第23話 女装アイドル声優、プロデュースされる?
「──ねぇ~ちょっと〜、お酒が空っぽよ〜。さっさと持ってきなさぁい」
狭いワンルームアパートでチーズかまぼこをリスのように頬張りながら東雲が言う。
「あ、はい……」
ゴソゴソと今では中身が乏しくなったコンビニの袋を
「また、安物チューハイなの〜? せめてカクテルぐらい用意しなさいよ〜」
「うっせいわっ! いつまでも飲んだくれてないで早く帰れよっ!」
「あはっ」
(あ、駄目だ……コイツ完全に酔っ払っているよ。目が完全にいっちゃってるし……)
プシュ、ともう何本目か分からない缶のプルタブを開ける東雲を尻目に、僕はあちらこちらと散らばった空き缶やらツマミの食いカス、ついでにテーブルの上に放られた脱ぎたてホヤホヤの黒ストッキングを嫌々ながらも回収する。
パシャパシャパシャ──
「お、おい何スマホで連写してんだよ!? 写真は撮らないって約束だろっ」
「にゃははは──、きゃわいい!」
そのままスマホの画面にグリグリと頬ずりをする東雲。その姿は単なる酔っ払いを通り越してただの不審者だ。
ついでに、酔った勢いで着てしまったゴシックロリータ風メイド服、ニーソックス姿の自分も……。
「すぴー、すぴー」
──って、ふと我に返れば、
「おい、東雲起きろよ……ったくぅ、結局何しに来たんだよコイツは──」
いくら揺らしても一向に起きようとしない東雲を苦労してベッドに運び、適当に布団を被せておいた。その際むにゅ、っと背中に何か柔らかいものがあたった気がしたけど……そこは不可抗力だ。
そこでやっと一息ついた僕は、いそいそとメイド服からジャージに着替えて、そのまま毛布を丸めて寝っ転がる。
「うっ、さみい──」
台所の冷たい床が、とことん肌身にしみた。
◇
東雲との突発的な酒盛りから数日が経ち、東京でも朝からひらひらと初雪が降り注ぐある日のこと。
とある都内の大きなビルにて、もう恒例となりつつある女装した僕こと
それこそ最初の対面時に各々から立派な会社ロゴ入の名刺を渡されたけど、そこに印刷された横文字の役職名がイマイチピンと来ない……多分、この界隈では名の知れた有名な音楽制作会社の人たちだと思われるけど。
そういう訳で、本日は東雲(と僕)の歌唱デビューについての打ち合わせとなっていた。
契約とかの小難しい話し
という僕も何だか落ち着かない。先程からしきりにタブレットで操作しながら何やら話を進めている柏木さんの隣で、ただただ愛想笑いを浮かべることしか出来ない。
「──いや、実際にお会いするまでは半信半疑でしたけど、本当に女性そのものですね」
そんな空気の中、唐突に、始終どこか上の空だった僕に向かって話題が振られたので、思わずテーブルに用意されていたコーヒーの紙カップをひっくり返しそうになってしまった。
「いやいやそんな──、」
と、思わず赤面しながら、口に出した台詞を言い淀んでしまう。
たしかに今日はいつも以上にメイクに時間を費やしたし、服装に関しても特に女性らしさを全面に意識したのも事実だけど……そもそも僕は、このような打ち合わせの席にまで女の格好をする必要があったのか、未だに納得はしていない。これは業務命令だから仕方ないけど。
「ええ……橙華さんですよね? 君の場合は元々の声質が中性といいますか、女性そのものですので、私としてはプロデュースしがいがあります」
と、正面に座る線の細い壮年の男性──たしか吉田音楽プロデューサー? が、何かと気後れしている僕に向けて満面な笑みを浮かべた。
つうか、それだったら最初から普通に女性のアイドル声優を起用した方が話が早いのでは? わざわざ自分みたいな異物を音楽プロデュースしなくても──って、とことん苦言を
「ええっと……どうかよろしくお願いします」
と言うことで、一通りの説明が済んだところで、周りに促されるまま何枚か書類にサインをして、後の詳細は後日改めてとのことで、この日の打ち合わせは、何だか初顔合わせみたいな感じでお開きとなった。
──って、何かトントン拍子で僕のCDデビューが決まったんだけど!?
そう言えば、何かと講釈垂れる東雲が、あんな一見堅苦しいオーディションみたいな場で、最後まで口を挟まず大人しかったのが意外だったよな……ま、今となっては、それがちょっと不気味だけど──。
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