ルルカと魔女達の呪厄

第9話

　わたくしが止めなければと思っていた。

　大切なルルカを傷つけさせるわけにはいかないと、どんな手段を使ってでもこの決闘を終わらせようと考えましたわ。

　ルルカを笑い者にするために貴族を呼び、自身に有利な状況を作って痛ぶるあの子に、わたくしは震え上がるほどの怒りを覚えましたの。

　だけど、決闘を壊す前に…わたくしは見てしまったのです。

　ルルカが物怖じもせず、決闘に現れる姿を。

◇

「…来ないかと思ってましたけど、ちゃんと来てくれたのね」

「あ、当たり前でしょ！やるって決めたんだから！」

「ふぅん、まぁいいわ…泣き叫んでも手加減なんてしてあげないから♪」

「……っ！」

　加虐的な笑みを浮かべ、私に杖を向ける。

　立ち振る舞いから溢れるその勝利の余裕に心が負けそうになるも、私は奥歯をぎゅうっと噛んで堪える。

　こわい、すごくこわい。

　だけど、一歩だって退きたくない。

　私はあの子に勝つためにここにいるんだ。

「…ねぇ、確定はしてるけど、下民はこの決闘に勝てたら何を願うのかしら？事前に聞いておかなくちゃね」

　ふと、思い出したように聞いてくる。

　確か向こうは私が二度とイライナに関わるのを禁止と言っていたけど、私には彼女に対しての願いを言っていない。

　だから、少し迷って私はキッパリと告げる。

「ない！」

「…は？」

「そんなのとくにないって言ったの！」

「……下民風情が、生意気なのよ」

　あ、あれぇ！？なんか怒らせた！？

　だって私にはとくにそんなの必要ないわけだし。

「これはね、決闘なのよ？ルールがあるの！あなたは下民だから知らないだろうけれど、伝統があるのよ！」

「それを…なにもないだなんて馬鹿にして、だから私は下民が嫌いなのよ！」

　声を高らかに怒りをあらわにする、私に対する怒りがこれでもかと伝わってきて、さっきの対応がとても無礼なものなんだと内心反省する。

　だけど、ないものはないのだから仕方ないじゃないか。

「ふん、まぁいいわ…今からこの私、スイネ・サーペンテイトが直々に処刑してあげるわ！」

「…なっ！？」

「ん？そんな驚いた顔でどうしたの？もしかして怖くなった？」

「…………あの、お名前スイネさんって言うんですね」

「……は？」

　い、いやだって私…今まで。

「あなたの名前知らなかったので…初めて知りました」

「……………こ、殺す！！」

「ご、ごめんなさぁい！！」

　だって名乗ってなかったじゃん！

　いっつもいじめるだけいじめてどっか行くじゃん！イライナも名前言わないしさぁ！今更聞く機会がなかったんだよぉ！

◇

「なーにやってんだあいつら…」

「さぁ、またルルカちゃんが粗相したんじゃないかなぁ〜」

「どうやらルルカが相手の名前を知らなかったみたいだな……私も初めて知ったが」

「み、みなさんなんで遠足気分で観客席にいるんですか！ルルちゃんが決闘しようとしてるんですよ！」

　ルルちゃんがスイネさんという方にいじめられている最中、わたしとルルちゃんの友達…それと先生は場所を変えて観客席にいた。

　三人は心配も感じられない雰囲気で眺めていて、その態度にわたしは怒りを感じずにはいられませんでした。

　だけどわたしの怒りは三人には届かず、ニニコさんが困ったように言いました。

「無理だって、あれは二人の喧嘩だし…決闘は合意の元で行われるんだから今更止められないんだよ」

「で、でも…！ルルちゃんはわたしの大切な人なんです！つらい目にあって欲しくないんです！」

「まぁまぁ〜始まったものは仕方ないからさ、今は信じてみるしかないよぉ」

「ぐっ……！み、みなさんはルルちゃんが大切じゃないんですね！！」

　信じられなかった…。

　先にこんなことになるなら、わたしがルルちゃんを守ってあげられたのに、近くにいたルルちゃんの友達はこうも自分勝手なんだと軽蔑すら覚えた。

　ルルちゃん…！せっかく恋人になれたのに……こんなことになるなんて！

「…なぁ、なんかさウチらあんまりリアベルと関わりなかったから思わなかったけど…ジェアリスみたいな感じしないか？」

「うん…でもあの子と違ってなにか致命的な勘違いしてそうな感じあるよねぇ……」

「竜炎の魔女とジェアリス…」

「それにリアベルちゃん…」

「「大丈夫かなぁ…」」

「な、なにコソコソ話してるんですか！」

　わたしのことなんてどうでもいいのか、二人はこそこそと何かを話している。

　それがどうしようもなく腹が立って、わたしは二人に突っかかるのだけど、それを止めるように先生の声がわたし達の間を裂いた。

「そろそろ始まるようだね」

　声の通り、ルルちゃんは戦闘態勢に入っていた。

　対する相手は余裕の笑みを浮かべて、だらんと両手を下げている。

　勝者の余裕を感じさせるその佇まいの中、わたしは二人の間にある「なにか」に気がつく。

「あの、二人の胸にある水晶の玉はなんですか？」

　キラリと青く光るそれは、なにかの魔法道具なんだろう。

　サイズは小さめで、わたしはそれが気になって仕方なかった。

「あれは「的」さ」

「まと？」

「そう、学園の決闘において殺人は御法度、そのため決闘中はあの水晶を壊すことで勝敗を決するというわけだ」

「ただ、あれは普通の水晶ではなく君が思った通りのマジックアイテム…効果は魔力を込めると強度が増すというなんてことない代物さ」

「つまり、決闘というのは互いの魔法を競い合いつつ、その中で魔力をやりくりしながら自身を守るという高度な駆け引きでもあるんだ」

「…な、なるほど」

　だから観客が沢山いるんですね…。

　けど、だからといってわたしはルルちゃんが心配で心配で仕方がない…。

　だって戦闘なんてからっきしだし、ましてや対戦相手がいかにも戦闘慣れしてる子だし…。

　わたしは…見てることしかできないの？

　ねぇ、なんでルルちゃんはそんなところで戦ってるの？決闘するほど…イライナって人が好きなの？

　なんで…。

　……どうして！

◇

　戦闘なんて野外授業でしかしたことない。

　攻撃魔法はいくつかあるけど、どれも初級魔法ばかりでスイネに届くとは到底思えない。

　だけど、杖を構え…体に力を入れた途端、以前には感じられない感覚を覚えた。

「…これって」

　思考が淀みない感覚だった、全身が研ぎ澄まされたようで、いつになく視野が広い。

　猫になった時もそうだったけど、今日はいつもより体が動かしやすいのだ。

　もしかして、これが薬の効果なのかも…。

　だけど、依然スイネは私のことを見下している。

　杖はホルダーに入れたまま、両手をだらんと下げて余裕の笑みを浮かべている。

　そんな余裕を見せるなら…こっちから行ってやる！！

「こ、このぉっ！」

　躊躇いもなく杖を向け、魔力を回す。

　杖先に力が持っていかれる感覚と共に、杖先は青白い閃光を帯びた。

　輝かしく光る刹那のそれは、私の声が激鉄となり発射される！

「穿て！！」

　放たれるは魔力を込めた魔力弾。

　特にこれといった効果はないが、発射時のスピードに優れており、攻撃系において私の得意魔法でもある。

　…実はそれくらいしか実戦魔法ないとか言えないんだけどさ。

　しかし、その威力は申し分ない。

　当たれば痛いし、今日は絶好調ゆえにかなりの威力を出せたはずだ。

　でも、それはあくまでも……。

　当たれば…の話だ。

「はっ…？なにそれ？」

　魔力弾はスイネの顔面へと向かい、着弾…したかに思えた。

　しかし、弾はすぐにはじけ…かわりに彼女の周りにゆらゆらと炎を纏った細長い何かが守るように揺らめいていた。

「もしかして下民、戦うのは初めて？」

「ふん…よくそんなので私に戦うなんて言えたわねぇ？」

　細く、ながく…ゆっくりと形作られていく。

　それは段々と、よく見る動物の姿へと変わっていき、魔法は生き物のように振る舞い私を睨んだ。

「キシャァー！！」

「蛇だ…」

　ひえ、と小さい悲鳴がこぼれる。

　スイネは自信満々な笑みを浮かべ、ゆっくりと歩みを開始した。

　さっきまでのだらんとした空気はそこにはなく、痛ぶるような加虐心たっぷりな目で見るスイネはまさに…。

　私をいじめる時の目だった。

「どうしたの？まだ始まったばかりじゃない？」

「……ッ！」

　ゾッと背筋が冷えた感触が伝う。

　距離を取るように後ろに退き、荒い息遣いを抑えながら私は杖を向けた。

　大丈夫、まだ始まったばかり…。

　初撃が失敗したからってなんだっていうんだ。

　だから、まだ…頑張れるでしょ、私！！

「か、可愛い蛇を出したからって降参なんてしてあげないんだからね！」

「急にツンデレっぽい台詞を吐かないで…あと可愛いなんて言ったらこの子が照れるでしょうが」

「照れるの！？魔法なのに！？」

「ああもう！ふざけてたらペースが崩れるじゃない！もうこっちから攻めるから！」

　そんなツンデレぽかったけ！？

　って、スイネがすごいスピードでこっちに来てるよ！！

　ああもう…！なんでか知らないけど怒らせたせいで余計怖くなっちゃったよ！！

　だけど、視界の広い…今なら。

　思い描いことが、なんだってできそうな気がする！！

「こ、こんのぉっ！！」

「また魔力弾？そんなの芸のない魔法…私の蛇が弾いて…！」

　放たれた青の魔弾は軌跡を描き、真っ直ぐスイネの元へ走る。

　そのままいけば蛇に弾かれ、霧散するだろう。

　だけど、今の私は冴えている！

　芸のない魔法でも、ちょっとくらい仕込んでしまえば……！！

「なっ！？」

　蛇が動き始めた瞬間、魔法はカクンッとカーブを描く。

　それは不規則に動くと、蛇を通り越してスイネの背後へと回った！

「へへん…！直球で投げたら弾かれることが分かってるならさ！事前に動きを変えておけば弾かれないってことだよね！」

　魔球、クイックボール！！

　いつもの私なら他のこと考えててこんなこと出来ないけど、今の私ならいつもの魔法に改良を加えつつ撃つことができる！

　くそざこ魔法使いだからって、ドーピングして強くなった私をなめんにゃこんにゃろぉー！！

「こ、このっ！」

　確信の笑みを浮かべガッツポーズ！

　魔法はそのままスイネの背中に直撃し、その両手は地面をつく。

　このまま勝負アリ…となってくれたらどれだけ嬉しいだろうか。

　でも、依然スイネの水晶は無事のまま。

　それに、彼女の目は先刻よりも鋭さを増していて…。

「…痛ぶるだけ痛ぶって、ドラングレイ様にお前の脆弱性を見せてやろうと思ったけれど…」

「……初めて会ったときから、下民は私を苛立たせるのが上手いようね…！」

「今更、私に刃向かったことを…後悔させてあげる」

「…ルルカッ！！」

※

投稿遅くなり申し訳ございません。