第8話 決闘前


 お砂糖。

 スパイス。

 すてきなものいっぱい。


 全部まぜると、むっちゃいい魔法薬が完成する!………はずだった。

 だけどスーリア先生はまちがって余計なものを入れちゃった!それは規制不可避のケミカルなやつ!


 そして生まれた超強力鈍感魔法使い…!


 って、なる訳もなく…。


「お、おぇぇ……もう無理、ほんとむりぃ…」

「ははは、君は何をへばっているんだ?まだまだこれからだろうに」

「先生鬼畜、マジ鬼畜…」


 保健室から離れた別室、スーリア先生の研究室にて、私は虹色に光る液体を吐きそうになりながらソファの上で横たわっていた。


「なんだか楽しそうなことやってんねえ」

「秘密の特訓…じゃなくて薬漬けって感じだねぇ」


 そんなグロッキーな私を見て、他人事のように呟くよそ者がふたり…。


「ぐ、ぐぬぬぅ…二人ともこの味を知らないからそんなこと言えるんだ…!」

「だってお前みたいに面倒ごとに巻き込まれないし?」

「聞いたよ〜?あの貴族の人に決闘を申し込まれたんだって〜?」


 一体どういう経由でそれを知ったんだ…。

 そんな友達の不幸を大変なことに巻き込まれた程度の扱いをしているよそ者二人は、ニニコとアイネだ。

 二人は私とスーリア先生の仲を知っていて、先生の研究室によく三人で来るので場所を知っているのだ。


「なあなあ、どうして決闘なんてそんなこと巻き込まれるんだよ!教えてよ!」

「いや、それは…」

「あ、それ私も気になる〜昨日から隠し事してるけどそろそろ言ってもよくない〜?」

「ええ…?でもぉ」


 すぐ近くに呪いのこと秘密にしろって言ってる本人がいるしなぁ。

 それに、私がイライナに恋愛対象に見られてて、昨日襲われそうになりましたなんて言ったらどういう反応するんだろう?

 言っちゃダメなのは分かるけど…反応を見てみたい!


「ん?ああ、ルルカはねあの竜炎の魔女に迫られてみたいだよ」

「あるぇっ!?言っていいの!?」

「? 別にそこは問題ないだろ?それはそうと次の薬だ、早く飲みたまえ」

「え?なにそれなにそれ!!めっちゃ気になること言ってんじゃんスーリア先生!」

「迫られたって…そこのところを、く・わ・し・く!!」

「あーもう!二人とも興奮しすぎ!!あとこの薬紫色で毒々しいんだけど!」


 興奮する二人は私からスーリア先生の方へと擦り寄っていく。

 対する私は、言いたかったことを先生に取られ、尚且つまずそうな薬を手渡されて死ぬほど不満…。


 呪いのこと言うなっていったのに!

 いやでも、イライナに迫られたってことだけなら確かに呪い関係ないかも?

 いやだとしたら言いたかったよ!ちょっと特別感に浸りたかったよ!!


「竜炎の魔女ってあのイライナ様のことですよねぇ?迫られたって具体的にはどういうことを!?」

「てか、ルルカってあの貴族令嬢と付き合いがあったってほんとだったんだな!」


 ほんとだよ!二人とも友達になったのは2年の頃だったから、ちょうどイライナを避けてたから二人とも面識ないけどさ!!

 

「まぁ落ち着きたまえ君たち、私はあくまで本人から聞いたのだが、どうやら学園入学してからの交友関係だと言っていたな」

「まぁ当人は恋愛感情に気付けない超がつくほどの鈍ちんだったので、昨日の夕刻に襲われたのだとか」

「おい、誰が鈍ちんですか誰が…!」

「いや、ルルカは鈍いぞ」

「うん、鈍すぎてドン引きだよね」

「だれか私を擁護して!!!!」


 なんでみんなして鈍いって言うの!確かに自分のこと鈍いなと認識を改めましたけどさぁ!!だからってそこまで言わなくてもいいじゃんかあ!!


「まぁ、そんな鈍ちんのルルカがイライナに襲われる時、取り巻きが現れルルカに決闘を申し込んだ…といったところだな」

「おお…話を聞いた上で、やっぱり信じられないな…ルルカがあの竜炎の魔女に迫られるとかさ」

「いやでもぉ、時折感じてたあの背筋が凍る視線はイライナ様のものだったのかも〜……はっ!もしかして、私達がルルカちゃんと仲良くしてたから嫉妬してたんだ!!尊いっ!!」

「テンション高いなぁ二人とも!!私けっこーピンチなんですけども!!」


 ぎゃーいぎゃいぎゃいと、被害者の私よりも愉快な会話に苛立ちを覚える。

 なーんで私を他所に楽しそうな会話してるんだ、こっちなんてあれだぞ!ドーピングと称してすっごいまずい薬飲んでるんだぞ!地獄なんだぞ!!


「しっかしさぁ、ルルカはずっと薬飲んでるけど大丈夫なんです?ドーピングとか言ってたけどさ」

「今のところドーピングというより吐きそうな顔を見せられてるだけなんですよねぇ〜」

「む、まるで私がルルカを薬漬け実験をしてるような言い方だな…」

「「「違うの?」」」

「違う!大体、私は私なりの考えがあるんだ…ルルカの話を聞いて一つ試したいことがあってね」

「私の話を…聞いて?」


 そんな該当するような話をした覚えはないんだけどなぁ。

 疑問に思いながら、先生は次の薬を持ってきて私に渡す…こんどは色は薄い緑で飲みやすそうなのに、匂いがひどい…。


「まぁ、決闘の時のお楽しみだな」

「え?今ここで効果とか言ってくれないんですか!?」

「フフッ、そう心配しないでくれたまえ…大丈夫さ、君は勝てる」


 その自信たっぷりな笑みに、疑いを感じながらも私は貰った薬をちょびちょび飲む。

 ほんとに、あの貴族に勝てるんだろうか。

 同じ学年でも、実力も魔力も向こうが上だ…勝てるわけがないのに。


 今は、先生を信じるしかないのかも…。



「まちなさい」


 夕刻、スーリア先生のドーピングを終えお腹に不調を感じながら廊下を歩いていると、鋭い声が私の足を止めた。

 その絡む声は、敵意を含めていて…誰の声なのかすぐに分かった。


「決闘の返事、聞かせてくれるかしら?」

「…ッ」


 圧倒的な自信、勝ちが確定した決闘。

 取り巻きの子はこの場にイライナがいない分、昨日より語気が強かった。


「フン…決闘を辞退するなんて言っても無駄だから」

「また、あの時みたいにいじめを再開してあげる、それが嫌なら決闘に出ることね」


 心の底から見下す姿勢に私の足は一歩後ずさる。

 こわい、とてもこわい。

 でも、今日あれだけ辛い思いをしたんだ。

 イライナに謝るって誓ったのだから…。


 いじめなんかに、逃げてたまるか…!


「す、する!!」


 心を強く奮い立たせて、一歩を踏む。


「はぁ?」


 不満に歪む顔を見ても、私はそのままもう一歩を踏み出して…宣言した。


「決闘…!受けて立ってやる!!」

「……下民が」

「なら楽しみにしておくことね、私がお前を痛ぶってあげるから♪」


 こうして、火蓋は切って落とされた。

 決闘は翌日、学園内にあるドーム上の施設で行われる。

 そして、私はこの時知らなかったのだけど…。




「…え、決闘の場所に……観客がたくさん?」

「そうなんだよ、どうやら決闘相手が吹聴しまわってたみたいでさ…」

「見せものにする気まんまんだよぉ…」


 当日、やけに騒がしい音に不思議に思っていると心配してやってきていたニニコ達が衝撃的な事を言った。

 二人の言う通り、会場内には観客がたくさん…ほとんどが貴族で、今から行われる決闘をショーだとでも思っているのか、ポップコーンを片手に談笑している姿が散見される。


「ひどい奴らだな…」

「ねぇ、今からでも断った方が…」


 そんなあまりにも酷い光景を見た二人は、いつになく不安げな声で私の肩を持った。

 そんな時だ、コツコツと私達の方へと足音が聞こえてきたのは…。


「まぁまぁ、意外な結末になるだろうから応援してやりな君たち」


 自信満々なスーリア先生だった。


「あ、スーリア先生だ」

「昨日、どれだけルルカに薬を飲ませてやったと思ってるんだ?ドーピングの効果を信じたまえ」

「……なんか、観客集めて笑い物にしようとしてる貴族も貴族だけど、薬漬けにしてドーピングで勝たせようとしてる先生も先生だな…」

「「た、たしかに…」」

「お…おい、なんだねその顔は!私はルルカのためにと思ってやったんだぞ!」


 うわぁ…とドン引きする私達を横に、先生は心外だ!!と慌てて叫ぶ。

 まぁまぁ冗談ですよ…と宥めつつも、私には一抹の不安があった。

 昨日のドーピング実験のあと、効果の確認とかしていないので決闘で戦えるのか不安だ。

 けど、先生の自信は依然揺らがず…。


「…まぁ、そう不安がらなくても大丈夫だよルルカ。君なら勝てるさ」

「さ、先生…」


 だから私は、その自信を信じてみようと思った。


「よ、よし!私がんばる!!あいつなんてぶっ倒してやる!」

「お、急にやる気出てきたじゃん」

「ルルカちゃんってばかっこいいねぇ〜」


 うおおお!とやる気を出し、私の戦意も最高潮。

 さぁいってやるぞ!と足を踏み出したその時、慌てた足音が私の元へ駆けつけてきた。


「ル、ルルルルルル…!ルルちゃん!!」

「あれ?お前の幼馴染じゃないか?」

「あ、リアだ。どうしたの?そんなに慌てちゃってさ」

「い、いや!そりゃあ慌てるよ!ルルちゃんってばなんか変なことに巻き込まれてるんだもん!」

「あはは…やっぱ驚くよね、自分でもびっくりしてるよ」

「わ、笑い事じゃないよ!せ、せっかくわたし達結ばれたのに…こんなことに巻き込まれたんなら相談してくれてもよかったじゃない!」

「いやぁ…話す時間がなくってぇ」


 申し訳なーいと思いペコリと頭を下げる。

 リアはほっぺを膨らませてとにかく不満げだが、それはそれとして妙な違和感が付き纏う。


「い、今からでも…頼ってくれたらわたしはなんでもするからね?だ、だってわたし達はもう幼馴染なんて関係じゃないんだから♡」

「へ?幼馴染は幼馴染じゃないの?」

「そ、それはそうなんだけど…その、幼馴染を超えた特別な関係…だしさ」


 …?なんか視線がねっとりとしてて変。

 声もいつもより甘いし、リアってばこんな時にロマンチックな言葉を吐くような子だったかな?


「気持ちは嬉しいけど、これは私が選んだことだから、大丈夫だよリア」

「そ、そうなの…?その、ところでだけど…どうしてルルちゃんはこんなことになってるの?詳しく知らなくて…」

「それは…って、そろそろ決めた時間が来たみたい…私、もういくね!」

「え、ええっ!?なにも聞いてないのに!というか応援くらい言わせてよぉっ!」


 迫る時間に気付いた私は、リアに背を向けて走る。

 後ろからリアの悲鳴じみた声が聞こえたけど、よく聞こえないまま私は会場へと足を踏み入れる。


 そういえば、結局イライナは来てくれなかったな…。

 イライナは今、どうしてるんだろう?

 そう、考えつつも決闘は始まるのだった。



「う、ううぅ…ルルちゃんってば、ひどい」

「まあまあ、元気だしなよ〜リアベルちゃん」

「…は、はい………と、ところで聞きたいのですが、ルルちゃんはどうして決闘なんてことに?なにか知ってますか?」

「それはもちろん〜」

「あの竜炎の魔女に言い寄られたんだってさ、そしてそれを見かねた魔女の取り巻きが怒ってしまって、こんな状況にってこと!」



「…………ルルちゃんが、魔女に言い寄られた?」

「……は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る