第4話 女装は好き?

 かれこれ夏も過ぎ去り季節も秋に差し掛かった頃。まだ一般にネット等で事前告知されていなかったが、とある作品がアニメ化し、その声優オーディションが開催されるとの情報を事務所を通じて知り得た。


 とりあえずは1クール(全12話)だけ──いわゆる低予算の深夜アニメ作品ではあったけど、そんなの関係なくて、僕は昔から、この作品の原作ラノベが大好きだったのだ。


 作風こそ、今では若干下火なラブコメ兼、異能バトル物だが、そこに登場する孤高の少女、いわゆるメインヒロインである『八城雛月やしろひなづき』が僕の好みに超どストライクで、最早それは推しという一つの概念では留まらず……まぁ、いずれにしてもそんなお気に入りラノベのアニメ化だったら、是非ともこの機会に自分もイチ声優として関わってみたい……というか、参加だけでもしてみたい。


 と言う、早る気持ちだけで受けたオーディションだったのだが、まさか本当に受かってしまうとは夢にも思っていなかった。


 ちなみに僕が受けた第一希望は、無謀にも主人公である高校生の少年だったりする。


「でで、ぼ、僕が受かった役は、もも、もしかして──」


 いちおう聞いてみた。


 この際だ、演じる役がネームドキャラ(名前がある登場人物)なら、誰だって文句はないのだが、万が一にも、主役に抜擢ばってき、という可能性も無きにしもあらずだ。


「……うん。一応、主役……かな?」

「ほほほ、本当ですかぁああ!?」


 思わず椅子から立ち上がった。周りの客から一斉に注目されたけど気にしない。それだけ今の自分は感動で満ち溢れている。


「……とりあえず、一旦落ち着こうか」

「あ、すみません」


 いかんいかん、感激のあまり我を失ってしまった。僕はすぐさま冷静を装い、おずおずと椅子に座り直す。


「それで、……その……、今回、神坂君がオーディションに受かった役というのは……ええっと……」


 すると柏木さんは、急に歯切れが悪くなり、あからさまに僕から目線を逸らした。まるでこれから別れ話を切り出すかのように。


 って、さっきから若い女性店員さんがチラチラとこちらを伺ってるけど、何か勝手に変な妄想してないよね?


 そんななか、柏木さんはコホンと一度咳払いをし、改めて僕に視線を向けた。


 この様子だと多分自分が選ばれた役は、少なくとも主人公の男子高生じゃないだろう。というか、かなりヤバめな役かも知れない。


 原作通りだと、序盤に出てくる通り魔殺人犯とか、ヒロインを執拗に追い詰めるサイコ野郎とかが妥当だろ。


(──ん、でもまあ良いさ。最初からそういう汚れ役を演じるというのも悪くない。これこそ声優冥利につきるというものだ)


 と、思いをせていたら、


「──の〝八城雛月〟役に見事抜擢されたよ。やったね!」

「へ?」


 何かの聞き間違いだろうか? 今予想を遥かに上回る役柄名が柏木さんの口から飛んできたのだか……。


「あ、あのすみません。もう一度言ってもらっていいですか……最近バイト続きで忙しくて、疲れからか幻聴が聞こえたみたいで」

「おっとそれは大変だ。でも今後は声優としての仕事が一気に増えると思うから、バイトも程々にしてね。何しろ神坂君は今回に抜擢されたんだし、もっと自分の体調管理に気をつけなきゃ駄目だよ」


 白い歯を見せながらの柏木マネージャー。さり気なく爆弾をいくつも投下してくるじゃねーよ!


「──で、ここからはちゃんとした仕事の話をしようと思う」


 と、ここで今までの飄々ひょうひょうとした態度から一転、メガネのブリッジをクイッと上に押し上げた彼は、何やら真剣な面立ちとなる。


 ……てか、まだ何かあるの? 


 仮にも男である自分が、女キャラ、それもメインヒロインの声を担当しろと言われて、まだ気持ちの整理が全くついていないんだが。


「──それで神坂君……〝女装〟は好き?」

「は?」


 (好きな理由わけねえだろっ!)

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