第9話 ふたりのコンサート

「──まあ、いいわ。貴方のことだし、どうせつまらない役なんでしょ。一話限定の噛ませキャラってところかしら」


 さらりと関係各所に喧嘩を売るような発言をしつつ、メニューを広げる東雲。僕は「アハハ」と苦笑いを浮かべ、この話をぶり返さないように当たり障りのない会話を持ち出して、この場を何とかやり過ごそうとする。


 それで結果的にどうなったかと言うと──



「もうサイコー! 東雲さん、もう一曲お願いしゃす!」

「し、しょうがないわね。じゃあ今度は歴代プ◯キュアシリーズのメドレーを歌うわ」


 僕は昼間のカラオケ店で東雲綾乃アニソンワンマンショーに付き合わされるハメとなった。


「〜〜〜〜〜〜♪」


 七色のペンライトを全力で振りながらも、コイツ美人だし、何気に歌も上手いし、ダンスもキレキレだし、もはや完璧超人なんだけど、それだけに中身がアレなもんだから、いまいち推せないんだよな、とひらひら揺れる短いスカートをチラ見しながら一人納得する。


 思えば過去の自分もその一人だった。


 かれこれ今から数年前。声優養成所で右も左も分からなかった僕が、初めて声を掛けた相手がこの東雲綾乃、もとい東雲綾子だった。


 昼休憩の食堂でポツンと一人でキツネうどんをすすっていた彼女に「綺麗な声質ですよね」と無謀にも話しかけてしまったのが、そもそも運の尽きだったかも知れない。もろ地雷じらいを踏んでしまった。


 声優志望にとって自分の容姿を褒められるよりも、一概に地声をたたえられたほうが胸にグッとくる場合がある。


 東雲の場合はまさにそれ。 


 よほど嬉しかったのか、それからの彼女はというと、何かにつけては僕の近くで居座り、最初こそは美人の女友だちが出来て浮かれてた時期もあったけど、時間が経つにつれ、それも一気に冷めた。


 そんな恐れ多い発言を口にした日には、全国の東雲綾乃ジャンキーからめった刺しにされそうだけど、せめての言い訳としてこれだけは言わせてくれ。


 彼女が放つ精神攻撃に対し、僕のちっぽけなメンタルが持ちません。


 口を開けばすぐに毒舌を吐くし、事あるごとにマウントを取りたがるし、そして何よりも情緒不安定で気分屋、そんなツン(デレはない)なヒロインキャラは今時分どのアニメでも流行らないって、見た目と性格とのギャップが違いすぎて僕には手に負えません。


 とはいえ、それはそれで結構根はいい奴なんだけど……今日の昼食だって一応彼女なりのお祝いだったみたいだしね。


 そんな過去の回想もさながら、なんやかんやで結構この状況化を楽しんでいると、急に歌うのを止めた東雲が歌っていたマイクを僕に向けた。


「私ばかりが歌うのも飽きたわ。今度は貴方が歌う番よ」

「え……僕も歌うの?」

「当たり前でしょ。何のために二人でカラオケに来てるのよ」


 それもそうだ。

 僕はポチポチと自分が得意とするアニソンを選曲し、マイクを持って立ち上がる。

 程なくして、聴き慣れた女性アニソン歌手の曲が流れ出した。


 原曲のキーはそのまま、心地よいメロディーに沿って僕は歌い出す。中々イイ感じだ。バラード調からアップテンポに切り替わるところも難なく曲に乗れた。調子に乗ってマイクパフォーマンスまでしてしまう。


「……相変わらず上手いわね。一掃のこと下手な声優はやめて、アニソンシンガーとしてデビューすることをお勧めするわ」


 ソファーの上で足を組みふんぞり返っていた東雲が珍しく僕を褒めた……いや、僕の声優としての度量をさり気なくデスっているところはブレないな。


「いやいやそれは流石に無理だよ。男のアニソン歌手って女性に比べると敷居が高そうだし」

「そう? 案外イケると思うわよ」

「無理無理」


 そう否定しながらソファーに座り直し、注文したアイスコーヒーをすすっていると、隣で東雲が何かを思いついたように、ポンと手を叩いた。


「じゃあこうしましょう。私の歌唱デビューが決まったら、貴方をバックコーラスとして呼んであげるわ」


 デュオじゃなくてバックコーラスかよ、というツッコミはさておき、それはそれでいつか東雲と組んでやるのも悪くないなと安易に考える僕がいた。



 そしてこのときの自分は、今から限りなく近い将来、このことが本当に実現するとは夢にも思っていなかった──

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