第15話 決意の初収録
あれから柏木さんと東雲は、連れ立って本日の収録現場であるスタジオに入っていった。僕は腰を低くして二人の後を追う。
数々の音響機材に囲まれたブースに、監督、ミキサー、演出等、アニメ制作会社の方々が所狭しと集まっていた。
早速、柏木さんはあちらこちらとスタッフたちに挨拶をして回っている。僕もこうしちゃいられないと思い、座っていた長椅子から立ち上がろうとすると、隣にいた東雲が無言でそれを押し留めた。
「ええと……東雲さん、僕も皆に挨拶に行きたいんだけど……出来ればそんな怖い顔をしてスカートを
「…………」
そう促しても、東雲は僕が履くスカートを
ま、どうせ直ぐに全体ミーティングが始まるのだから、その時しっかりと自己紹介をすればいいだけの話だ。
決して僕は東雲の無言の圧力に屈した訳でない……ウソです。
それにさっきから東雲が、心底ご機嫌斜めで怖い。これならまだいつもみたいに毒舌を吐かれていた方が余程マシだ。
その後、収録の時間が近づくにつれ、主役を演じる人気男性声優の
東雲に至っては相も変わらず無言のままだ。
こうなると彼女なりに緊張してるのか、それともこの僕に対して、未だに逆ギレ状態なのかが判断しかねる。
しきりに台本をチェックし直している僕に対し、隣で大層余裕ぶっ放しておみ足を組んでいる様子から、大方緊張してるように見えないけどな。
「全員、集まりました」
女性スタッフさんが声を上げると、初老の男性がブースの中心に周りを集めた。
「えー、本日は、『ヴァルキリーレコード』の記念すべき第一話のアフレコになります。どうぞ皆さんよろしくお願いします」
初老の男性、
「アフターマイン所属、
「ノエルプロ所属、
爽やかに笑顔を浮かべるベテラン妻夫木さんに対し、淡々とした態度の東雲。もう何も言うまい。そして周りが次々と挨拶をしているうちに、いよいよ僕の番が回ってきた。
「の、ノエルプロ所属、や、
緊張の余りにしどろもどろとなってしまったが、どうにか無難に挨拶をし終えた。
……けど。
「「「「…………」」」」
何故か周りが一斉にシーンとなってしまった。せめて拍手の一つでもして欲しい。
「で、ではこれよりオープニングパートの、て、テスト行きます」
そうこうするうちに、青木音響監督の一声で各々が台本片手にマイクの前に立ち、並べられた三本のマイクのうち、真ん中に妻夫木さん、左が東雲、右が僕という配置でそれぞれスタンバイする。
うー、今更ながら心臓がバクバクだ。
これまで僕が演じてたキャラは、ネーム無しのモブな役柄ばかりだったので、声優三年目にして実質これが本当のアフレコデビューともいえる。それも最初で最後のチャンスかも知れないのだ。
『──もう、慎也なんて知らない!』
東雲が熱演する。冒頭シーンは唐突に現れた謎の美少女に翻弄する主人公を
『おい、待てよ! 穂香……くそっ、一体誰なんだよお前は……』
妻夫木さんが主人公の慎也を演じ、いよいよ僕の演じる雛月の出番だ。大丈夫……この日のために自分は血反吐の如く練習した。後は己を信じるのみ。そして音響監督の指導のもと、あえて
『……私、私は貴方の恋人』
『こ、恋人? な、何を言ってる、』
『貴方は私から逃げられない……これからずっと、一緒だから……』
画面に一杯に映し出された雛月の魅惑な口元に台詞を合わせる。
か細く。
それでいて、静寂したスタジオ全体に響き渡るような声を意識して、
『──っ!?』
『慎也……』
その時、モニター越しに映る未完成な白塗りの背景をバックに、その場から逃げるように立ち去ろうとする慎也の腕を
『……私は、貴方を離さない、永遠に──』
そして、ここから二人の
「お、OK、です……。では、これより本番行きます」
え? これで良かったんだ。何度も繰り返し練習したかいがあった。
ところで東雲さんが、すごい目つきで僕を
……まぁ、何にしても僕は、これから一人の声優として、橙華として、この役に魂を売ったのだから、後は成るように祈るのみ。
この際、周りの目なんか気にしてる場合じゃない……とはいうものの、周りからしてみれば、やっぱり僕は異端な存在なんだろな、と思わなくもないけど。
ああ、スカートの中がスウスウして気持ちいい──
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます