一章

第3話 審判の時

 晴れて念願の声優というお仕事に……というか、ただ単に声優とは名ばかりのフリーター生活を始めてから二年が過ぎたある日。唐突に僕のスマホに着信があった。所属する声優事務所からの呼び出しである。


「やあ、神坂君。忙しいところ来てもらって悪いね」


 待ち合わせ場所の某ファミレスに到着するなり、スーツ姿の男性がパタパタと駆け寄ってきた。僕の担当マネージャーである柏木かしわぎさんだ。


「お待たせしてすみません」

「いやいや僕が時間より早く来ただけだよ」


 実際なところ僕は、待ち合わせ時間よりか早めに到着したわけだが、もう既に彼は店内にいて、二人席のテーブルを確保してくれていたらしい。


 売れない年下声優に対してもおごったところがなくフレンドリーに接してくれる柏木さん。歳は二十代後半のメガネが優しげな爽やかイケメンさんだ。陰キャな僕とは大違いである。まぁ……比べる自体がおこがましいけど。


「──それよりも神坂君、何注文する? ここは経費で落ちるから遠慮なく食べてよ」


 そう言って柏木さんはパネル式メニューをタッチする。昼時でしかも朝食はふりかけご飯だったので、ここは遠慮なく一番値段が高いサーロインステーキ……は止めといて、無難にハンバーグセットを選択した。


 その後、程なくして運ばれてきた料理を黙々と咀嚼そしゃくしながら感慨かんがいぶる。


(……多分、これが最後の晩餐だ──)


 声優になった当初はそこそこ仕事があった。主人公のクラスメイトAとか友人Bとかコンビニの店員──どれもこれもがエンドクレジットに役名がないキャラだったけど、それでも声優と呼べそうな仕事は出来たと思う。


 とはいえ、これらのチョイ役も敏腕マネージャーである柏木さんが無理やり新人だった自分をねじ込んでくれたからである。


 ただそれも新人だから可能だったわけで、声優三年目にもなると、最早それは新人とは呼べず、無名とはいえギャラ(声優単価)が上がった今となっては、それすらままならない。ちなみに本年度に入ってからただの一度も作品に出演していない。季節はもう小春日和の秋だというのに。


 だからこの時期に担当マネージャー、とは言っても僕は柏木さんがたずさわっている何人かの一人であって、そんな忙しい彼から直接呼び出しをくらったとなると、良くて不甲斐ない自分に対してのテコ入れ、最悪なのは事務所解雇──いわゆるクビである。


(はぁ……やっぱりサーロインステーキにしときゃ良かった)



 食事を終え、各々ドリンクバーで注いできた飲み物を片手に雑談していたその時だった。


「──ところで今回、わざわざ神坂君に出向いてきてもらった訳だけど……」


 不意に柏木さんが本題を切り出す。


「はい……」


 ついに審判の時だ。


 自然とグラスを握るこぶしに力が入った。僕は覚悟を決め、彼を見据える。


「おめでとう。オーディションに受かったよ」

「はい?」


 思考がバグった。


 オーディションに受かった、ってなに?


「ほら、先日神坂君が受けた『ヴァルキリーレコード』。そのメインキャラに合格したよ」


 そう言って満面なイケメンスマイルを浮かべる柏木さんを見て、呆けていた僕の感情が一瞬で歓喜に震える。


「ま、マジですか!」

「うん。マジ」


(ヴァルキリーレコードってあれだよな、先日ダメ元で受けた──)



 そしてここから声優──神坂登輝の人生が、大きく揺らいでいった。

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