第37話 収録の果てに

『──神坂君、前に受けてもらったオーディションの結果だけど──』

「え……、ほ、本当ですか!?」


〝終末アオハル〟のオーディションから数日が過ぎた日の夜。


 狭いアパートの部屋でひとりわびしくカップ麺をすすっていると、マネージャーの柏木さんから着信があり、しれっとその合否をスマホ越しに告げられた。


『いやいや本当ですよ』

「ご、合格……や、やった……、」


 いくらか手応えがあったとはいえ、さすがにあんなに大勢の人気声優を差し置いて、自分がマジで合格するとは思ってなかった。


「──、ええっと……それで僕が受かった役というのは……まさかの朝霧紅葉あさぎりもみじ?」

『それは残念ですが、不合格でした』

「ですよね……」


 となると、受かったとしてもちょい役のモブか、もしくは、


「神坂君は、佐伯比呂さえきひろ役で見事合格です」


 やっぱり〝佐伯比呂〟役か……いや、それでも全然嬉しいよ? 見た目はアレ(男の娘)でも、一応は男キャラだし、むしろ本命で受けた美少女役よりも全然アリ? そもそも男の僕がヒロインキャラのオーディションに参加する自体ムリがあるだろ。


『──それと、朝霧紅葉役は東雲さんに決まりましたので、こちらとしては万々歳です』

「え、マジで!?」


 それこそ柏木さんに対して、敬語を使い忘れるぐらいびっくりした。



 ◇


 そんなわけで、配役が決まったばかりの〝終末アオハル〟とは打って変わって、収録も終盤に差し掛かった〝ゔぁるれこ〟のアフレコ現場にて。


『──八城雛月やしろひなづきぃいいい! お前だけは……お前だけは絶対に殺してやる!』


『ほ、穂香! もう、やめるんだ……頼むから、元のお前に戻ってくれ……』


『どきなさい慎也……彼女のことは、私に任せて』


 正面モニターに映し出された未完成の白塗り絵コンテ、それでも目まぐるしくアニメーションする映像を下に、八城雛月役の僕こと橙華とうか片瀬慎也かたせしんや役の妻夫木渡さん、そして水口穂香みなぐちほのか役の東雲綾乃で、それぞれ台本を片手に熱演中だ。


『──死んじゃえぇえええ!』


『くっ!』


 もっとも、そんななか僕といえば、二人の、特に東雲の神がかったお芝居に終始圧倒されっぱなしだった。それだけに彼女の熱がこもった台詞に合わせるだけでもう精一杯。そして今まさに画面内の雛月が不意に放たれた穂香の謎ビーム攻撃を避けきれずに被弾した。


『雛月ぃいいいい!』


 妻夫木さん演じる慎也のアップの次に映し出された雛月の表情は、未完成の絵柄ながらもかなり痛々しい。たぶん完成された映像では見るも無残なシーンとなってるだろう。


『あはは……ざまぁないね八城さん。綺麗な顔が台無しだよ? そんなんじゃ慎也に嫌わても文句言えないね』


『……そう? こんなの大した傷じゃない。貴女こそ、とてもみにくい顔……今一度鏡で自分の顔を見ることをお勧めするわ』


『八城雛月……もう本当に許さない……もうこうなったらもっとぐちゃぐちゃにしてあげる。もう泣いて謝っても絶対に許さないから……、



 あハは……ひひヒ……ひゃははハはははははははひはははひヒははハハははははひゃははははハ──!』



『………(ごくり)』


 正面モニターに映し出された簡単な穂香の顔と反して、東雲の狂い笑い。それを真横で聴いて僕は、思わず口の中に溜まっていたツバを思い切り飲み込んでしまった。その音をマイクにもろ拾われたけど、リテイクが掛からなかったのでこのままアニメ本編に使われるのか……。


 もう今回は水口穂香の闇堕やみおち(ヒロインの闇堕ちネタ多くない?)回もとい、完全に東雲綾乃劇場だった。


 この僕はともかく、数多あまたの主役を演じてた大人気声優の妻夫木さんでさえ、完全に東雲に食われちゃった感じだ。


『──まだ終わってないわ……さあ来なさい。私があにゃたを……』


 あ、ヤバっ、台詞をんじゃった……。




 そして、収録後。


 あれから何度かのリテイク(撮り直し)を重ねて、しまいには別撮り(一人だけの収録)となり、もうすべてがボロボロ、満身創痍の僕であった、なので一人フラフラになりながらアフレコブースを後にすると、


「遅かったわね。せめて〝お疲れ〟とだけ言っておくわ」


 ロビーに出たところで、腕を組みながら自販機に寄りかかっている東雲と出くわした。


 それとそのすぐ近くで、


「やあ、お疲れ、今回の収録は大変だったね」


 紙コップ片手にソファでくつろいでいる妻夫木さんとも……って、なんだ? この異色な組み合わせは……


「あ、お疲れ様です……じゃあ僕はこれで失礼しま──」


 だからもう嫌な予感しかしないので、ペコンとお辞儀だけして、さっさと二人の前から立ち去ろうとした僕だったけど、


「待ちなさい」

「むぎゅっ」


 音もなく忍び寄ってきた東雲に背後からガッチリとコートの襟元を掴まれてしまい、我ながらキモい声が出てしまった。


「じゃあ、東雲さん」

「そうね……」


 そして妻夫木さんもアニメさながらのイケボをささやきつつ、僕のすぐ傍までやってきたので、そんな二人のど真ん中に挟まれた自分は、もうどう取り繕ったって、どこにも逃げられはしない。


「今夜は付き合いなさい」

「あ、はい……」

「悪いねー、突然誘っちゃってさ──」


 ってことで、僕はあれやこれやと二人によって、何処いずこかに連れ去られていくのであった。


 というか、変な汗をかいたので、せめてメイクだけでも直させてくれないかな……。

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