二の五 これからの話

 話した。何もかも包み隠さず。


 私の説明を真剣な面差しで聞いていた四人は、けれど話が進むにつれてそれぞれに異なる色をその瞳へと映していく。


 高杉さんは苛立ち。瑛太さんは困惑。入江さんは驚き。そして久坂さんは……読めない。ただただ静かで感情が汲み取れない、不思議な眼差しだった。


「――私の話は、これで全てです。黙っていてすみませんでした。それに、あの方が亡くなったのは私のせいなんです。本当にすみませんっ……!」


 額を畳へと擦りつけて、精一杯の誠意を込めて謝罪を口にする。思考が申し訳なさで埋め尽くされていた。


 顔を上げることができずにそのままの姿勢で固まっていれば、場の空気を少しでも軽くしようとするように、入江さんの朗らかな声が響いた。


「ま、まあまあみんな。ちょっと落ち着こう?」

「これが落ち着いていられるか」


 間髪入れずに返したのは高杉さんだ。怒りに拳をわなわなと震わせながら、高杉さんは私を睨みつける。


「この話が本当なら、先生が死んだのはっ……!」

「信作。仮に彼女の語った内容が真実ならば、彼女を責めるのは筋違いだよ」


 唸るような高杉さんの怒声を遮ったのは、久坂さんの冷静な窘めだった。


「それよりも重要なのは――」

「この後をどうするか、だろ?」


 久坂さんの言葉を引き継いだ瑛太さんが腕を組み、視線だけで私を指し示す。


「狩人なら妖力に対する抵抗力も一般人よりは強いから、久坂の幻術が確実に効くとは限らない。となると、記憶を消して逃がすわけにはいかないだろ。万が一にも洞窟の情報が狩人たちに知られて、攻め込まれでもしたら……」

「わかっているよ。……彼女の身柄は、松華しょうかで預かる。それが一番安全だ」

「お前、本気か⁉︎」


 瞬間、高杉さんが声を荒らげ、久坂さんへと激しく詰め寄った。


「狩人を、それも先生が死ぬ直接的な原因になった奴を、松華に引き入れるだと……⁉︎ 俺は認めないぞ!」

「……今回ばかりは、俺も高杉に同意。いくらなんでも無茶苦茶だ。彼女の話が本当だって確証はないよ。もし俺たちを皆殺しにするための嘘だったら、どうするつもり?」


 苦虫を噛み潰したような顔で、瑛太さんも高杉さんに続く。一方入江さんは、ひどく曖昧な笑みを口元に浮かべた。


「うん、まあ……無茶だとは思うよ。弦瑞が決めたことなら、僕は従うけど」


 やはり入江さんも、本心では反対みたいだ。


 皆さんが許してくださるならば、ぜひここに留まりあやし者について知りたいというのが、私の率直な本音ではある。

 だけど狩人である私を、あやし者である皆さんに信用してもらえるとは思えない。今の会話で常識外れなことを言っているのは、どう考えても久坂さんのほうだ。けれど。


「なら、どうするの? 逃がすわけにもいかず、ここに置いてもおけない。それなら、殺す? 彼女の話の真偽も判別できぬうちに? 彼女が『狩人』だからという、ただそれだけの理由で?」


 直接的な表現ではない。だけどその言い回しから、久坂さんが言外に込めた意図は私にも伝わった。


 ――『あやし者』だからというただそれだけの理由で自分たちを殺す狩人と、同じ穴のむじなになるつもりかと。


「それはっ……!」


 高杉さんが言葉に詰まる。感情では久坂さんを否定したいのに、その理屈が頭に浮かんでこない。そんな悔しげな声だった。


「……俺たちの負けだね。反論できない」


 一方瑛太さんは、淡々とした声でそう応じる。どこか諦めにも似たものを多分に含んだ眼差しからは、こうしたやり取りがまれなものではないことが察せられた。


「ということで、申し訳ないけれど貴女にはしばらくここで暮らしてもらいます。不便もあるとは思いますが、その点は我慢してください。僕たちにも、仲間を守る責任がある」


 高杉さんと瑛太さんが渋々ながらも同意したのを見てとって、久坂さんは透き通るような声で私へと告げた。


「はい、大丈夫です。……私は、貴方たちを知りたくてここに来ました。あやし者が本当に悪なのか、それをこの目で確かめるために。ですからむしろ、ここに留まらせてもらえるならば本望です」


 だから私も、正直な気持ちを口にする。少しでもこの想いを、皆さんに信じてもらうために。


「あの方を死なせてしまったこと。その罪が消えるとは、思っていません。……許してもらえるなんて、思わない」


 久坂さんの瞳が少しだけ淡く揺れる。けれどそれは本当に一瞬のことだった。彼はすぐに澄んだ声で私へと応じる。


「僕たちは、狩人である貴女を信用することはできません。それでも構わないのなら、村の中は好きに歩いてもらって良いですよ。知りたいんでしょう? 僕たちのことを」

「弦瑞っ!」


 高杉さんが咎めるように大きく一喝した。それを完全に黙殺して、久坂さんは言葉を続ける。


「――ただし、もし貴女が僕たちに対して少しでも危害を及ぼすようなら。そのときは僕は必ず、この手で貴女を殺す。それだけは肝に銘じておいてほしい」


 ……本気だ、このひとは。もし私の存在が彼らを危険に晒すことがあれば、きっとこのひとはあの青く美しい炎で、一片の塵も残さずに私の身を焼き尽くす。

 けれどそれを、恐ろしいことだとは何故か思わなかった。


 ただ、ほんの少しだけ悲しいと思う。

 誰かを殺す覚悟を持たないと仲間を守ることすらできない、彼らの生きる世界が。彼らをそんな残酷な世界へと追い込んでしまったのは、私たち狩人なのだという事実が。ほんの少しだけ、悲しく思えてならなかった。


「ありがとうございます」


 それでも久坂さんは、村の中では自由にして良いと許可をくださった。そのことへの感謝を込めて微笑めば、何故か皆さんは理解できぬ不可思議なものでも見るような眼差しで私を見つめた。

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