第4話 女装は好き?

 かれこれ夏も過ぎ去り季節も秋に差し掛かった頃。まだ一般にネット等で事前告知されていなかったが、とある作品がアニメ化し、その声優オーディションが開催されるとの情報を事務所を通じて知った。


 とりあえずは1クール(全12話)だけ……いわゆる低予算の深夜アニメ作品ではあったけど、僕はこの作品の原作ラノベが大好きだったのだ。


 設定は令和の時代にはちょっと古めなラブコメ兼、異能バトルものなのだが、その本編に登場する孤高の少女、いわゆるメインヒロインである『八城雛月やしろひなづき』が僕の好みに超どストライクで、最早それは推しという一つの概念では留まらず……まぁさておき、いずれにしてもそんなお気に入りラノベのアニメ化だったら、是非ともこの機会に自分もイチ声優として関わってみたい……つうか、参加だけでもしてみたい。


 と言う、早る気持ちだけで受けたオーディションだったのだが、まさか本当に受かってしまうとは思っていなかった。

 ちなみに僕が受けた役は、主人公である高校生の少年だ。


「でで、で、僕が受かった役は、もしかして主人公、だったりしますか!?」


 一応聞いてみた。

 この際、演じる役がネームドキャラなら誰だっていいのだが、何はともあれ声優として大躍進である。それだけに万が一の可能性で主役に抜擢、という事も、無きにしもあらず、だ。


「……うん。一応、主役……かな?」

「ほ、本当ですか!?」


 思わず椅子から立ち上がった。周りの客から一斉に注目されたけど気にしない。それだけ今の自分は感動で満ち溢れている。


「……とりあえず、一旦落ち着こうか」

「あ、はい……すみません」


 アイスコーヒーをすすりながら、柏木さんが未だ興奮状態の僕をなだめた。いかんいかん感激のあまり我を失っていた。すぐさま反省し、おずおずと椅子に座り直す。


「それでね。ええっと……その、今回神坂君が受かった役、何だけどね……」


 あれ? 柏木さんが何だか歯切れ悪くなってる気が……まるでこれから別れ話を切り出すカップルかのように僕から視線を逸らしてる。


 気まずい空気がテーブルに漂う。

 近くでお皿を片付けていた女性店員さんがチラチラとこちらを伺っていたりする。ちょっと顔を赤らめて……何でかな!?


 そんな中、柏木さんはコホンと一度咳払いをしてから改めて僕と向き合う。

 この様子だと多分僕が選ばれたのは、少なくとも主人公の男子高生じゃないだろう。というか、かなりヤバめな役かも知れない。


 あの原作だと、序盤に出てくる通り魔殺人犯とか、ヒロインを執拗に追い詰めるサイコ野郎とかが妥当かも。


(まあ良いさ。最初からそういう汚れ役を演じるというのも悪くない。声優冥利につきるというものだ)


 と、思いを巡らせてたら。


「ヒロイン役の八城雛月に見事抜擢されたよ。やったね!」

「へ?」


 聞き間違いだろうか? 今予想を遥かに上回る役柄名が耳に入ってきたんだが……


「あ、あのすみません。もう一度言ってもらっていいですか……最近バイト続きで忙しくて、疲れからか幻聴が聞こえたみたいで」

「それは大変だ。でも今後は声優としての仕事が増えるから、バイトも程々にしないとね。何しろ神坂君はメインに抜擢されたんだし、もっと自分の体調管理に気をつけなきゃ駄目だよ」


 白い歯を見せながらさり気なくとんでもない爆弾を落としてくる柏木さん。平和主義の僕でも彼に対し一瞬殺意が湧いてきた。イケメンだからって何でも許されると思うなよ?


「──で、ここからはちゃんとした仕事の話をしようと思う」


 と、ここで飄々ひょうひょうとした態度から打って変わって、何やら真剣な眼差しになる柏木さん。


 ……つうか、まだ何かあるの? 


 いきなり男の僕がヒロインキャラの声を担当しろって言われて、まだ気持ちの整理がついていないんだけど。



「神坂君……女装は好き?」

「は?」



 (好きな理由わけねえだろっ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る