二章

第21話 嵐の予感

『こんにちはー。新アニメ、ヴァルキリーレコード、八城雛月やしろひなづき役の橙華とうかです!』


『…………』


『さ、さて、前回に引き続き今回で二回目となるこの生配信番組では、新アニメ〝ゔぁるれこ〟のさらなる魅力を水口穂香みなぐちほのか役の東雲綾乃ちゃんと二人でゆるいトークを交えながら存分に語っていきたいと思います〜。視聴者のみんな、チャンネルはそのままで最後までよろしくね! それで、ええっと…………あやちゃん』


『なにかしら?』


『……さっきからスマホいじって何をしてるのかな〜、と思って』


『何って、番組アンチなコメントに対してリプライで応戦してるのだけど?』


『……は? は、はいはーい。早速ですが、アニメ第二話のウェブ版予告を流しちゃいます。で、ではでは、VTRどうぞっ!』





 ◇


 アニメの初回放送から数日が経ち、僕が危惧していた新人声優、橙華とうかについての詮索は、後日ネットとかの反応を見る限り、特に問題は無さそうに思えた。


 まぁ、僕は放送前にネット配信した番組内でも橙華として顔出ししてたし、もっぱら番組の視聴者としては、ぽっと出の新人アイドル声優なんて、余程のことがない限り、関心は薄いのだろう。前に僕が外出した時の様子がネットにかもし出されたのも、ほんのごく少数派である奇特な声優マニアが過剰反応しただけだったと思われる。


 ……そう、何はともあれ、このまま波風立てずに〝ゔぁるれこ〟のヒロイン、八城雛月やしろひなづきを最後まで演じきるしかない。番組さえ無事に終われば、後は元の売れない声優、神坂登輝にきっと戻れるハズだ……このまま女装してまでアイドル声優をやるよりかは余程マシだろ。


 ──と思いながらも、こんな異質な状況下にも関わらず僕は、これまでどうにかこうにかアニメの収録を順次こなしてきたものの。


 元々が大人気ラノベの映像化だったし、加えて低予算ながらも毎話安定した作画と先が気になるストーリー展開が好評で、聞くところによると円盤(Blu-ray等)の購入予約もまずまずみたいだし、早くも2期の制作が決まりそうだとか何とかでアニメ制作会社が嬉しい悲鳴を上げているらしい。


 ……ええっと、マジですか?


 本来、自分が声優として参加した作品が好評であればあるほどその事自体は喜ばしい限りなのだが、今の僕としては、冷や汗がダラダラもんだ。もうこうなってしまえば、各個人の動画サイト等で取り上げられる機会がめっきり増えるだろうし、そうなると当然、作品の顔であるメインヒロインが注目される。


 当然、中の人も──。



 そして今日も無事に収録が終わり、例によって僕は、格好(女装)はそのままで、仕事帰りにマネージャーの柏木さんと待ち合わせた。今後の打ち合わせを兼ねて夕食をご馳走してくれるらしいが。


 ちなみに今回は東雲を交えた三人で。もうこのメンバーでは嵐の予感しかしない。


「──神坂君、いえ橙華とうか君。収録は順調みたいですね」

「……どうも」

「東雲さんもお疲れ様です」


 そして、柏木さんが僕らを案内してくれたのは、店の入口で着ていたコートを預けるような都内でも有名なフレンチレストランだった。何かと抜かりがない彼のことだ、多分この日のために前々から予約していたのだろう。


 うーん、やっぱり雲行きが怪しくなってきたぞ。そのいけ好かないイケメンスマイルに何度僕は騙されてきたことか。


「それで柏木マネージャー、さっさと用件を言ってくれるかしら?」


 僕の隣で食前酒を口元で転がしながら東雲が言う。今回ばかりはそんな彼女の毅然きぜんとした物言いが心底頼もしい。もしこの場で僕一人だけだと、何やかんやで柏木さんに言いくるめられてしまうからな。


「それは追々おいおいと。折角ですので今は食事を楽しみましょう」


 そう言って、ワイングラスを片手に微笑む柏木さん。この腹黒メガネは一体どんな爆弾を投下するつもりだ? 本当に嫌な予感しかない。


 それはそうと、出て来る料理はどれもこれもが最高だった。流石は何とか星レストラン。あの食にうるさい東雲でさえも実に満足そうに頬を緩ましてい、



「──ところで君たち二人には、これからユニットを組んで〝歌唱デビュー〟してもらうからよろしくね」



 る……は? エスカルゴをフォークでホジホジしながら、何さらりと言ってるの?


「ちちち、ちょっと待ってください! おい東雲もワインなんか呑気に飲んでないで何か言ってやれよ」

「そうね。二人の初ライブはせめてアリーナ以上でお願いするわ」

「お、おい、東雲──、」


 思わず立ち上がり、盛大にテーブルを揺らしてしまう。


 折角の高級フランス料理が台無しだった。

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