あいつはあたしの前でなく。

豆ははこ

白雪姫にピアス

「さいちゃん、ピアス開けて」


『緊急。俺の部屋きて』

 金曜日の放課後、帰宅済。互いの親は残業。


 勝手知ったる幼なじみの家。

 夕ご飯は作るか外で食べるかしようね、と約束していたら、予定の1時間前にメッセージがきた。


 緊急事態の変換ミスは、気にならない。いつものこと。

 ただ、体調不良とかだとね、と、合鍵使ってきてみたら。ピアス?


広喜こうき、冗談でしょ?」 


 幼なじみは、本来は美少女みたいな美少年な顔面を、涙と鼻水でぐちょぐちょにしていた。


「注文しといたのが、さっき届いて。やっぱり痛いかなあ、って。泣いちゃった。でも、さいちゃんに、穴、開けてほしい」


 遠心分離機みたいに首をふりながら、お願いされても、ねえ。


 ここは、この首ふり幼なじみ、広喜の部屋。


 だけど、あたしが貸したゲームソフトと、今日借りるはずの今度アニメ化する少年マンガの最新刊とかも置かれてるから、一割くらいはあたしの部屋みたいなものかも知れない。


 で、その広喜。


 ピアッサーを持つ手、震えてる。

 もう片方の手には、消毒セット。

 手鏡と、油性ペンまで。


 これは、本気なんだね、一応。


 結局。


 あたし、全部、受け取っちゃったよ。


 だけどねえ。

 こんなに震えてるのにさあ。


 このまま手洗いうがいをして戻ってきたとして。


 広喜の耳を消毒してあげて、油性ペンで指定されたところに、ピアッサーをバチン! としたら、きっと、あたしの方が悪者だよ。


 悪者……魔女?


 なら、広喜は白雪姫か。肌の色、白いし。


 そうだよ、このピアッサーの中のピアス。リンゴ型じゃん。

 だから、そんなことを考えたんだ。


「皮膚科か形成外科、予約。できないんならやってあげるよ」


「ありがとう」

 ふわあ、と笑う。

 ……顔、かわいいな。


「違う。予約。けっこうお金かかるよ。5000円とか7000円とか。でも、安全。多分、麻酔もしてもらえるし。あ、学割もあるかも。それくらいなら調べてあげるよ」 


「え、やだ」


「広喜みたいに高校生にもなって、予防接種怖がって泣きわめいて、小学校低学年くらいの子に、予防接種ってね、自分のために打つんだよ? って教えられてやっと打てて。偉かったね、って看護師さんに、かわいい絆創膏、貼ってもらった奴が。素人のピアッサー、耐えられるわけないじゃん!」


 ……我ながら長い、長すぎる。

 ちなみに、これ、実話。


 この間の冬の、インフルエンザの予防接種。


 5月と2月の生まれだから、同学年だけどほとんど姉と弟なお隣さんのあたしと広喜。


 高校生なら、普通は予防接種の付き添いなんていらないはずなのに。

 うちの両親と、隣のおばちゃんおじちゃんにめちゃくちゃ頼まれて、姉(みたいな)です、と病院に連れて行ったのは、あたしだ。


 ちなみに、日給1万円。破格だ。

 もし、日給1000円だったらどうしたのかな、あたし。


「……やだ。ちゃん、開けて」


「だーかーらー」

 あたしの名前、さいか。

 学校でのあだ名は、小学校からずっと「お姉ちゃん」だから、呼ぶのは広喜と両親、それから広喜のご両親、あたしが言うところの、おばちゃんとおじちゃんだけだ。


「さいかちゃん、お医者さんになるんでしょ。母さんと、話してた。俺、高校はなんとかならないのをなんとかしたけど、お医者さんの大学には入れないもん」

 お医者さんの大学。すごいことを言うなあ。

 あと、もんはやめろ。


 ちなみに、あたしたちの高校は、いわゆる進学校。


 中学で(このとおり口は悪いけど)断トツトップだったあたしが、頑張ってなんとか一桁をキープできてるくらい。


 広喜は、中学では断トツ、ではないけれど、担任の先生曰く、常に下位20番以内をキープしていた。

 だから、あたしと同じ高校に受かった広喜は合格発表日にはほんとうに先生方とクラスの男子に胴上げされていた。


「顔はいいけど、ね……。あと、片思いが過ぎて、かわいそう」

 あたしと割と仲のいい女子からの、広喜への評価。的を射ている気もする。

 あと、片思い? 水くさい。とは思ったなあ。


 なら、ついでだ。

「片思いの相手に、かっこいいって思われたいわけ?」 


 かまをかけてやろう。


 うん。広喜に、好きな人がいるのはかまわない。

 ただ、あたしに教えないのは水くさい、そう、それだけ。


「思われたい。俺、褒めてもらえるの、顔だけだから」


 おや、ほんとうになのか。

「……え、植物の世話、得意じゃん。あと、アイロンがけ。あれはあたし、勝てない」


「顔、褒めてくれないんだ、その人」


「えー、審美眼が今のじゃない、とか」

 平安時代の貴族が理想の人、とかだと厳しいよね。

 広喜、かわいい系イケメン、美少年? ってやつだから。


「多分、大丈夫。俺の母さんのこと、かわいい、大好き、って言ってるから」


「ああ、それなら」

 確かに、おばちゃんはかわいい。めちゃくちゃかわいい。


 おじちゃんは、かっこいい系だな。

 あたしはおばちゃんのファンだけど。


「……なら、褒めそうだけど」

「褒めてくれない。おばちゃん、かわいい、大好き、って。俺には、広喜、大丈夫、なにしてんの? なのに」


 え。

 広喜の顔を褒めない。おばちゃんを、おばちゃんと呼ぶ。広喜に、なにしてんの? って、言う。


 それ、あたしじゃないか?


 おばちゃんを愛して止まないおじちゃんは、あたしにくらいしかおばちゃんをおばちゃんと呼ぶことを許さない。

 おばちゃん直々に、「おばちゃんって呼んで。そりゃ、お義母さんのほうがいいけど、まだ、ね」って。

 お義母さん、はよく分からないけど。


 たまたま、あたしとおじちゃんおばちゃんとでお出かけしたとき。

 コーヒーを買いにおじちゃんがちょっとだけ離れたときに、(なぜかはいまだに分からないけど)あたしをナンパしてきたやつらをおばちゃんが、断ってくれたことがあった。


「近くで見たら今のもう一人、けっこうおばちゃんかもよ? 30とかじゃね?」と連中が捨て台詞を吐いた瞬間。

 三人分のテイクアウトのコーヒーが私の手の中に置かれ、連中は宙に舞っていた。


 コーヒーを手分けして運びつつ、その場から逃げ出した、あたしたち。

 おじちゃんは、置いてきた。


 結局、おばちゃんとデート(楽しかった)して、帰ったきたけど。

 まあ、おじちゃんは、それくらい、ヤバい人なわけで。


「なんか、それ……あたしのことみたいだよ」


「そうだもん」

 だから、もんはやめろ。


 もん、似合うけどな。

 あれ? 似合うからダメなのかな。


「……だから、さいかちゃんの俺、にして。目印。さいかちゃん、リンゴ好きでしょう」


 リンゴ好きな魔女か。面白いね。

「リンゴあめとアップルパイはかなり好き。丸のリンゴは、生はそうでもないな……焼きリンゴなら」


「じゃあ、このリンゴは焼かれる運命にあるってことで」

「うまいこと言うなあ」


 ……そう、うまい。なら、しょうがないか。


 ところで、あたし、いつ医大志望になったんだろう。

「母さんと、話してた」


 あ、思い出した。


 この間、その話、おばちゃんとしたわ。


「さいかちゃん、お医者さんとかなるのかな」

「え。なれたら褒めてくれる?」

「もーめちゃくちゃ褒める」

「じゃあ、医大かなあ」


 あのとき、広喜、ゲームしてたじゃん。しかも、ヘッドホンしてなかったか?


「さいかちゃんの声は、聞こえる」

 はいはい、そうですか。心の声は聞かないでほしいところだけど。


 このあたりで、という位置を二人で決めた。手鏡、大活躍。それから、スマホも。

 ネット検索をしながら、ファーストピアス、おすすめの位置、みたいに。なんとかなった。


「じゃあ、いくよ」

 うがい手洗いをして、戻ってきたあたし。


 それから、手早く、広喜の耳を清浄綿で消毒していく。


「じょうずだね」

「だろ?」

 だてに、幼稚園時代から広喜の口のまわりをふいてあげたり、してない。


「いくよー」


「痛くない痛くない痛くない痛くない……」

 広喜、めちゃくちゃ真剣な顔してる。


 涙と鼻水も、清浄綿でふいてあげた。


 かわいい顔。きれいな顔。

 ぷにぷにの耳たぶ、触ってやれ。

 ぷにぷにぷにぷに……。


 よし。

 また、新しい清浄綿で消毒だ。


 そして。 


 「あ、痛い」


 「ちょっとつねっただけだよ。やめる?」 

 「や、やめない」


 やっぱりかわいい、真剣な顔。


 もう終わった、って言ったら。

 どんな顔、するのかな。


 実は。


 あたしには、聞こえてたんだけどね。

 

 広喜白雪姫が、魔女あたしのもの、になった音。


 パチン、て音。

 ホチキスよりも、小さな音。


 そうか。


 今日の、日給。

 1000円でもなくて、広喜の泣き顔と、耳たぶたぷたぷだったわけだ。


 でも、ね。


 うん。


 ……悪くは、なかったよ?




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