第33話 姉の婚活

「──初めまして、神坂三鈴かみさかみすずといいます〜」

「こんばんわ、東雲橙子しののめとうこ(偽名)です〜。ニコッ(営業スマイル)」


(──って、なんでこうなった!?)




 あれから予告通り、本日の18時きっかりにアパートの部屋に現れた我が姉君。


 そんな姉──神坂三鈴(27)といえば、普段よりも明らかにメイクが濃いめ、それでいて、いかにもオシャレをしましたって感じの派手なコーディネート。そのコートなんか一体いくらするんだ? 流石は一流企業勤めの高給取り。


 もっともこの時の僕は、ただひたすらアパートの部屋に閉じこもってのヒキニート姿。


 だから案の定、ニンマリと薄ら笑みを浮かべる姉の手によって、着ていた小汚いジャージをひん剥かれ、あっという間に大学のキャンパスに溶け込みそうな文科系女子に魔改造。その勢いのままで、アパートの前に待たせていたタクシーに乗せられて──、


 今に至る。


「水野です。こいつは佐々木っていいます」

「は、初めまして! 今日は俺らのためにわざわざ来てもらってすみません。いやー、二人ともお綺麗な方でびっくりです!」


 とまあ、とある日本料理店の畳席で、僕らと向かい合っての男性二人組。どちらもタイプは違えど結構なイケメンだ。一人は20代後半ぐらいのスポーツマン風、そしてもう片方は大学出たてぐらいの男性アイドルグループにいそうな弟君タイプ。たぶん会社の先輩後輩といった間柄だろう。それにしても二人ともスーツ姿がバッチリ決まってるよな。女の格好が板についている自分も大概たいがいだけど。


 ──って、これってどう考えても、男女の出会いを目的とする合同コンパ、略して合コンじゃね?


 ちなみに僕にとって、これが人生初合コンだったりする。しかも女性側……これって何の罰ゲームですか? 


 そしてしばらく男女四人で、腹の探り合い、という社交辞令的な世間話をしているとき、


「ちょっとごめんなさーい。私たちお手洗いに行ってきますね」


 あまりにも唐突に、姉が愛想笑いを浮かべながら僕の手を引っ張り、半ば無理矢理席を立たせた。相手側の男性陣はそんな僕ら二人を爽やかなスマイルで見送る。たぶん女性陣(?)がいない隙に何か良からぬ作戦会議をすると思われる。


 僕たち姉、もだけどね。



「──今日は本当にゴメンね。急に一緒に来てくれる会社の子がこれなくなっちゃって……だからお姉ちゃん、思わず登輝くんにお願いしちゃった」

 

 二人で一旦店の外に出てから、ここで初めて姉さんから事の経緯を打ち明けられた……と言っても、大体が予想通りだ。


「でも流石にこれは……いずれ男性陣に僕が男って気づくんじゃ──」


 ちなみに今日の僕の装いは、白のトップスにベージュ色のロングスカート……ファッションリーダーを自称する姉のチョイスにしては、明らかに地味なコーデだ。メイクに関しても、薄いファンデと口元に淡い色合いのリップ──いくらセミロングのウイッグを被っているとはいえ、これでは素の自分とあまり変わらない。


「えー、全然大丈夫だよ?(だってそれ以上だと登輝くんのほうが私よりかわいくなっちゃうし……)」

「え、なんか言った?」

「ううん、何も言ってないよ?」


 何故か僕から目を逸らす姉。


「そ、それに水野さん? 彼はたぶん登輝くんに気があると思うな」

「うげ……マジで?」


 たしか水野さんって、あの背が高い筋肉……どうりでこっちのことをジロジロ伺ってくるわけだ。ヤバくない?


「じゃあ、お姉ちゃんは、かわいい佐々木くんともっとお話しちゃおうかな?」

「佐々木って……」


 うん。アイツはたしかに姉好みだ。背が低くていかにも頼りなさ気な……つうか、もろ自分のキャラと被ってね?


「お姉ちゃん、もうすぐアラサーだし、今後も婚活を頑張らないと……ね。今回はその予行練習的な感じかな」


 そう言って姉さんは僕に薄く微笑んだ。


 もしかして今日の合コンは、今まで男っ気がなかった姉にしてみれば、かなりの冒険だったかもしれない。だから、わざわざ弟の僕に女装させてまで、付き添ってもらいたかったのか。


「いつまでも男性陣を待たせちゃ駄目だよね。登輝くん一緒に席に戻ろう。ゴメンね、こんな茶番に付き合わせちゃって」

「……姉さん」


 そして姉さんは、優しく僕の手を握り、若干躊躇うように、


「本当はね、今回は適当にお開きにするつもりだったんだけど……お、お姉ちゃんは登輝くんの意志を尊重するよ?」


 何か、わけのわからんことを言ってきた。


「どういうこと?」

「ほら、筋肉ムキムキ水野さんと良い感じになっても、お姉ちゃんは頑張って応援するつもりだから……でもちょっと嫉妬しちゃうかも」


 は? 姉さんが何を言ってるのか意味わかんないんだが……。


「うーん、そうなると登輝くんは〝受け〟になっちゃうのかな〜?」

「受けって何のこと!?」


 と言いつつも、いつしかそうならざるを得ない自分を想像……するわけねぇだろ!


 そして、何故か鼻歌を口ずさむ姉にぐいぐいと右手を引かれながらも、たぶん姉さんの結婚は今後まだまだ先だろうな、と一人感慨ぶる僕がいた。

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