第39話 これが僕の生きる道
「──んで、姉さん……、これを僕にどうしろと?」
「うん、あのね、昨日モールで登輝くんにピッタリの下着を見つけたの。だからお姉ちゃん、もう嬉しくて買っちゃった! あれ……、もしかしてピンク、嫌いだった?」
「別に嫌いじゃ……って、そういう色とかの問題じゃなくてさ、そもそも男の僕がこんなの履くわけないだろ!?」
暦は
「はふはふ、んぐ、ひどいよ登輝くん……せっかくお姉ちゃんがプレゼントしたのに……よよよ」
と、コタツの上でグツグツ煮えたぎるおでんのちくわを咥えながらの姉、
あの件(
「ど、どお、似合うかな?」
ま、いずれにしろ、姉に対し借金とかその他諸々の恩義を感じてる愚弟としては、ここで潔く着ていたジャージの上下を華麗に脱ぎ捨て、それこそTシャツ並び、トランクスの上からレースフリフリのピンクブラ、ひらひらピンクショーツを身に着けてのレッツショータイム。飲んでいた缶チューハイの酔いもあってか、気分は結構ノリノリだ。
「もう登輝くぅん、かわゆいー」
「よーし、じゃあ、今度はマッパになって着ちゃうぞー!」
と、そのとき、
「──お邪魔するわよ」
「!?」
「あ、東雲ちゃん、いらっしゃい〜」
突然の
ちなみに今の自分といえば、どこをどう見ても…………。更にグラビアアイドルさながらのポージングを決めたりなんかしてる。
酔った勢いとはいえ、悪ノリが過ぎた……かも?
「…………え、え、えと、」
「あら、今夜はおでんかしら、じゃあ私は、そうね、大根と玉子を頂くわ」
と、そんな見るも耐えない僕の姿を目の当たりにしたであろう
「え、ええっと……東雲さん?」
今更ながら台所の隅っこで身を隠すようにうずくまっていた僕であったが、今まさにおでんの具を受け皿によそう東雲に恐る恐る声を掛けてみた。
「ん、何かしら?」
「ええっと……その……、今の僕を見ても、何とも思わない、のでしょうか?」
すると東雲は、いい感じに煮え込んだ大根をフーフーしながら、実に面倒くさそうに。
「はふはふ、凄く似合ってると思うわ」
「リアクションそれだけ!?」
──というような大惨事というか、珍事があってからの週明け。
本日、長くもあり、短くも感じた〝ゔぁるれこ〟第12話、アニメ一期の最後となるアフレコ収録を向かえた。
収録は16時スタートだが、日中スケジュールがガラ空きの僕は、早々にスタジオ入りし、今はロビーのソファーを陣取って、台本の最終チェック中だ。
ときに今日の僕の装いといえば、クリーム色のネックセーターにマキシ丈のフレアースカートというシンプルコーデ。
つい最近まで着るものには
(それも今回の収録で、当分の間はこんな格好ともおさらばだな……)
とか、感慨深く台本を胸に、ぼぉーっと天井を仰いでると、不意に足元が涼しくなった。
「──って、おい東雲、何やってんだよ!?」
「何って、先日のショーツを履いてるか気になって確かめただけよ。悪い?」
「悪いに決まってるだろ! 公然で何考えてるんだよ……まったく──」
突然音もなく目の前に現れた東雲によって、ペラリと
「──ところで橙華さん、これは柏木マネージャーから、直接聞いた話だけど、貴方は知ってるかしら?」
当の東雲は悪びれる様子もなく、早々に話題を変えてきた。若干頬を緩ませて。
「今度〝終末アオハル〟の告知が大々的に発表されるそうよ。当然、声を演じる私たちのこともあらゆるメディアで情報公開されるわ」
そして彼女の話は僕の返事を待つでもなく続き、
「これで私も主演声優として一気に知名度が上がるわ。何しろ〝終末アオハル〟は全国上映の長編アニメ映画だもの!」
と、感情をあらわに小さくガッツポーズしている東雲に対し、長い黒髪ウイッグの毛先を弄びつつも、動揺を隠せない僕。
それって、つまり……。
「へえ……、そそ、それはそうと東雲さん、この僕、いえ、私については、今後どのように発表されるか、柏木さんから……その、詳しく聞いてたり……する?」
「ええ、当然聞いてるわ。もちろん──、
女性アイドル声優の
僕の女装姿が、ネットだけではなく、一般のテレビにも醸し出されるということだ。
言わば前々から危惧していたことが現実となり、僕は力なくソファーにもたれ掛かってしまう。
いや、そもそも女装をして映画のオーディションを受けた時点で、いちおう覚悟はしてたつもりだ。
でも、今後自分が声優を続けてる限り、女装アイドル声優としての道しか残されていないのか……と、今更ながら思ってしまう。
(……つうか、このまま世間一般に女装バレしたら、それこそ詰みじゃね?)
(──で、でも、今の時代だったら、それはそれでアリかも、知れない……よな?)
大事な収録を前にして、僕のちっぽけなメンタルはもう既に崩壊寸前だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます