第11話 断罪の時

「──なるほどね。話は良く理解したわ」

「はい……すべては僕の意に反した結果であって、その、」

「じゃあ、今直ぐこの場でいさぎよく腹を切りなさい。介錯かいしゃくは武士の情けで私自らが執り行うから光栄に思うことね」

「思わねぇよ! つうか、僕の説明を全然聞いてないよね!?」


 あれから執拗しつようにピンポンを鳴らし、終いにはアパートのドアをガンガン叩きまくる迷惑この上もない東雲だったが、こちらとしては朝から近所迷惑なので、泣く泣くドアを開けたら、断りもなくズカズカと部屋の中に入ってきた挙げ句、畳の上ではなく、ちゃぶ台の上にドンと座って足を組み「で、説明してくれる?」とふんぞり返ったので、事の経緯を打ち明けたらこの有り様だ。


「冗談よ」


 東雲が言うと冗談に聞こえねぇ、と心の声でツッコミを入れつつ、今日はもうバイトどころではないので、勤務先に休む旨の連絡をし、一応こんな奴でも客人だから、台所にあった新品のマグカップにコーヒーを注ぎ、彼女に差し出す。


「私、コーヒーはエスプレッソ派よ」


 と言いながらも、僕からカップを受け取る東雲。いちいち文句を言わないと気がすまないらしい。


「……あれ、そういえば、東雲って僕のアパートが良くわかったよね?」

「当然よ。それぐらいは調べるまでもないわ」


 やっぱりか……事務所の個人情報管理はガバガバだ。しかるに柏木さんとか柏木さんとか柏木さん……まぁ、東雲に聞くまでもないな。他は思いつかん。


 それはそうと東雲は相も変わらずちゃぶ台を椅子代わりにして、優雅にコーヒーをすすりながら畳の上で正座する僕を冷ややかな視線で見下ろしている。


 それこそ今の光景を動画に撮ってネットにさらせば、清楚系で売っている声優、東雲綾乃は一巻の終わりだよな。同時に僕の人生も終了するけど、物理的に。


「それはそうと神坂君」


 ときに東雲は口につけていたカップを気品溢れた仕草でテーブルの上に置いたと思いきや、ビシッと部屋の片隅に出しっぱなしにしていた雑誌の束を指差した。


(ヤバっ!?)


 それら雑誌は、ある意味エロ本よりもマズい存在かも知れない。何かと目ざとい東雲が真っ先に見つけるのは必然だったのに、我ながら迂闊だった。


「貴方の説明だと、は柏木マネージャーの命令で仕方なく、決して自分の本意ではないと言ってたわよね?」

「……はい」

「では、これは一体何かしら?」


 と言う東雲は、それら一冊一冊を手に取り吟味する。ヤバい。ヤバすぎだろ。もうどんなに考えても言い逃れが出来ない。


「冬のイチ推しメイクで男もイチコロ」


 うっ!?


「清楚なワンピース姿で男心をゲット」


 ぐわっ!?


「この秋オススメの男ウケするメイク術とファッションコーデのすべて」


「……もう勘弁してください」


 東雲が淡々と読み上げるメイク雑誌やら女性ファッション雑誌の表紙にデカデカと書かれたキャッチなフレーズの数々に、もはや弁明する気力さえ失った僕は、ガクッとその場で項垂うなだれるしかなかった。


 けど一つだけ言い訳させてもらうのなら、決して僕に女装趣味だとか、ましてやボーイズラブ的な趣向に目覚めたとかそういう事実は一切ない。


 たまたま自分がそっち系の女性誌を所持していたとしても、それこそ興味本位というか、あえて言うならば今後の仕事に役立つ……いや、声優人生のため……って、こんな言い訳、東雲センパイは信じてくれるのだろうか。多分通じない。 


「顔を上げなさい」


 しかしながら東雲は、まるで天使のような微笑みを浮かべ、アニメさながらのボイスで僕に言う。


「実は私、これまで同性の友達がいたことがないの」

「へ、へぇ、意外だな」


 でしょうね、とは言えなかった。


「だから私、一度も女友だちと一緒に外出したことがないのよね」

「そ、そうなんだ」


 ちょっと不穏な流れになってきた。すごく嫌な予感がする。


「私はあの理不尽なキャスティングを一人の女性声優として認めたくない」

「…………」


 それに対しては僕も同意だ。どうして男の僕が数多の女性声優を差し置いて作品の顔であるメインヒロインに選ばれたのか、理不尽だし、未だに意味がわからん。


「……東雲、ごめん。僕は、」


「声優としての貴方は、認めないけれど、私の友達としては認めるわ」


「──いち声優として、……は?」


 何いってんのコイツ、とか呆気に取られてると、ここにきて東雲は、いつの間にか部屋に持ち込んでいた不自然に大きな荷物をゴソゴソしだして、


「私、今日はオフなの」

「だ、だから?」

「これから貴方は私と出掛けるの」


 と言いながら、カバンから取り出したお嬢様的ワンピースをドーンと僕の目の前で広げる。


 ついでに長い黒髪のウィッグも──


 そして、天使どころか、悪魔のような笑みを浮かべた。

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