第3話

「ねぇ、克己。これって、どう思う?」

「あ? 何が?」


 拓也は大学が終わったらアパートに寄ってほしいと克己に連絡した。スケッチブックの件を聞いてほしかったからだ。


「この絵だよ……俺が描いた絵じゃないんだ。朝、目が覚めると描いてあって……でも、誰が描いた絵か分からないんだ」


 手に持っていたスナック菓子をパクリと口の中に放り込み、「どれ、見せてみい」と手を伸ばした。秋の景色の絵を見せた。


「この絵、めちゃ綺麗じゃん。本当に拓也が描いていないのか?」

「うん。だって俺こんなに綺麗に描けないよ」

「へぇ、じゃぁ……それを描いたのはお化けじゃん」

「……克己もそう思う?」


 『お化け』と聞いて、拓也はブルと身震いした。


 そんな拓也を見て、「はぁ」と大きな溜息を吐いた克己は、「そんなわけないじゃん! 冗談だよ。寝ぼけて自分で描いたんじゃないのか?」と言った。


「それは、絶対ないよ。だってこの描き方は俺じゃない。俺、こんな繊細で細い線なんて描けないし。すごいよ、このペンシルタッチ。中々真似できない」

「……そうか」

「それに……」

「それに?」


 拓也は部屋の中を見回した。


「この間から誰かに見られているような気もする」

「そんなん、気のせいじゃないのか?」


 気のせいかな? とシュンとする拓也に、克己は暫く考えると提案してきた。


「絵は寝ている間に描かれたんだな? じゃあ、狸寝入りをして様子を見てみたらどうだ?」


「そう考えてもみたんだけど……」とチラリと拓也は不安げな顔で克己の方を見る。


「……かつみぃ。怖いから一緒に寝てくれない? 泊っていってよ」

「はぁ? キモッ! 女子か! 一人で寝れないのかよ! やめろ、その捨てられた犬のような表情かお! ああ、もう! わかった、わかったよ。 明日と明後日は仕事休みだし」

「やったー! ありがとう」

「ちょっと、彼女に連絡してくわ。特に約束してないけど、心配するかも? だし」


 克己はそう言って、外に出て行った。


 え? 克己に彼女いたのか?


 拓也は暫く放心状態になり、気がつくと克己は外でスマホで電話をしているようだった。


 つい、この間まで良い感じの子がいるとは言っていたけれど、付き合ってるんだ。どんな子なんだろう。


「え? そうなのか? うん……うん。気をつけろよ。じゃあな」


 電話が終わって克己は戻って来た。彼が彼女と話せた事でルンルンで戻って来ると思っていた拓実は首を捻った。神妙な面持ちで戻って来たからだ。


「どうかしたのか?」


 聞いて良いものかどうか悩んだ拓実だったが、ずっと気になるのも嫌だったらしく、それとなく聞いた。


「……まぁ、ちょっとな」

「喧嘩したのか? もしかして、俺の家に泊まるって言って勘違いされたとか……じゃないよな」


 変な心配をして少し焦っている拓也を見て「へんなこと言うな。そんなんじゃねぇよ」とソファに座った克己は、首を傾げた。


「なんかさあ、誰かがいつも側にいるような気がするって言ってた」

「それって、ヤバくない!? ストーカーとかじゃないの? 大丈夫なの?」


 また克己は首を傾げた。


「そんなんでもないらしい。それこそ、何が何だか分からないもの? みたいなのが、ずっと側にいる感じだって言ってた。でも、変な嫌な物じゃないらしくて……なんだか、凄く優しい物みたいな、嫌じゃないんだってさ」

「それって、ご先祖様とかじゃ……幽霊?」

「本人は心配する物じゃないって、そう感じるらしい」


「ふうん、何だろうね」と言って拓也はテーブルの上にあったスナック菓子を口の中に入れた。


「そーいや、執筆は進んだか?」

「うーんスランプ。書けない。登場人物が増えちゃって……」


 どーしようかな?、と拓也は頭を抱え込んだ。


「なんでそうなるんだ? 出来た所までで良いから見せてみろ」


 拓也はノートパソコンを広げると無言で下書きを見せる。


「……あ? あんまし進んでないな。ここまでで、登場人物何人だ?」


 ぶつぶつ言いながら拓也は指を折りながら数える。


「7人? いや8人? 殆ど出番のない人も居れると14人かな。この調子だとまだ増えそう」

話をくっつけたんじゃないのか?」

「いや、そんなことは……くっつけようとしたかもしれない」


 あーあ、と克己は呆れてしまっていた。


「どうせ、勢いで書いたんだろう。手が動くままに!」


 ははは、と拓也は笑うしかできなかった。


「それにしてもさ、今どき何でスケッチブックなんだ?」

「なにが? どういう意味?」

「デジタルじゃなくアナログなんだっていう話だよ。今だとタブレットとかあるじゃん」

「ああ、俺はあのスケッチブックの凸凹感が好きで、あの凸凹に色鉛筆で描く感触が良いんだ。同色の鉛筆の筆圧の強弱でいろんな表現が出来るんだ。それが楽しくて、タブレットにない、良さがあるんだ。でも、タブレットが悪いとか言わないよ。タブレットの良さもあるだろうし」


 克己はスケッチブックの紙の表面を撫でてみる。2、3度撫でて、裏側も撫でる。その違いに、ああ、と納得した感じだった。克己は気に入ったのか、暫く撫でていた。


「なんとなく……分かる。触ってても気持ちがいいな」

「でしょ! 色鉛筆で絵を描くと良い感触なんだよね。これはデジタルでは味わえないんだ!」


 

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