第7話
エマに見下ろされ、拓也も立ち上がりお互い睨み合う。
何故、自分で書いている小説の登場人物から内容を変更してくれと言われなければならないのだろう。
「ちゃんと魔物の弱点のメッセージを送っておくから……それもちょっとした謎解きのように捻ってあると思うけれど、難しい物にしないから」
「は? ここで教えてよー、それに、送るってどうやって送るのよ」
「それじゃ、話が面白くないでしょ。そのメッセージの意味を考えて、エマが仕留めるんだよ。そうしてくれるなら、ルーカスに大きな怪我をさせないようにする。わかった?」
エマは『大きな怪我をさせないようにする』ということに、納得いかない表情だった。「小さい怪我ならあるのかー」と呟き、「んー、わかったー」と小さい声で言った。
「でも、そんな事して大丈夫ー? 私、知ってるんだよー」
「な、何を?」
拓也は「エマは、何を知っているんだ」と何を言われるのかドキドキした。心当たりがあるような、無いような。
「へへーん。ノア兄様のことー、名前だけ出すだけ出して登場してないでしょ。名前だけの登場人物ー。それにー、他にまだありますよー。リュカ様のご両親……未だに名前が決まらずにいるよねー」
「……」
何も言えない拓也である。そう、今書いている小説の中で話に名前が出てきているのに、登場していない人がいる。そして、リュカの両親はもう亡くなっているという設定になっているから、名前が無くて『~のお父様』『~のお母様』で終わらしている。最初は、名前が無くても良いかなあ、と軽く思っていたが、物語が進むにつれて、「これはまずい」と拓也も思っていたらしい。
「ノアの事は……名前だけで堪忍して! これ以上、登場人物増やすと俺が分からなくなる」
もう! とエマは頬を膨らませて顔を赤らめる。
「じゃあ、せめてリュカ様のご両親の名前だけでも決めて早く決めてあげてよー! いくらお亡くなりになっているからって、手抜きしないでよねー。何も考えずに勢いで書くからそんな事になるんですよー」
「……」
「『魔物の弱点のメッセージを送るからって』、そんなこと言って大丈夫でしょうねー。それに魔物もどんな魔物にするか、それもちゃんと考えているんでしょうねー? 勢いで言っていないですよねー?」
「……」
「あとわー、リュカ様のご両親が亡くなったり・ゆ・うー、最初からその設定だった?」
「……」
「きっと、まだ出てくるわねー、上手にごまかしているようにも思えるしー」
「……」
何も答えない拓也。図星らしい――。
ここで正直に話してしまうと、物語のネタバレになりかねない。
「ちゃんと後の考えてから話、進めてよねー」
「い、……言われなくてもわかってるよ」
克己と同じ事を言われて、拓也の心はもうボロボロになっていた。なぜ、こんなに分かっている事を言われないといけないんだ!と拓也は心の中で叫ぶ。
言われても仕方がないんだけど。
「それから、まだあるのー。言いたいことー」
「え? まだあるの? もう良いでしょ……勘弁してよ」
段々と弱気になってきた拓也――。
エマはソファに座った。このソファ、座り心地悪いね。と呟く。
いや、人の家で寛いで何てこというんだ! と拓也は声に出して言いたかったけれど、心の中で独り言ちた。
「私ー、リュカ様に早く会いたいんだけどー。会わせてくれるんでしょうねー? 婚約出来るんでしょうね?」
拓也は、エマがリュカとの婚約を望んでいる事に一驚した。リュカという人物は、実の姉が大好きで、かなりのシスコンの設定にしてある。そんな男と婚約したいのか? と。
「え? 婚約したかったの?」
「当たり前でしょー。そういう話の流れだったじゃない……ま、まさか……そこまでの物語は無いのー?」
エマ、悲しげな表情をする。拓也は、申し訳けない気持ちでいっぱいになった。そこまで、話を考えていなかったからだ。エマとリュカの婚約話まで入れるとかなり話が長くなりそうだったし、実は恋愛ものが苦手だからだ。
「エマ、ごめんね。そこまで物語を考えていないんだ。実は俺、恋愛ものの話がうまく書けなくて……」
「そんなのー、書かなきゃ上達しないよー。書こうよー。って、まさか、ルー兄様の恋も実らないのー?」
「へ?」
エマの一言で拓也は驚愕した。まさか、ルーカスの恋までも言われるのか? と。
「実らせてよねー。ルー兄様。女性に対して殆ど見向きもしなかったのに、今回は見ててわかるくらい恋をしてるんだから!」
話がおかしくなってきた!? いや、拓也の頭がおかしくなったのか!? 拓也が少しパニックになっている。まだ、そこまで考えていなかったらしい。何故か、自分の作っている物語の話が勝手に一人歩きをしているように思われた。
「あーあ、もう! そこまで考えてないから。あーだ、こーだ言わないでくれ!」
「言うわよ! 考えてないからそーなるんでしょ! 私、まだ知ってることあるわよ!」
拓也はドキッとした。まだ何を言われるんだと――。まだ何かあったのかと――。
もう、拓也は震えていた。エマが怖い。性格が違う――。
「エマ、俺が設定した性格と違うよ。おっとりとした設定だったはずだ」
「それよ、それ! 性格や話し方が変わってきている人がいるのよ!」
「エマ、言葉の語尾が伸びてないよー」
「もう、そんなの構ってられないわよ!」
「……」
「そんな事を気にしてたら、言いたいことも言えないじゃない!」
はあ、はあ、とエマが息を切らしながら「あー、疲れたー」と言った。
言いたいことを一気に言ったようだ。
エマの言う事にも一理ある。今は50話ぐらいまで書いたが、最初の方の話をもう一度読み直してみた。
読み直したら――?????
こんな話だったのか? って顔色が変わった拓也だった。
「きっと読んでくれた人、あの伏線はどうなった? あれ、これっておかしくない? とか思われてるかもよー」
そんなことは無いよ……ね、もしかしてあるのかも? 拓也は心の中で呟く。
あるのか? でも、ちゃんと伏線は……いや自分で気付いていない伏線があるのかもしれない。と拓也は段々と不安になってきた。伏線にしたつもりが、全然伏線になってないとか――。それはそれで、なんだかお粗末な話だ。
「今回の物語は諦めて。ごめんね。エマ。プロットが無いから、我が道を行くって感じに書いてるから。次はなるべくちゃんとするから」
次って――次はあるのだろうか。いつあるのだろう。『我が道を行く』ってそんなんだから物語が勝手に一人歩きしてしまうのだろう。
「諦めるって、どう言う事? そんなの理不尽すぎるわ! 私、リュカ様に会えるの本当に楽しみにしてるのよ? 今からでも良いじゃない、プロット作って! 私とルー兄様が幸せになる物!」
「そんなの無理だよー」
「何が無理なのよー。この物語を作ってるの君だよねー。何とかしなさいよー」
「だって……まあ、なんとかリュカには会わせてあげる」
とりあえず、それで手を打って、と拓也は願う。一度、会わせるだけ会わせようと簡単に考えていた。
「ホント、後先考えて書いてよね! リュカ様に会えても振られるのは嫌だからねー」
「えー? 会うだけでもいいだろう? どうやってあのシスコンをエマに振りむかせるんだよ」
「えー、私、振られるのー? そんなの君が書いてるんだよねー。どうにかしてよー」
拓也は溜息を吐いた。
実際、先の話は未定に近い。話をどんな流れになるかは、はっきりいって拓也の気分次第。なのにエマの想いを押し付けられそうになっていた。
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