第52話 現実は小説より奇なり、かも?

 ──と、あれから腕やら腰やらがバキバキになりながらも、半ば強引に柏木マネージャーから押し付けられた重い荷物をどうにかこうにかアパートに運び込んだ僕は、休む間もなく段ボール箱の開けられたふたから覗いているぎっしりと詰まった分厚い大判ラノベ本の束を見て、心底ゲンナリしていた。


 それこそ〝女性向け〟だけあって、どこぞの王子様がパーティドレスで着飾ったヒロインを抱き寄せ、ニヒルな笑みを浮かべているカバー表紙が実に眩しい。普段好んで読むラノベではなかなか見られない構図だ。


 というか、そもそも男性向けのラノベに男キャラ(男主人公を含む)が大々的に表紙にいること自体ごく稀だ。基本ヒロインキャラの胸やら太ももやらのエロ重視(偏見です)。


 その点、女性読者をターゲットとした恋愛小説は男女(男男)カップルで表紙を飾ることが多い気がする……その辺を含めて、女性特有の感性を学ぶべきだろう。


 今後〝女装〟アイドル声優として業界を生き残るためにも。


「……まぁ、とりあえず、一通り読んでみなきゃ始まらないか──」


 と、まず手始めに『悪役令嬢の私は何故か腹黒王子に溺愛されてます』の一巻をパラパラめくる。そして畳に寝っ転がりながら、何の気なしに読み始めると、


「──アレフレッド(腹黒王子)、すごくいい奴じゃん。これは今まで読まず嫌いだったかもしれない……」


 気が付けば時間も忘れて、ついつい夜中まで読みふけってしまった。


「──ん、それに比べて主役のマルちゃん(マルガリータ)は、キャラが若干破綻してるような……」


 って、仮にもこのキャラのオーディションを受ける僕がそんなこと言っちゃ駄目だろ……。 


 とはいえ、原作を読んだ限りでは、本来作品の顔であるメインヒロイン(女主人公)が、ただのトラブルメーカーみたいに感じてしまうのも事実だ。


 ……つうか、そもそも主人公の周りを囲む男性陣の容姿やら性格やらがイケメン過ぎて、まるで攻略対象を引き立てるだけの存在となっている。


 これだと、このまま原作がアニメ作品になっても、本来在るべきマルちゃん、主人公の魅力が全く視聴者に伝わらないかも──。


(……それでもまぁ、なかの声優の演技次第でキャラが化ける可能性があるかな? ……ん、それこそ男の僕だからこそ出来るお芝居が──って、元々受かりっこないか……たぶん僕は面白半分でオファーされたんだろうし)


 でもまぁ、とりあえずノートに「イケメンの色香に惑わされず毅然とした態度のお芝居を心掛ける」と、オーディションに向けた演技方針をガリガリと赤ペンで書き込む。


 あれ……これって、男女問わずハーレム系アニメ全般に言えることだよな?


「ぐう〜」


 で、その時不意に腹が鳴った……そういえばもう何時間も食べてなかった。


 だから台所でゴソゴソと食べ物を漁っていると、「あう〜」とか、「──もう、アンタのことなんて、私は知らないから!」ってな感じの、先ほどまで読んでいた悪役令嬢ものとは打って変わって、馴染み深いラブコメヒロインが発するような台詞の数々が聴こえてくる。


 リアル悪役令嬢的なが、先程から台本片手に発している台詞とは思えない。


「──わ、わたし本当はアンタのことが……だ、大好きなの……って、違う、違うから!」

「おい、東雲……」

「わたしはアンタなんか何とも思ってない!」

「って、おい、こらっ!」

「なによ、さっきからうるさいわね。お芝居の邪魔をしないでくれるかしら」

「うっ……あ、あの、これからお湯を沸かすんで、お夜食など、いかがでしょうか……」


 ときに時刻は、深夜二十三時過ぎ。


 そんな真夜中にも拘らず、台本片手にお芝居の練習を始めたご近所迷惑極まりない某東雲嬢に対し、──さっさと帰れよ、ってな感じで強気に睨んだら、それこそリアル悪役令嬢的視線で睨み返されてしまった。


 ──って、コイツは一体いつからここにいるんだ? ……まぁ、いまさら考えるだけ無駄だろうけど。


 その後、台所の隅っこでカップ麺をすする僕をよそに、東雲は勝手に人のノートパソコンで配信アニメを視聴しながら「ふふふ……」と口角を釣り上げている。元が派手な美人顔だけにかなり不気味な光景だ……っていうか、たしかパソコンにはパスワードロックをかけていたハズだけど?


「あ、そういえば東雲、センパイ……、今日はたしか、スタジオオーディションとか言ってたよな?」

「(ピキッ)」


 あ……、もろ地雷を踏んだ。


 眉間にマンガみたいな怒りマークを浮かべる東雲から、ササッと目を逸らす。もうこれ以上この話題には触れてならないと生存本能が告げている。



 で、結局このあと、東雲とは特に会話らしい会話も無く、僕は僕で本の続きを読みながら、いつの間にやら寝落ちしたらしい……。


 そして朝。東雲はアパートの部屋から姿を消していた。


 ラップをかけた拳大のおにぎりをポツンとひとつちゃぶ台の上に残して。


 僕はそのちょっと不格好な形の具無しおにぎりをかぶりつきながら、ひとり見知った天井をボォーと眺める。


 んで、結局アイツは何しに家に来たんだ?


 うーん、やっぱり女心は難しくて、良く分からん……。

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