第20話 女装男子、己の声に魅入られる。

 僕がメインの声を吹き替えする新アニメ『ヴァルキリーレコード』──略して『ゔぁるれこ』は、今でこそ若干下火ではあるが、それはそれで安定した王道アニメのテンプレ満載な異能バトル兼ラブコメだ。


 当然、アニメの話数が進むごとに個性溢れるキャラたちが登場し、しかもその大半が女の子(美少女)であって、こうなってくると必然的に、今まで声優グラビア雑誌でしか拝むことのなかった若手からベテランまで憧れの女性声優陣ばかりが、続々とアフレコに参加してくる訳で、それは根っからのアイドル声優大好き人間にとって、もはや絶叫もんだった。


 だってさ、間近で雲の上の存在だった女性アイドル声優たちの生アフレコを拝めるんだぞ? それも狭いスタジオ内で代わる代わる僕とマイクを並べることが度々あって……、


 うん……、みんなとてもいい匂いがした。


 コホン……、まぁそれはさておき、こんな良い機会だし、アドレス交換なんてそんな大それたことは言わないから、せめてほんの少しだけでも、憧れのアイドル声優の皆様方とお近づきになりたい──、それでごく自然な流れで挨拶に伺った結果、


「──君が噂の橙華とうか君ね。今度お勧めのワンピースを選んであげるね!」

「わー、お肌ツルツル〜。ねぇねぇ、どこのメーカーのコスメ使ってるの! 今度私にも教えて頂戴──」


 何か僕の思い描いていた展開と、ちょっと違うような……遠くで東雲が殺意を込めた眼差しで僕のことを思い切り睨んでたし。



 そして来たるクリスマスイブ……は、何事もなく(一応東雲と仕事帰りにケーキだけは食った)過ぎ去っていき、くれの大晦日……も、ぼろアパートで一人でわびしく緑のタ◯キをすすりながら越して、元日といえば朝早くからゴージャスな振り袖姿の東雲に拉致られ、はるばる明治神宮にて初詣……おい、流石に正月早々から女の格好はマズいって……あの人混みの中で女装バレなんかしたら下手すれば通報もんだろ。



 と、何やかんやで短い正月も終わり、いよいよ新アニメ『ゔぁるれこ』の初回放送日がやって来た。ちなみに只今の時刻は、深夜1時10分……そう、後5分程で放送が始まる。


 ちなみにCG等で加工された完成映像を見るのは意外と今回が初だ。正直言って今まで自分がした演技の確認自体を避けていた。出来ることならこのまま視聴を避けたい。本当に見るのが怖いのだ。


 今更ながら名の知れぬ男性声優が声を演じるメインヒロインなんて、もはや事故案件だ。今は何とか女装で性別を誤魔化しているけど、流石にアニメで男声を垂れ流しすれば、いずれ男バレするだろう。後々ネットでどれだけ叩かれるか知れたもんじゃない。


 とはいっても、その結果がどうであれ、プロとして自分がたずさわる仕事の出来具合いを確認せねばならないのも事実。


 普段見るアニメは休みの日にネット配信で全話まとめて視聴することが多いのだが、今回はリアルタイムにテレビで見るつもりだ。音量は深夜だしヘッドホン装着は忘れない。もう放送開始前から心臓がバクバクしてる。


 開始時刻丁度に放送が始まった。オープニングの初っ端から『八城雛月やしろひなづき』が登場する。それはそうだ。何せ僕が声を吹き込んだ雛月はこのアニメの顔、メインヒロインなのだから……。


「──くそっ、一体誰なんだよ、お前は」


 東雲が熱演する水口穂香みなぐちほのかが妻夫木さん演じる主人公、片瀬慎也かたせしんやに激昂し、いよいよ僕が演じる八城雛月の冷笑した唇が静かに開き、記念すべき第一声が……、


『……私、私は貴方の恋人──』


 ゾクリとした。


 ヘッドホンを通して、耳元にダイレクトに響き渡るその声は、日常生活で聞き慣れた自分の声とはまるで思えない。儚くとも澄んだ声。



『──穂香っ! た、頼む僕らを助けてくれ、八城……』

『……私は貴方を守るだけ……でも、貴方が、慎也がそう願うのなら、彼女のことも助けてあげる』


 それからの30分間、僕は狭いアパートの一室でひたすら画面に映る映像を眺めていた……いや、命を宿した雛月の姿に魅入られていた。


 まさに自分が思い描く彼女がそこにいたから。


 そして放送の終了と同時に、僕はガクッと項垂うなだれた。つうか──


(ヤバくね? どこをどう聴いても女の声だよな……しかももろ理想の八城雛月だし──)


「あっあっ、私は雛月だよ?」


 あれ? ちょっと違うな……でも、


「私、雛月! 登輝お兄ちゃん大好きだよ!」


 うん。全然萌えない。やっぱり駄目だ。


 アフレコのようにいかない。

 何かが違うよな……。


 あぁ……、アニメを見たネット民の反応がマジ怖い──。

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