第40話 『ヴァルキリーレコード』

〝ヴァルキリーレコード〟第12話 オープニングパート アフレコ収録──



【シーン03〜19】



 真夜中の廃病院跡地にて。


『ぐぎゃぁああああああああああああ──』


 水口穂香みなぐちほのかの絶叫が寂れた建物内に響き渡る。


 前回、八城雛月やしろひなづき操る妖刀〝ツクヨミ〟の一閃により、奇しくも切り離された穂香と〝邪神ロキ〟の思念体。


『穂香ぁあああああああああ──っ』


 それによって正気を失っていた穂香が力なくその場で崩れ、駆けつけた慎也によって抱き支えられた。


『ほ、穂香……、』

『……う、ううん──』

『い、生きてる、のか?』


 慎也の胸の中で微かに穂香がうめく。あの激しい攻防の末に露出した肌からは傷らしい傷は見受けられない。


 雛月は手加減をして我を失った穂香と相まみれていた証拠だ。


 安堵した慎也は着ていた上着を脱ぎ、優しく穂香の身体を包み込むと、すぐそばで佇んでいる彼女に礼を言うべく目を向けた。


『なっ!?』


 ──その時、彼女、八城雛月の小さな体躯を中心に金色の光が溢れ出す。



──オープニングパート終了。



〝ヴァルキリーレコード〟第12話Aパートアフレコ収録──



【シーン21〜32】



 あまりにも激しい光の眩しさで、思わず目を背ける慎也。


 やがて辺りが静寂に包まれる。そんななか、先ほどまでとは違う心地よい光の温もりを感じた彼は、閉じていたまぶたを恐る恐る開く。


『う……うそ……うそ、だろ──、』


 見開かれた慎也しんや双眸そうぼうに映し出されたのは、虚空を漂う無数の白い羽根。周辺を囲うかのような眩い黄金の光。


 それらは四方八方に降り注ぎ、そしてその中心に凛と立つ一人の少女。


『──お、お前は、一体……』


 少女──黒のセーラ服姿の八城雛月に反してその背中には、一対の白い大きな〝翼〟が。


 彼女は翼を優しくはためき、光の粒子を舞い散らせながら静かに綺麗な薄い唇を開く。


『慎也……貴方は穂香さんと逃げなさい』


『逃げる……に、逃げるって、どうして?』


 そう言って、不意に慎也が立ち上がったその瞬間だった。


『──へ……?』


 彼の胸部に熱く鋭い痛み。白いワイシャツを焦がす小さな穴。今まさに自分の身に何が起こったか理解が出来ない慎也。


『ゴボッ──』


 間延びした時間の中、咳き込むと同時に大量の赤黒い吐血が地面に広がる。



──Aパート終了。



〝ヴァルキリーレコード〟第12話 Bパートアフレコ収録──



【シーン40〜51】



『ははは……』


 慎也は雛月を見て小さく笑い。胸から血しぶきを上げながら、地面に崩れ落ちた。



『い……いやぁああああああああああああああああああああああああっ──』



 失われていく感覚の中、けたたましい絶叫が慎也の鼓膜に響き渡った。


『──〝ビクニ〟任務を放棄するつもりかしら?』


 そして、微かに聞こえてくる若い女性と思しき声。


『──そこに転がる下等の人間たちは、もう魂の亡きただの抜け殻なの。生ゴミは速やかに処分しなきゃダメじゃない』


『──それが貴女の任務でしょう?』


『──あら、何その目は? このわたくしに歯向かう気かしら?』


『──貴女はオーディン様直属のヴァルキリー13ばしらの中でも末端じゃない。序列3位のわたくしに対しての狼藉ろうぜきは許されないわ。分かっていて? 〝八百比丘尼やおびくに〟──』


 そして、慎也の意識は完全に途絶えた──



──Bパート終了。



〝ヴァルキリーレコード〟エンディングパートアフレコ収録──



【シーン57〜65】



『………………あれ、オレは一体?』


 慎也はぷにぷにと柔らかい感触とともに目覚めた。


『あら、慎也、気がついた?』


『ひ、雛月……って、のわっ!?』


 慎也は慌て飛び退いた。そんな彼に対し、あろうことか膝枕ひざまくらをしていた雛月。


『そ、そういえば、穂香は?』


『……彼女なら、そこで悠長に寝てるわ』


 雛月の指す方向に視線を向ける慎也。見れば穂香は、どこかの砂浜の上で雑に転がされていた。彼の扱いとは天地の差だ。


『と、とりあえず無事みたい、だな』


『そうね……とりあえずは放っときましょう』


『……八城、穂香に対して厳しくない?』


 と言っても、雛月自体、見るも無惨な姿であった。


 特段、目立ったケガとかはしていないようだが、着ているセーラー服は原型こそ留めているものの、あちらこちらと破れていて、辛うじて大事なところだけ隠されている状態。穂香に至っては、ほとんど下着同然の姿である。


『ん……あれ? そういえばオレ……あれからどうなったんだっけ? たしか酷いケガとかしたような……っていうか、その前に天使みたいな八城を見た気が……する』


『ゆ、夢でも見たんじゃない?』


 疑問を浮かべる慎也に対し、普段ならばクールに受け答えする雛月にしては、若干言葉を濁している。未だ夢うつつな彼は、まだ気づいていなかった。いびつな自分の状態を……まごうことなき死からの生還を。


『あ、それはそうと、八城……ここは一体、どこなんだ?』


『さあ……あの陰湿女から逃げるが精一杯……いえ、ええと……、長い北の海を渡ったから、だからここは、ええと…………北海道?』


『ほ、北海道だぁ!?』


 広がる青空の下、慎也の叫びが木霊する──



 ──エンディングパート完。




『はい、全パートOKです! お疲れ様でした』


 スタジオのスピーカーから、青木音響監督の声が響き渡り、八城雛月役の僕こと橙華とうかはふと我に返った。


 着ていたネックセーターの首元は汗でしっとりと濡れている。メイクもたぶんボロボロだろう。でもそんなのお構いなしに、気分だけは高揚していた。


 前回の闇落ち水口穂香を完璧に演じきった東雲綾乃をふと見やれば、ブースの片隅で壁に寄りかかりながらも、何故だか僕の方に向けて親指をグッと立てている。……まぁ、いちおうは好意的な仕草として受け入れよう。


〝ゔぁるれこ〟の主役、片瀬慎也役を最後まで安定したお芝居で熱演した妻夫木渡さんは、僕の肩を軽く叩き「お疲れ」とだけ言って、笑顔を浮かべた。


「お疲れ様でした!」


 そして僕は、心から頭を下げた。妻夫木さんも含め、周りのスタッフ全員に向かって。


 最初こそはどうなるかと思っていたけど、兎にも角にも自分は何度も心が折れようと〝ゔぁるれこ〟のメインヒロインである〝八城雛月〟を最後まで演じきれた。それだけに今は歓喜に満ち溢れている。


 そんな万感たる思いのまま、僕はブースを後に、


「うげっ」

「まだガヤ撮りが残ってるわよ」


 しようとしたけど、例の如く東雲に首根っこを引っ張られ、思わずその場でズッコケそうになる。


 ……ったく、空気を読めよ。折角の感動モードが台無しになるだろ。


 まぁ……それはそうと今回の収録では、かの有名な女性アイドル声優、泉麻世いずみまよ(年齢未公表)さんがゲスト出演していた。最後の方で雛月を追い詰めた謎の声がまさしくそれだ。


 早速、サインを……いや、挨拶がてら連絡先交換を、


「泉さんなら、もうとっくに居ないわよ。次のスケジュールが押してるみたいね。何であんな年増女が人気なのかしら?」

「マジで!? つうか、泉さんはまだ30もいってないだろ(たぶん)」


 ……ま、何やかんやで、〝ゔぁるれこ〟の収録はこれにて大方終了となる。それこそアニメ二期とかが正式に決まれば、話は別だけど。


 今回の最終回なんて、多くの謎や伏線を残してのぶった切りエンドだしな。あの雛月の正体だって、まだ完全に明かされないまま終わっちゃったし……まさかの八百比丘尼やおびくに(遙か昔に人魚肉を食べて不死となった人物)か……原作未読勢にはサッパリだろ。泉さんが演じてた意味深なキャラでさえ、その姿すらまともに出てこなかったし。


 ともあれ、この収録を期に当分の間、声優の仕事らしい仕事も減るのは必然的だ。歌唱(東雲とデュオ)の件だって、あれから全く話が動いてないので、まだまだ先のことだろうし。


 それでも唯一仕事が決まっている〝終末アオハル〟の件も含め、自分の今後について、しっかりと考えないとな。


 自分はこのままアイドル声優──橙華を続けられるかどうかを……。


 スタジオの中に居る誰も彼もが、和気あいあいとしてるなか、僕は人知れず、履く長いスカートをぎゅっと握りしめていた──。

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