第24話 偽りのアイドル声優

 たとえ、何ちゃってアイドル声優がアニメのレギュラーを演じ、尚且つ、いくらトントン拍子で歌唱デビューまでもが決まったとしても、現在の微々たる収入だけでは、とてもじゃないが生活が成り立たない。そしてつい先日、僕は長く勤めていたバイトを失ったばかりである。


(うーん……時間に融通が利くバイトって、なかなか見つからないもんだな──)


 だから今日もアニメ収録の合間に自販機横の長椅子で一人寂しくバイト検索サイトを眺めていた。


 ちなみに今回のアフレコでは、東雲が演じるキャラの出番は無いので、必然的に彼女はお休みだ。なので今はこうしてのんびりと腰を据えていられる訳。あいつときたら事あるごとに絡んでくるからな、こっちは落ち着いて休憩も出来やしない。


「──あ、あのぉ、橙華とうかさん、そろそろ収録が再開するみたいですよ」


 と、その時、優しい吐息と共に柔らかい妹系ボイスが僕の耳元にささやかれた。


「ええっと……ももちゃん?」

「はい、お疲れ様です」


 気付けば僕の隣で両足をパタパタ揺らしながら微笑んでいる、前髪パッツンのボブカットが特徴的な少女の名は、小倉もも(本名は知らない)ちゃん。僕や東雲みたいなバッタもんと違って正真正銘のアイドル声優だ。


 ももちゃんは現役高校生なので、いつも収録時には学校の制服を着用している。ちなみに紺色のセーラー服だ。その上に羽織っているクリーム色のカーディガンが、細く小柄な体躯、そして古き良き純和風美少女の彼女に良く似合っている。


「そ、それじゃあ、ももちゃん。急いでスタジオに戻ろうか」

「はい」


 何一つ曇りのない太陽みたいなももちゃんの笑顔を見ると、自分のちっぽけな悩みなんかすべてどこかに飛んでいったよ……。



 そして次の日。


 近くのコンビニでアルバイトの募集の張り紙が貼ってあったので、とりあえず中で詳しく問い合わせてみたら、夕方からのシフトしか空きがなくて、今の自分には到底ムリだった。その時間では、もろにアニメの収録と重なってしまうだろうし。


 ときに声優の仕事は、日によって時間がまちまちだ。朝イチからの収録もあれば夕方からの収録もある。


 それも売れっ子声優のスケジュールに合わせての収録もあれば、制作会社の都合で急きょ、なんてことも珍しくない。


 つまりだ。僕みたいな下位の立場である声優の生活状況なんてお構い無しに、こちらのスケジュールがアニメ制作陣のご都合主義によって勝手に組み込まれてしまう。


 ……それでもまぁ、こっちはこっちで好きで声優の仕事をやってる訳だし、もし好きでも何でもなかったら、こんなブラックな声優業界なんてとっくに辞めてる。だからある程度の我慢は仕方がない。実際、声優のお仕事を貰えるだけ有り難いし。


 ──とはいえ、今は当座の金銭面を何とかせねばならない……つうか、このままじゃあ何かと厳しい声優業界を生き残るどころか、生活苦でリアルに生き残れない。田舎と違い東京で暮らすのって本当に金が掛かるんだよな。


 ──という訳で、電車に揺られやって来たのはオタクの聖地、アニメ◯ト本店。こういう気分が晴れない時こそ、二次元に現実逃避……いや、二次元にいやされながらの萌え成分を摂取するに限る。グッズ等を見るだけならタダだしな。今日は女装なんてしていない、まんま素の自分だから存分に楽しめるよ。


 で、真っ先に向かった先は、二階のラノベコーナーだ。やはり自分が出演している『ゔぁるれこ』の売れ行きが気になるので。案の定、流石はアニメ化作品。既存巻の全てが特設コーナーで平積みされている。よしよし、これこそ声優冥利に尽きるってもんだ。


(──って、おや……)


 そこには見知った制服姿の小柄な女子高生の姿が。黒いマスクで顔を半分隠しているけど、昨日の収録で共演したばかりだし、間違いない──小倉ももちゃんだ。


 通学カバンを肩にかけてるので、たぶん学校帰りだろう。でもさっきからずっと僕が声を演じるメインヒロイン『八城雛月』が描かれたラノベ本を眺めてるよ。やっぱり自分が出てる作品が気になるのかな?


「ももちゃん、お疲れ。今、学校の帰り、」


 と、僕はいつものアフレコ現場のノリで彼女に声を掛け──、


(あ……ヤバいっ、今日はすっぴん(モブ男)だった)


「は?」


 やはりというか、ももちゃんは今の僕がアイドル声優(仮)の〝橙華〟だと全く気付かない。当然だ。偽りの女装バージョンと、本来の自分とでは、まるで別人なのだから。


「──あなたは誰ですか? ……もしかして私のストーカーさん、だったりしますか?」


 こ、これは本当にヤバいぞ……周りの客に結構注目されてるし。傍から見れば、成人男性が女子高生にちょっかい出している鬼畜な状況にしか見えない。ももちゃんに至っては、いつでも通報出来るようにと、スマホを構えての臨戦態勢だし。


「──ちょっとそこのアンタっ!」


 と、言ってるそばからバイトらしきお兄さんが、僕に向かって詰め寄ってきた。


(あれ……この状況って、マジで詰んでない?)

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