第43話 女装男子、コスプレに目覚める?

 山手線を乗り継いで向かった先は、都心の池袋。


 早々に駅の改札口を抜けた僕は、最近何かと利用する多目的トイレに寄り、今一度女装メイクを確認してから、人の流れに沿ってスクランブル交差点を渡った。


 この池袋エリアは、毎年十月に行われるハロウィンフェスを筆頭に、数多くのコスプレイベントが開催される、言わばコスプレの聖地とも呼べる場所だ。


 かくいう僕は、前々からコスプレ、特にアニメキャラに扮した格好に興味こそあれど、さすがに男である自分が、美少女キャラに──ってわけにもいかず、かと言って、少年マンガ風のイケメンキャラになりきるのもそれこそ無理があるので、ゆえにコスプレとは他人がするのを見て楽しむもの、と常日頃から割り切っていたのだが、現在その考えが根本的にひっくり返っていた。


 今の僕、橙華とうかだったら、推しヒロインのコスプレが可能じゃね?


 だからこうして今、自分の新たなる可能性を探るべく、池袋の有名コスプレショップにいざ行かんとしたわけだ。



(──おお……これはマジでヤバい……)


 で、店先の人気アニメキャラの衣装を纏ったマネキンに誘われるがまま中に入って早々、思わず感嘆な言葉が漏れそうになる。


 予想を遥かに上回る様々なコンテンツのコスプレ衣装を目の当たりにして、僕のテンションはもう爆上がり状態だ。


(あ、あれはマギマドのまりかちゃんの魔法少女ドレス……おっと、あっちはリスリスのアキナか! ハッ……、)


 気がつくと、目を見開きつつ鼻息を荒くしながら店内を徘徊する僕がいた。


 このままだと、周囲の客(ほぼ女性)から変質者見られかねない。


 コホンと一度咳払いをしてから、平常を保つことに。


 ちなみに今日の僕は女装こそはしているが、アイドル声優の橙華ではなく、ただのコスプレ好きな女子大生という感じを装っている。


 いちおうは女装メイクの上から野暮ったい黒縁メガネと白マスクで顔を隠しているので、身バレの心配はないハズ。


 だから今度こそ落ち着いて、じっくりと店内を見て回ろう。


 見れば衣装以外にもピンクやブルーといったカラーウイッグも充実していた。値段によっては本物さながらのものもあったりする。ときに僕が被っている黒髪ウイッグは柏木さんが用意したのをそのまま愛用しているが、本物と見間違うほど精巧なので、結構な値段がするのではないだろうか、と今更ながら思った。


 それはそうと、これだけのコスプレ衣装があると、今の自分にどれが似合うかサッパリだ。


〝ゔぁるれこ〟の八城雛月やしろひなづきのコスプレを一度試してみたい気もするが、雛月は基本、地味な制服姿なのでコスプレとしてはイマイチえないと思われる。下手すれば成人女性がセーラー服を着ただけという、もはや痛いだけの構図が出来上がるだけ。


 それでも雛月愛用の日本刀をオプションにつければどうだろうか? いや、ああいうのって値が張るんだよな。いくら声優のギャラが入ったとはいえ、予算が限られてるので、それは却下だ。


(となると、やっぱりファンタジー系か……でも肌の露出が少ないやつ限定だよな……これなんか特にヤバいだろ……ほぼヒモじゃん)


 色々と目移りしてしまうが、候補をファンタジー系に絞り込み、スレンダー(貧乳)で尚且つ身長は160センチぐらいの聖女、ヒーラー系キャラの衣装を今一度物色する。


(……ここ、これはもしや、チェル先輩の礼装では!? 大きな襟元えりもとで喉仏も隠れるしスカートも長いし、これだったら何とか僕にも着れるんじゃ──)


 と、ハンガーに吊るされていたシスター服を手に取って、服の上から自分の身体に当ててみたりしていると、


「──ムーンプリンセスのチェルですか、橙華さんにピッタリかもですね」

「っ!?」


 不意に背後から声をかけられた。


 それで慌てて振り返ってみれば、


「ぁ、ももちゃん……」

「はい、収録以来ですね」


 身長150ちょいの小柄な女子高生──現役女子高生アイドル声優、小倉ももちゃんがすぐ後ろにいた……って、偶然すぎるだろ!? それに思い切り僕だってバレてるし。メガネとマスクで顔を隠す意味なくね?


 そんな彼女は僕にグイッと顔を寄せてきて、


「あれからわたしの親愛なる東雲綾乃センパイとの百合展開は晴れてクライマックスを迎えたようで。それはそれはお幸せに」

「迎えてないけど!?」

「冗談です」


 と言いつつも、どこかで闇を感じさせる小倉もも(敬称略)。ここのところ意図して彼女との連絡を絶っていたので、変な妄想力にき立てられたのだろうか?


「──ところでももちゃん、何でこんなところに? もしかしてコスプレが好きとか?」

「いえ特には、わたしは専ら鑑賞組ですね。レイアーの皆さんは露出狂(偏見です)の美人さんが多いですから、目の保養になります」

「あ、さようですか……」


 目鼻立ちが整った艶々黒髪ショートボブの彼女(顔近っ!)は、聞いてもないのに自らの性癖をあっけらかんと言う。


 このJK、見た目こそS級美少女だけに色々と残念だ。


 前回は、自分好みのギャルと仲良くしたいがために彼女自らギャルに扮してたようだが、今回は至って真面目な制服姿なので、ターゲット(百合の)をギャルから文学少女にでも変えたのだろうか……ま、好みは人それぞれだから。


 といっても、小倉もも曰く、本命はあくまで東雲綾乃だそうだ。未だにその好みの範疇が良くわからん。


「──ところでももちゃん身バレ大丈夫? 見たところ全然変装をしてないけど」


 あくまで小倉ももとは若手優良株の女性アイドル声優だ。その愛くるしい顔だってたくさんネットに画像が上がっている。前の白ギャルコーデとは違って、今の彼女は学校指定の制服姿なので周りからバレバレだろ。ファンから通っている高校を特定され兼ねない。


「そのへんは大丈夫です。意外と周りから気づかれないので」

「え、そうなの?」

「はい」


 世間とはそんなものなのか? とはいえ自分は特に周りの目が気になるから、アイドル声優の橙華バレはともかく、女装バレとか女装バレとか女装バレ──


「それで橙華さん、そのシスター服なんですけど、わたしとしては、ここで買うのはオススメしません」

「あ、そうなの? い、いえ、ぼ、私は別にコスプレしたいとかそんなんじゃなくて……」

「わたしの前で自分を偽らないでください」

「あ、はい……すみません」


 女子高生にさとされてしまった。


「この安価コーナーに並べられている衣装は値段こそはお手軽ですが、クオリティに関してでいうと品質そのものがイマイチです。もしもムーンプリンセスのチェルを完全に再現したいのならば、もっと細部までこだわりを持つべきです」

「……わ、私はちょっと家で着てみたかっただけであって、その……」

「だったら尚更です。自分の為だけにとことんコスプレを極めるべきです」

「そそ、そうか、それこそがキャラ愛……」


 今も尚、目の前で熱く語るももちゃんのコスプレ論にだんだんその気になってくる僕ことコスプレ大好き女子大生(偽装)。それこそ彼女の言ってることが正論になって響いてくる。


「まずは、そんな薄っぺらい生地のじゃなく、本物のシスター服を用意してください。今の時代、ネットを駆使すれば何とかなります」

「だ、だよね」

「それからアニメの作中に沿って、細部まで完全に衣装を加工してください。その際はプロの服飾者に依頼することを推奨します」

「う、うん、そうするよ」


 多少の予算オーバーは仕方ない。やるなら完璧に、だ。


「そうして完成した衣装を──」

「うんうん」


「切り裂いてください」


「は?」


 何いってんのこの娘? 折角出来上がったコスプレ衣装を破いちゃ駄目だろ……と思い、ポカン顔をしてる僕に対し、現役JKアイドル声優は更に熱く語る。息を荒らげて。


「──は、激しい敵との攻防の末、引き裂かれた乙女のシスター服……その姿を再現してこそ真のレイヤーというもの! ハァハァ……で、でも露骨に肌を露出させてはなりません。破かれた長いスカートからチラリと覗くあの傷ついた太ももがいいのです! ハァハァ、さ、更に敢えて正面からではなくて、脇から覗かせる胸の膨らみなんか、もう最高、です……ふわぁ」


「わ、分かったから、ももちゃん一旦落ち着こうか」


「ハァハァ、あ、後はですね──」


「だぁああっ、もうそれは後で聞くから!」


 いつの間にやら、一斉に周りの客たちから自分らは注目されていた。自分らの身バレ以前の問題だ。このままだと見兼ねた店員らに警察を呼ばれかねん。僕は未だヒートアップ状態が冷めない彼女の小さな手を無理やり引っ張って店の外に──、



 ──とまぁ……コスプレは安易にするもんじゃないと、とことん考えさせられた。それこそキャラ愛があってこそ出来る生業だ。それを気付かさせてもらったってことで、ある意味とても有意義な一日だったかもしれない。


 ……つうか、僕の女装って、そもそもコスプレだよな? ってことで、今の自分にどれ程のキャラ(橙華)愛があるかは……限りなく未知数だ。

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