第22話 アイドル声優の宿命

 女性声優が歌唱デビューすることは、この業界に置いて特に珍しいことではない。


 とりわけ80年代はごく稀なことだったのだが、90年代後半あたりからその風潮はじわじわと広がり始め、この令和の時代なら尚更だ。


 それゆえに〝アイドル声優〟と呼ばれる若手の声優たちは、アニメの作中でキャラクターの声を演じるだけではなく、リアルに歌って踊ったりするのも、いわば仕事の一環と言えるだろう。


 つまり。


 半ば強引にアイドル声優としてデビューさせられた、僕こと、橙華とうかも結果として例外では無かった、ということだ──



『〜〜〜〜〜〜♪』


 かくいう僕は、現実逃避……いや、バイト帰りに電車で揺られながら、スマホでお気に入りの女性アイドル声優が歌うアニソンをリピートしている。


 ときに本日は女装をしていない。


 当たり前だ。


 あれは声優のお仕事限定である。今は黒のダウンジャケットにデニムといった普段通りの地味な自分だ。


 ゆえに一切周りの視線にいちいちビクつかなくてもいい。当然メイク崩れもいちいち気にしなくていいし、公共の場で堂々と大股を広げて歩ける……ああ、男って最高!


 ……まぁそれはさておき、実は長年勤めた交通整理のバイトを本日限りでクビになってしまった。最近ちょくちょくシフトをドタキャンしていたのでその覚悟はしていたけど、いざお役御免となれば、結構メンタル的にも金銭的にもかなりキツい。今はイヤホン越しで流れる推しの心地よい歌声だけが、やさぐれた僕の心を唯一無二に癒やしてくれている。


(……それはそうと、早く次のバイトを見つけなきゃ……つうか、ホント歌が上手いよな。まさに神曲──)


「──貴方、さっきから顔が気持ち悪いわよ。何一人でニヤついてるのかしら」


 駅が近づいてきたので、慌ててスマホをカバンにしまったときだった。不意に目の前に派手なロングコートに黒のミニスカートという何とも悪役令嬢的な姿の東雲が現れた。


 ……本当、神出鬼没な奴だ。


「ええっと……東雲も今帰りなんだ……今日は仕事?」

「まあ、そんなところよ。私は貴方と違って忙しいの」

「あ、さようでございますか……それじゃあ僕はここで降りるのでお先に──」


 と、タイミング良く電車が最寄りの駅に到着したので、僕はさっさと降りて改札口へ向かった。それでいて東雲も、カツカツとヒールを鳴らしながら僕の後に続く……。


「あ、あの……東雲センパイ……なんで僕の後をついてくるのでしょうか?」

「そうね、それはきっと気のせいだわ」

「だ、だよな……たまたま降りる駅が一緒だったってことで──」



「──って、しっかりアパートの部屋の前までガッチリ付いて来てんじゃねーよ!?」

うつわが小さいタ◯なし野郎ね。さっさと中に入れなさいよ。この私をこのまま凍え死させるつもり?」

「仮にもアイドル声優だよね? サラリと下品な言葉を使ってんじゃ──」


 とまぁ、このままアパートの前で言い争っていてもご近所迷惑だし、仮に頑固として閉め出しても、例によってコイツは未だに所持してる部屋の合鍵を使って勝手に入ってくるだろうし──そんな訳で僕は、泣く泣く東雲を部屋に通すことにした。


「あ、でもちょっとそこで待っててくれ、部屋をすぐに片付けるからさ」

「そんなのどうでもいいから早く中に入れなさい。今さら貴方の〝お兄ちゃん大好き〟癖なんて、どうでもいいわ」

「なんで知ってるんだよ!?」


 って、そんな妹ものエロ本なんかより、ファッションやらメイクやらの女性誌をどこかに隠さなければ……後、血迷ってア◯ゾンから取り寄せてしまったゴスロリ風なメイド服も──、


 んで、結局何一つ隠しきれないまま、東雲をアパートの部屋に招き入れることに。


 ちなみに只今の時刻は夜の八時過ぎ。


 普通だったら、仮にも一人暮らしの男の部屋に女性を──たとえ友人とはいえ、倫理的にいけないことだけど……


「とりあえずお酒とツマミを用意しなさい。そうね。ワインとブルーチーズがいいわ」


 そんな高級なもんねぇよ、と心の中でツッコミつつ近くのコンビニに走る僕。


 まぁ……この機会に東雲と例の歌唱デビューについて、じっくり腰を据えて話し合わないといけないしな──


(つうか、酒でも飲まなきゃやっとれんわ!)

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