第36話 オーディション②
「──ノエルプロ所属の
ガラス張りのコントロールルームに向かって深くお辞儀をし、
『では、始めてください』
アフレコブースに響き渡るスピーカーからの合図で、
「──好きとか嫌いとか馬鹿みたい。わたしたちにはもう未来なんてないのに……」
僕は〝終末アオハル〟朝霧紅葉の声を演じた。
この台詞は原作ラノベからすると、普段から内向的な性格の紅葉が、唯一無二に皆の前で自分の本音をさらけ出す大事なシーンで発せられる。いわば彼女の内なる心の声がポロッと出ちゃったという感じだ。
『……えーと、橙華さん……今の台詞は地声でお芝居しましたか?』
「は、はい! 多少は
『し、少々お待ちください』
防音ガラスで全く聞こえないけど、何やら向こうで音響監督を含めたオーディションスタッフ数人で揉めているようだ。
(あ、これは完全に僕が男だとバレてら……)
とはいえ、現状どうしようもないので、ウイッグの毛先をクルクルと指先で
『──お、お待たせしました。これで紅葉の役は以上となります』
突然、あっさりとオーディションの終了を告げられた。
うん。こんなもんだ。
今まで数多くのオーディションを落ちた身とすれば、今更驚くまでもない。
「ありがとうございました……」
となれば、こちらとしては、こんなところさっさと去るべく、ちょこんとお辞儀をし、マイクの前から離れたら、
『キィィイーン──、ち、ちょっと待ってもらっていいですか!』
スピーカー越しに呼び止められた。
「は、はい?」
『すみません。紅葉役は以上なんですが、橙華さんには引き続き、別のキャラを演じてもらっていいですか?』
「別キャラ……ですか?」
『はい、〝
佐伯比呂。
このオーディションが決まってから何度も繰り返し原作を読み込んでいる自分としては、結構馴染み深いキャラだ。また原作通りだと、長い台詞が多めの重要な役どころでもある。
「……あ、はい。出来ます、けど」
台本を素早くめくり、佐伯比呂のオーディション用台詞をチェック。まさにぶっつけ本番だけど、なんとかするしかない。
『では、お願いします。台本15ページの冒頭からで』
「は、はい」
くそっ、やはり練習もナシかよ……そして正面モニターに目をやれば、そこに映し出されていたアニメ一枚絵が、黒髪ロングの〝朝霧紅葉〟から、青髪ショートボブの〝佐伯比呂〟に変わっていた。タイプは違えど、どちらも神がかった美少女だ。
とはいっても、これから僕が演じる比呂に関しては、少々複雑なキャラ設定が……でも今は無理矢理でも
「──、私は
突如、日本政府によって隔離されたとある田舎町の高校。そんな混沌たる状況の中、この作品の主人公である〝藤原翔太〟に対し、内に秘めたる想いを告げる〝佐伯比呂〟ここは原作でも屈指のシーンとも言えるだろう。
「──私、私と、」
〝終末アオハル〟での佐伯比呂は、いうならばサブヒロイン的な存在だけど、その愛くるしい見た目も相まって、かなりの人気キャラといえる。
ちなみに僕は言うまでもなく断じて朝霧紅葉推しだ。
『うーん……もう少し感情を込めてお願いします。ではもう一度最初から』
「あ、はい」
スピーカーから指示が飛んできた。
いかんいかん、私事は挟まず、もっと役に集中せねば……。
でも、オーディションでリテイク(やり直し)が掛かるなんて珍しい。普通だったら、一回だけの本番なのに。
──私は翔太のことが好き……このまま世界が終わっても構わない──、
(ここで一旦、軽く吐息を……)
だから、お願い……私と、
(今こそ抑えきれない感情を一気に──、)
──、私とキスをしてぇ!
『は、はい……OKです。ありがとうございました。これでオーディションは終了です。お疲れ様でした』
「あ、ありがとうございました……」
思わず髪を振り乱しての演技だったので、若干息が上がってしまった。
後は、ガラス越しに見えるオーディションスタッフら全員に深々と頭を下げてから、僕はブースを出る。
意外と今回のオーディションは手応えあったかも? ……〝朝霧紅葉〟役はさすがに無理っぽいけど、次に受けた〝佐伯比呂〟役だったらワンチャンあるかも知れない。
でも、今僕が演じた佐伯比呂ってヒロイン、見た目こそは正統派美少女、という設定なんだけど、実のところ、
男の娘──
キャラだったり……まぁ、そのへんはあまり深く考えないようにしよう。
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