知っているように思う。

「ゼフィ、ユリオくん……!」

 絞り出すようなその声が聞えたのは、ゼフィラが手庇で香を防ぎながら目を開けたのと同じタイミングだった。

 心臓が跳ねた。無意識に振るった腕は香を振り払おうとしたのか、それとも声の主を払い除けようとしたのか、自分でもわからなかった。つかの間、息ができなくなったのは香の臭いのせいではなく、胸が締め付けられたからだ。一歩も動いていないのに、心臓がばくばくと音を立てる。手庇をそのままに、決して目が合うことのないように。そうして、聞こえなかったフリをする。

「っえほ、ごほっ! っくそッ……!」

 口を開いた途端、ユリオはたちまち咳きこんでいた。しきりに目をこすって涙すら流しながら、それでも声の主を見つめて口を開く。

「フルエット、なんで……!?」

 声の主は、そしてすべてを塗りつぶすような香の臭いの大元は、どちらもフルエットだった。長い髪を今は頭の後ろでひとつに結い、小柄な体をすっぽりと覆う頑丈な外套を羽織ってランプを手にした彼女は、その全身から異類除けの香を漂わせていた。息を切らせた彼女が荒い呼吸を繰り返すたび、呼気の代わりに香が吐きだされるみたいに、甘苦い臭いが漂ってくる。

 ゼフィラの指の隙間から覗いたフルエットの顔は、ほとんんど色を失くしたような蒼白に染まっていた。彼女にとっては、毒にも等しい香に包み込まれているせいなのだろう。ランプを持つ手が小刻みに震えているのも、森の中を歩きまわった疲労によるものだけではないのだろう。

「ごめ……君たちが、心配で……」

 外套越しに胸を押さえたフルエットが、「でも」と相好を崩す。

「二人とも、無事でよかっ……」

 よろめくような足取りで、フルエットが一歩を踏み出す。かと思うと、彼女の小さな身体はそのまま前のめりに傾いていた。

 フルエットを呼ぶ声が、二人分響く。

 倒れる彼女を受け止めたのは、ゼフィラの方だった。より正確には、自分を下敷きにするように滑り込んだのだ。尻の上を、ランプがころがっていく感覚があった。

「っう……!」

 遅れてやってきた足の痛みで、額に脂汗がにじむ。フルエットに密着したせいだろう。顔全体が濃い香の臭いに包み込まれ、ゼフィラは咳きこんだ。

 口元を覆いながら歩み寄ってきたユリオが、ゆっくりとフルエットを抱え起こした。ユリオが呼びかけるが、反応はない。苦しげな吐息が聞えてくるだけだ。

「フルエット様は!?」

「気を失ってるだけみたいだ。でも……」

 ゼフィラは腕だけで体を起こすと、ユリオに抱えられたフルエットを見つめた。きつく閉じられたまぶたに、皺の寄った眉間。微かに聞えてくる呼吸音は、発熱している時のように荒い。ただでさえ身体に合わない異類除けの香を、むせ返るほどに濃く全身に纏っているのだから当然だ。

「安静にできる場所へ、香を抜かなければ……!」

 ここに留まっているわけにはいかない。森の中で香が薄まってくれば、やがて異類がフルエットに誘われてくるだろう。あらゆる意味で、それは避けなければならない。

「でも、それには森を抜けないと――」

「どうしました?」

 ユリオの視線が、フルエットの外套の腰のあたりに向けられていた。ゼフィラもまったく気づいていなかったけれど、そこには一本のロープがくくりつけられていた。ロープの先は、森の闇の中へと続いている。

「……道しるべ」

「え?」

「だから、道しるべです! このロープを辿っていけば、きっと森を抜けられるはず!」

「そ、そっか! だったら、すぐに行こう。こんなとこ、フルエットをいつまでも置いとけない」

 抱きとめていたフルエットを、ユリオは抱えなおした。そのまま歩き出しそうな勢いの彼に、ゼフィラは待ったをかける。

 香の臭いに鼻をしかめながら、けれどきょとんとした目つきで見返してくる彼に、ゼフィラはスカートの下の片膝を、湿った森の地面へつけながら言った。先ほど無茶をした方の足が、鈍く響くように痛む。

「お前、身体は持つのですか」

「持つ?」

「香です。お前は異類でしょう。フルエット様のように意識を失うことはないにしても、運んでいる最中に不始末があっては困ります」

 香が異類を退ける仕組みについては、狩人でもないゼフィラはよく知らない。ただただ異類が嫌がる臭い、というだけなのかもしれない。だとしても触れるほどの至近距離、しかも全くの人間であるゼフィラですら、むせるほどに濃いソレが漂っている。そのせいでユリオに何か不都合が起きて、フルエットの身体を落とすようなことがあっては困るのだ。

「ですから、フルエット様は私が……」

 ユリオは緩やかに首を振った。しかめ面で唇を舐めた彼が、フルエットの足へと目を向ける。

「フルエットが細くて軽いからって、その足で抱えてくのは無理だろ。……っていうかお前、そもそも歩けるか?」

「馬鹿にしないでください。歩くくら、ぃ……っ!?」

 立ち上がろうとした瞬間、激痛が走った。声にならない声を漏らして、ゼフィラはそのままその場に倒れ込む。フルエットを受け止めた時に、無茶をしたせいだろうか。足の痛みは、先ほどまでよりも悪化していた。

「……やっぱ無理じゃないか」

 歯を食いしばって足をおさえるゼフィラに、ユリオがフルエットを抱えたまま歩み寄ってくる。

「確かにこの臭いはしんどいよ。でも、言ったろ。ぼくはもともと人間だって。だから抱えてる間くらいは、がまんできる……と、思う」

 フルエットを一度地面に下ろすと、ユリオはゼフィラが敷いていたハンカチを拾いに行って戻って来た。

 無言と渡されたそれを、礼と共に受け取る。ゼフィラがくっついた草葉や土をはたき落としている間、ユリオは口元を押さえながら、首の後ろを無造作にかいていた。かと思うと、おもむろに腰に手をやった。何か見えないものを抱えるような恰好でしばし目を伏せた後、短く鼻を鳴らして目を開けた。

「ぼくはがまんする。だから、お前もがまんしてくれ」

 何をとゼフィラが問うより前に、身体がふわりと宙に浮く感覚。驚くような間すらなく、ゼフィラはユリオの右わきに抱えられていた。左わきには、意識を失ったままぐったりしているフルエットの姿がある。

 途端、ゼフィラの全身は火を点けたみたいに熱くなった。両腕を振り回してフルエットの方を示しながら、青筋を立ててユリオを下から睨み上げる。

「お前ッ、やめなさい! フルエット様をそのような……荷物か何かのような抱え方をして! 落としてお怪我でもされたら、どうするつもりなのです!?」

「わっ……かってるよ! でもしょうがないだろ!? 二人いっぺんに運ぶなら、これしかないんだから! ぼくは虫の異類だけど、手足が増えたりはしないんだ!」

 うるさがるように首を振るユリオに、ゼフィラはなおも言葉を続ける。

「だったらわたくしを置いて、フルエット様だけを運びなさい!」

 飛び出しそうなくらいに目を見開いたユリオが、のけぞるようにあごを高くしてゼフィラを睨んだ。

「バッ……、バカ言うなお前! さっきフクロウのが居たろ!? ――えほっ、ごほっ……! ただでさえ足やらかしてんのに、一人で置いとけるか!」

 暴れるのは止めろと言わんばかりに、彼はゼフィラの身体を自分の脇腹へぐっと押し付けた。

 その感覚に顔をしかめ、なおも下ろせとばかりに暴れようとするゼフィラ。そんな彼女を、ユリオは呆れたようなしかめっ面で見下ろしてくる。

「今暴れられたら、それこそフルエット落とすだろ」

 ゼフィラは暴れるのを止めた。

「わたくしが暴れた程度で落とすような心構えで、フルエット様を抱えたのですか」

「……お前さあ」

 抱えられたまま手を伸ばして、フルエットのロープを捕まえる。ゼフィラはそれを、右手にしっかりと握りしめた。

「ランプを。お前の夜目がどれほど効くかは知りませんが、どのみち置いていくわけにもいかないでしょう」

 フルエットの落としたランプへユリオが身体を向けると、ゼフィラはやはり抱えられた格好のまま左手でそれを回収した。それから土をかぶせて焚火を消すと、ユリオは二人を抱えて歩き出す。

 ランプとロープだけを頼りに夜の森を進む間、二人は無言だった。

 その声を聞いた異類が現れるのを警戒してというのもあったし、濃密な香の臭いで自然と口をつぐんだというのもある。そして何より、元々さしたる話題のある二人ではない。

 ユリオの歩みを振動として身体で感じながら、ゼフィラはランプが照らす彼の顔を見上げた。ひどく汗ばんでいて、息は荒く、顔色はフルエットほどではないにしても、決して良くない。人を二人抱えている疲労もあるのだろうが、それ以上に香のせいなのだろう。なにせこの不本意ながら密着した状況でさえ、汗の臭いがほとんどわからないほどに香は濃く漂っている。

 ふとユリオが視線を落として、目が合った。視線を逸らすでもなく、ゼフィラはそのまま彼に言う。

「前を見なさい、前を」

「お前が見てくるからだろ」

 ふんと鼻息を荒くした後、香をもろに吸い込んだのかユリオがむせる。その拍子に、落とさないようにと思ったのだろうか。抱える手に力のこもるのが、服越しにも伝わって来た。

 よくもまあ、そこまで必死になれるものだ。

 ユリオの頬を汗が伝うのを眺めながら、ゼフィラはそんなことを思う。彼の言葉を信じるなら、フルエットに対してはそれだけの理由がある。けれど、自分に対してはそうではないはずだ。

 すると不意に、「なあ」とユリオの声。

 夜闇の向こうに何か見つけでもしたかと、ゼフィラも正面の闇へ目をこらす。が、ランプの光の外側はもちろんのこと、内側にも何も見えなかった。無害で無益な同僚たちのように突っ立つ、森の木々を除いては。

「お前とフルエットの間に何があったのか、ぼくは知らない。さっきは思わず聞いちゃったけど、べつに知りたいとは思わない」

 けど、と。ユリオは視線を前に向けたまま続けた。

「さっきの顔、お前だって見ただろ」

 脇に抱えられて揺れる視界で、ゼフィラは反対側のフルエットを見た。胸が強くうずいて、ゼフィラは顔を逸らした。

 血の気のない顔で荒く細い息を小刻みに吐き出していた彼女からは、今も異類除けの香の臭いがしている。彼女にとって毒に近しい香をこれほどまでに焚きしめて、そうまでして森の中に足を踏み入れようとした時、かつての主は何を思っていたのだろうか。

 何がそこまで、彼女を突き動かしたのか。その答えは多分、二人を見つけた時の笑みに、二人を呼んだ声にある。

「……いいんじゃないか。嫌いになんか、ならなくてもさ」

 痛いくらいに胸が締め付けられて、ゼフィラの喉からうめきが漏れた。抱えられたまま、少しだけ背中が丸まる。痛みを吐きだすような吐息は、けれど喉にからまってうまく出てこなかった。

 そんなこと、言われなくてもわかっていた。わかっていたからこそ、深みにはまって抜け出せなくなった。

 決して求めることがないように。あるいは、主が固く戸を閉ざしてしまうように。そうなってくれさえすれば、吐いた呪いは意味を持つのだから。そうなってくれなければ、吐いた呪いは徒に穴を空けるだけなのだから。

「……お前に」

 何が、と。

 続くはずの言葉は、喉に流れ込んだ香の臭いに溶けていった。後に残ったのは焼けるように濃厚な甘苦さと、目元の熱っぽさだけだ。

 彼は何も知らない。だからこそ、言える言葉で。だからこそ、その言葉は――きっと。

 握ったランプを無言で揺らすと、ユリオの脚に当たって鈍い音を立てた。ぐっといううめき声と一緒に、ユリオの歩みが一瞬だけ止まる。

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