第6話 鏡の中に女神がいた。

「ええっと……ふむふむ。まずはスキンケアかな?」


 あれから僕は、鏡の前で長い前髪をゴムでチョンマゲみたいに止められ、おデコが全開なまま、相葉さんに濡れタオルで顔をゴシゴシ拭かれた。


「まぁ、お肌がキレイ……これは化粧水は必要ないかも」


 とか言いつつ、剥き出しな僕の顔全体に何かの液体をペタペタ塗りたぐる。

 一体何してくれてんの?


「次はベースメイクね。神坂君、あまり日焼けとかしてないから本当に助かるわ」


 何だか訳わからないクリームを塗り塗り。

 うん。陰キャは基本色白なんです。


「じゃあ次は眉毛を整えちゃいますか……うふふ」


 プチプチ──

 い、痛いっ、痛いです!


「うーん。次はアイメイクなんだけど、神坂君は奥二重だから、アイシャドウのグラデーションを濃く、目の輪郭を強調して──」


 め、目がくすぐったい、し、死ぬ──


「──後はマスカラを塗ってと、ほら神阪君、じっとして」


 もう勘弁してください……。


 その後チークだのリップだのと、散々僕の顔をもてあそんでから、相葉さんはふう~と満足げに息を吐いた。それと後ろで見ていたマネージャーの柏木さんがうんうんと頷きながらイケメン顔で微笑んでいたりする。

 そして当の僕はというと、


「誰だコイツ……」


 マジマジと鏡に映る今の自分と思しき顔に向かって問いかけていた。

 一見どこかの芸能人みたいに目元パッチリ顔なんだけど、それがおデコ全開のチョンマゲ頭なのでちょっと笑ってしまう。所詮は自分の顔だしな。


(これはさすがにねぇだろ──)


 その時不意に、スポンと頭に何かを被らされた。

 ウィッグ? 

 すかさず長いつややかなストレートの黒髪をブラッシングされて、改めて自分の顔を鏡で確認させられる。


「ほら、これで完成かな。どお、神坂君、可愛くなったでしょう?」


 僕の両肩に手を置き、相葉さんが顔をニンマリとして言う。


「…………はい」


 自分の意に反して、僕は素直に頷いてしまっていた。

 だって、しょうがないだろ。

 鏡の向こうに僕が理想とする清楚系ヒロインが映っているのだから。


 まるでアニメの世界からそのまま飛び出して来たような女神ともいえる……これはヤバい。ヤバすぎるだろ。


(──おい待て待て! 自分の顔に見惚れてどうすんだ!?)


 と、自責の念に悶々もんもんさいなまれている僕にさらなる追い打ちが。


「それでは相葉さん。服のコーディネートもよろしくお願いします」

「オッケー」


 そして僕は着ていたシャツとジーンズを強制的に脱がされた挙げ句、トランクス一枚で大人男女二人の前に立たされるという羞恥プレイを虐げられた。顔だけは美少女というだけに恥ずかしさがとんでもなくデッドヒートしている。


「神坂君。身長はどのくらいかな?」

「ええっと……ひゃ、165センチです」


 柏木さんが真剣な眼差しで僕を眺めながら聞く。本当は170センチとサバを読みたかったけど、嘘はすぐにバレそうだから正直に申告した。


「どうでしょうか相葉さん。彼女……いえ、彼の身長だと、どのあたりがイケそうですか?」

「そうですね……彼は細身ですし、その身長だとフレアスカートとかカーゴパンツで縦のラインを強調したいですけど、それだとオタクの人たちには受けそうにありませんしね」


 何だか言ってることは良く分からないけど、早くして欲しい。少なくとも今の裸同然よりかはマシなハズだ。


「──やはりここは無難にガーリー系でいきましょう。私すぐに用意しますから」


 そう言って相葉さんはパァーと走って部屋から出ていってしまった。


 後に残された僕と柏木さん。何だか気まずい空気が流れてる。


「あ、あの取りあえず服を着ていいですか?」

「そ、そうだね。彼女が帰ってくるまで二人で待とうか」


 今更ながら顔を背ける柏木さんだったが、その顔がほんのりと赤く染まっていたのを僕は見逃さなかった。


 その時ちょっとだけ彼に対し、貞操の危機を抱く自分がいた。

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