第34話 次なる挑戦
あれから数日が過ぎた夜のこと。
狭いアパートの一室にて、間もなく結婚適齢期に差し掛かろうとする我が姉、神坂三鈴(27)主催の合コンで知り合った水野さん(マッチョ系イケメン)からくる食事の誘いを、ネコスタンプを交えながらやんわりと断りのメールをポチポチ打ち込んでいると、不意にブルっとスマホが震えた。
僕の声優人生において唯一のマネージャーである柏木さんからの着信だ。
「──え、長編アニメ映画のオーディション、ですか?」
「そう、公開はもう少し先になると思うけど、『僕たちは終末の世界でアオハルする』。ほら、神坂君が好きそうな青春ファンタジーだし、だからどう、試しに受けてみない?」
「そうですね……」
それは今でこそ〝終末アオハル〟と愛称されるかの有名な文芸ライトノベル。
かつて僕が若かりし頃、といっても高校のときだったけど、図書館で借りて、その日のうちに完徹で一気読みしたぐらい、まさに神ラノベだった記憶がある。
結構泣けるストーリーで、ある日突然、政府によって終末を宣言された未来の日本。そんな限られた時間の中、一生懸命青春を生きようとする高校生たちの絆を描いた群像劇だ。もっとも原作ラノベは既に完結済。たしかにあの話しだったら、テレビアニメ枠よりも長編アニメ映画の方が映えるだろう。
「──でも、あの手のアニメ映画って、本職の声優じゃなくて、今流行りの若手俳優とかを起用したりするんじゃ……」
ここ数年は特にそうだ。たしかに宣伝効果は抜群だと思うけど、僕たちプロの声優にとって多少なりとも思うことはある。実際、演じる俳優によって上手い下手がはっきりと分かれるしな……あ、そのへんは声優も俳優も同じか。
「たしかに最近はそういう風潮だけど、この作品に関しては、原作者の強い要望でプロの声優を起用するみたいだね」
「そういうことだったら、自分もダメ元でオーディション参加してみようかな……」
「そうそう、結構大掛かりなオーディションになるみたいだから、落ちて当たり前だと思って、気張らずに気楽な気持ちで参加してみて」
だよな……たぶんベテラン声優も大勢参加するだろうし、仮に希望したキャラに受からなくても、代わりにちょっとした名前付きの役を貰えるかも知れない。
「──それに東雲さんと神坂君の歌唱デビューは、もう少し先になりそうだから、今は〝ゔぁるれこ〟の収録と、今回のオーディションに集中してもらえるかな」
「……わかりました」
「あとは……今回弊社として神坂君に受けてもらいたい役の資料は……ええっと……直接渡したいのは山々なんだけど、こっちも余り時間が取れなくて……後で書留で郵送するから、よく目を通してみて……ええっと……その、よろしくね?」
何か、ところどころ柏木さんの歯切れが悪くなってきたぞ……。
「……あの、いちおう確認しますけど、今回のオーディションで僕が受けるキャラって、当然〝男〟ですよね?」
「ははは……」
ははは……じゃねえよ!
そして後日、柏木さんの予告通り、僕が受けるキャラの資料が分厚い封書で送られてきた。
ちなみにオーディションまでの猶予は一週間ほど。その間に〝ゔぁるれこ〟のアフレコ収録も挟んでるし、そうなるとテスト台本読みの時間も限られてくるだろう。
まぁ……今はバイトもしてないので、その分、オーディションの準備に割ける。
そして送られてきた大量の資料(ちょっと多くない?)とは別に、僕は早速〝終末アオハル〟の原作ラノベを電子書籍で一括購入して、改めてその世界観に触れてみる。
特に僕が受けるヒロインキャラ、孤高の女子高生、ゔぁるれこの〝八城雛月〟とちょっとキャラが似てる彼女──
つうか、どうせこちらとしては、落ちて当然の記念受験のつもりなんだし、向こうとしても女装アイドル声優なんかきっとお呼びじゃないだろうし、かと言って、受けるからには全力で取り組まないといけないという、そんなジレンマに
あれ、そもそもオーディションには、男性声優の神坂登輝として参加するべきか……それとも──、
ま、どっちにしろ、公開処刑だしな──。
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