第45話 佐伯比呂は女子よりもかわいい〝男の娘〟です。

「──ねぇ翔太、今ひとりかな? ええとね、私、隣に座ってもいい、かな?」

「お、おう、別にかまわないぞ。それで佐伯、オレに何か用か?」

「用事がなければ……ダメ?」

「そ、そんなことはない、が……」


 灰色の粉塵ふんじんが広がる空の下、かつての賑わいも鳴りを潜め、今では閉校となった晴海ヶ丘はるみがおか高校。


 そんな生徒の影も薄れ、砂埃にまみれた中庭のベンチで、賞味期限がとうに切れた菓子パンを無造作にかじっていた藤原翔太ふじわらしょうたのもとに、制服のプリーツスカートをパタパタと風になびかせた〝彼〟が寄り添う。


 彼の名前は佐伯比呂さえきひろ。小柄で細身、まるで日本人形のような整った顔立ちのショートボブがとても似合う少年。


「ひゃうっ! 砂が目に入ったよ……」

「バカだなー、こんな日にわざわざ外に出てくるんじゃねーよ。教室でみんなと一緒にいれば良かったのにさ」

「それを言うなら翔太も教室に戻りなよ。そのパン砂まみれじゃない」

「はは、ちげえねえ」


 そのとき比呂は、薄く笑う翔太のすぐ隣に腰を据え、そのまま灰色の空を仰ぎ、


「……それに今、みんなの雰囲気最悪だし」

「だよな……」


 スカートの膝の上でギュッとこぶしを握る。


「……でも、私思うの。これからみんなにどれだけの時間が残されてるか分からない。だから明日も明後日あさっても……ううん、地球がなくなっちゃうその時まで、私は頑張って生きていきたい。だからだから、翔太に……、ええと……その……、ゴメンっ、今のは忘れていいから!」


 言葉の途中、とびきりの笑顔を翔太に見せる比呂。それでもどこかはかなくも悲しげに。


 そして、長いまつ毛の下に一雫の涙を浮かべて──


 だから翔太は何も言わず、比呂のうれいたその横顔にそっと肩を寄せた。



 時に、西暦20✕✕年。

 

 地球の軌道上に数万規模の流星群が到来するまで、残り僅か──



【僕たちは終末の世界でアオハルする〜そして彼らは星になる〜】より抜粋





「──うーん、比呂ちゃん……実にいい子だよな(男の娘だけど)」


「こういう健気な女子と付き合えれば幸せなんだろな(でも男の娘)」


「──となると、佐伯比呂の可憐さを声のお芝居で表現するには、やっぱり声質をワントーン高めにした方が……でもオーディションでは、ほぼ地声でお芝居したし……そこんとこ音響監督と要相談かな──」



 平日の昼下がり。


 短期間でスタジオオーディションを二本もこなすという声優の荒療治に対し、結果的に両方とも合格(そのうちの一本は不本意だが)するという快挙を成し遂げた僕。


 これで〝終末アオハル〟を含めると、今後三本も仕事が決まったわけだが、それはあくまでも予定であり、今のところ何一つ収録が始まってなく、他にバイトもしてなければ、現状、ただのニートと変わりない……。


 ──っていうか、ぶっちゃけ暇を持て余しているので、この機会にじっくり役作りに専念しようと、とりあえず〝終末アオハル〟の原作本を、今一度じっくり読み込んでいたところだ。


 今回僕が演じる予定の〝佐伯比呂〟は、メインヒロインの〝朝霧紅葉あさぎりもみじ〟と違って、原作でも登場シーンはかなり限られてくる。


 なので、比呂が発する数少ない台詞の一つ一つが、とても心に刻む名言となり、現に彼女? は、未だに幅広い層から根強い支持を受けている。


 となると、そんな大人気〝男の娘〟キャラの声を演じることになった僕は、今更ながらプレッシャーがハンパないわけで。


 まだ世間一般には、〝終末アオハル〟の長編アニメ映画化が正式に告知されていないが、ここ近いうちにその情報がテレビやネットで全面的に公開されたら、たぶん原作ファンから大きな話題となるだろう。当然、キャラの中の人も注目されるわけで……。


 うん、そのことについては、あまり深く考えないようにしよう。今も胃がキリキリ痛むし。


 それよりも現状大事なのは、自分の演じるキャラの考察だ。


(──つうか、この〝佐伯比呂〟は〝ゔぁるれこ〟の雛月よりもお芝居の難易度がハードモードなんじゃ……原作では、結構感情の起伏が情緒不安定だし、特に終盤では──)


(……とにかく今は、佐伯比呂の台詞のすべてを抜き出し……周りの人物相関図からキャラの心境をじっくりと掘り下げねば──)


「ピンポンピンポンピンポン──登輝くーん、今日はお花見だよー」


「……」


「ほら、さっさと用意しなさい」


「……………」


 何の前触れもなしに、突然アパートの部屋にズカズカと乱入してきたのは、のんびりマイペースな我が姉君こと神坂三鈴、そして何故か連れたっての悪役令嬢的アイドル声優、東雲綾乃という、混ぜるな危険、人の都合なんてお構いなしの迷惑コンビ。


 もう何も驚くまい。毎度毎度のことだし、流石にもう慣れた。こいつらに世間で言う一般常識は通じない。


 というか、今は平日の真昼間だよね? 東雲はともかく、姉さん仕事は大丈夫?


「あーあ……もう分かったから、ちょっとタンマ、すぐに支度をするから……うげっ!?」


 んで、シャツとジーンズを持って風呂場の脱衣所に向かおうとすると、着ていたジャージの首根っこを東雲に思い切り引っ張られた。


「てか、何すんだよ!? これから服を着替えるから大人しく待っとけよ!」

「ふん、誰が貴方みたいなむさい男と花見なんか行くのよ。だからほら、さっさとメイクを済まして、私のである橙華とうかになりなさい」

「は?」


 その設定、まだ続いてたんだ……。


「登輝くん、今日はお姉ちゃんチョイスの春服なんかどうかな?」


 と言う姉さんは、いつの間にやら、ピンク柄のミニスカワンピースを僕に向けて不気味に微笑んでいたりする。


 ──っていうか、こいつら(♀)よりも、佐伯比呂(♂)の方が健気で慎ましく女の子してるじゃん!

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