二の三 周防山のあやし者
村の中心部に位置する集会所とやらで、私は四人の青年たちに囲まれていた。
形ばかり与えられた座布団の上で、居心地の悪さに少しだけ身じろぎをする。狭い室内には、張り詰めた空気が流れていた。
「さて、じっくり聞かせてもらうぞ。お前がその耳飾りを手に入れた経緯と、ここへやって来た理由を」
腕を組んで威圧的に言い放った高杉さんへと、緩く波打った亜麻色の髪を持つ青年が「まあまあ」と柔らかな声を向ける。
「そんなに急がなくても良いんじゃない? 彼女もいきなりで困惑しているだろうし、まずは自己紹介から。ね?」
彼の朗らかな話し方に、緊張していたその場の雰囲気が少しだけ緩むのが肌でわかった。
「良いんじゃない? どうせいざとなれば、
亜麻色の髪の青年に同意を示したのは、
「そうだね」
先ほど洞窟の出口で合流した空色の髪の青年もまた、そんな二人に頷きを返す。
三対一になったため自分の主張を通すことを諦めたらしい高杉さんが、後頭部をがりがりと掻いた。
「
短く告げられたそれが彼の名前だと理解するのに、数拍を要した。そんな私へと、亜麻色の髪の彼がにこにこと笑いかけてくれる。
「ごめんね。信作も悪い子じゃないんだけど、ちょっと気が
「俺は
亜麻色の髪の青年……入江さんに続いて、黒髪の青年……瑛太さんも、そう挨拶をしてくれる。
「それと、そっちが……」
「
瑛太さんの視線を受けた空色の髪の青年……久坂さんが、優美に微笑んだ。
「弦瑞は、僕たちのまとめ役なんだよ」
「たいしたものではありませんよ。あくまでも一応、ですし」
入江さんの説明に、久坂さんが穏やかに注釈を付け加える。
そこで不意に表情を改めた久坂さんは、「さて」と真剣な眼差しで私を射抜いた。
「それでは貴女のことも、教えてもらえますか?」
「……
まさか
苗字を明かすことにも、躊躇いがなかったわけじゃない。だけどあの方の処刑時、『殺害された狩人夫妻』の名は、お家の名誉のためにと世間に伏せられていた。
だから真角の名を出しても、私があの方の殺めたとされている狩人夫妻の関係者だとは、察せられないはずだ。素直に名乗ってもたぶん大丈夫だろう。
「この耳飾りは以前、妖に襲われた私を助けてくれたあやし者が、残していかれたものです。お礼が言いたくてずっと探していたんですけど、なかなかお会いできなくて。でもこの前、もしかしたら雪月花で作られた耳飾りなんじゃないかと思い立って、それで周防山に来てみたんです。……駄目元、だったんですけど」
事前に用意しておいた説明を、口から紡ぎ出す。半分は嘘で、半分は本当。なるべく真実を混ぜるのが、嘘を吐くときのコツだから。
……このひとたちがあの方の知り合いなら、本当は謝ってしまいたい。私を助けようとしたせいで、あの方は死んだのだと。私はあの方に無実の罪が着せられるのを黙って見過ごすことしかできなかった、無力な存在なのだと。
だけどまだ、このひとたちがあの方の知人である確証は得られていなかった。
私が狩人の家の娘だと知られれば、問答無用で対話を打ち切られるかもしれない。真実を話すには、不確定要素が多すぎる。
だからまずは、様子を見なければ。彼らについて知る前に殺されてしまっては、何の意味もないのだから。
「お礼、ねえ……。それは無理だな」
ぽつりと高杉さんが呟く。その声はひどく苦しげで、悲しげで、もう二度と会えない相手への切ないまでの慕わしさに満ちていた。
「信作」
そんな高杉さんを窘めるように、久坂さんがそっと高杉さんの名前を呼ぶ。
「真角さん。まず一つ確認をさせてもらっても? 貴女を助けたそのあやし者は、どんな見た目をしていましたか?」
久坂さんの問いかけに、あの方の姿を脳裏に思い浮かべた。今まで一度だって忘れたことのない、遠い面影を。
「毛先のほうが赤くなっている淡い茶色の髪で、額には角が二本。それに、顔の右半分が銀色の鱗のような文様で覆われていて、不思議な霧を操っていました」
私の説明に、四人の身に纏う空気が一気に張り詰めるのがわかった。
「やっぱり、先生か」
「待って」
どこか感慨深そうに独り言ちた高杉さんを、眉間に皺を寄せた瑛太さんが短く制する。
「それ、おかしくない?」
「え?」
瑛太さんの刺々しさを帯びた詰問に、思わず首を傾げた。何か矛盾したことを言っただろうか。そんなはずはないけれど……。
「そうだね」
「うーん。まあ、この子が既成観念に全く縛られない、とびっきり珍しい子だったら、あり得なくはないかもよ?」
頷いた久坂さんへと、入江さんが一応と言うように笑いかける。けれどその瞳は明らかに真剣な色を宿していて、本気でそう考えているとはとても思えなかった。
「人の姿ではない、あやし者としての姿を見て、貴女はそれを恐れなかったと? あやし者とはことごとく悪である、それがこの国の定める真理だというのに。ただの妖とあやし者の身内揉めに巻き込まれただけだとは、考えなかった?」
久坂さんの静かな、けれどひどく冷ややかで感情の乗らない声が、私の耳朶を鋭く打つ。心臓がきゅっと縮こまるような心地がした。
そうだ、それがこの国の掲げる正義だ。
確かに私だって、ただ助けてもらっただけだったなら、ここまでの思い入れは抱かなかったのかもしれない。あの方が、無実の罪で首を落とされたりなんてしなければ。……だけど、それでも。
「だって、助けてくれたんですよ! 自分を危険に晒してまで、見ず知らずの私を。それなのに一概に悪だなんて、思えるはずがないじゃないですかっ!」
ただの妖とあやし者の身内争いだったなんて、割り切れない。あの温もりを、優しさを、知ってしまったから。
それなのに正しいはずのその行為のせいであの方が辿ることになった悲劇を、目前にしてしまったから。
思わず声を荒らげて言い募った私に、久坂さんが何か口を開きかけた刹那。
「っ!」
久坂さんの顔色が、さっと変わった。何かを操ろうとするように宙を動いた手が、すぐに自身の左胸へと持っていかれる。
「弦瑞⁉︎」
苦しげに顔を歪めた久坂さんの様子に、高杉さんが狼狽しきった声で呼びかけた。
「大丈夫?」
「何? どうしたの⁉︎」
入江さんと瑛太さんも、慌てたように声を上げる。そんな三人の前で、久坂さんが荒い息を無理やりに整えて長い睫毛を震わせた。
「……洞窟の幻術が、破られた」
固い声が紡いだ台詞に、一瞬で皆さんの表情が強張った。洞窟の幻術……? それってあの水音の……?
「どうして」
「失礼します……!」
呟いた私の言葉をかき消すように、引き戸の向こうから響いた焦燥に満ちた声。
こちらからの返事を待つことなく勢いよく開いた扉の向こうでは、紺色の髪の青年が肩で息をしていた。
「……妖が、六体ほど侵入してきました。……奥の集落への被害を防ぐため、赤禰さんたちが対応していますが……」
「どういうことだっ……⁉︎ 俺の風には何も引っかかっていなかったぞ……!」
「俺の風にも、何も……」
高杉さんと瑛太さんが口々にそう発する。明らかに動揺しているお二人へと、久坂さんが凛とした声を向けた。
「その話は後だ。今は早く妖を倒さないと、皆が危ない」
「武都くんたちだけじゃあ、六体は厳しいかな。僕らも急いだほうが良いかも」
穏やかな口調で久坂さんに同意を示した入江さんの言葉に、高杉さんが舌を打つ。
「早く行くぞ」
そう促して踵を返した高杉さんに、瑛太さんと入江さんが険しい眼差しですぐに付き従った。
一方久坂さんは、紺色の髪の青年へと視線を向ける。
「
「はい」
久坂さんの言いつけに、紺色の髪の青年……寺島さんが、静かに首肯する。それにほんの少しだけ目元を和ませて、久坂さんは私へと視線を移した。
「真角さん。彼は
「え。あ、あのっ……!」
私にも何かお手伝いすることがあればと声を上げたけれど、そのときにはもう既に久坂さんは集会所を飛び出していた。
相変わらず私の手首は氷で固められたまま。さすがにこれでは何もできない。
妖という種族は、自分たちと同じように妖力を持つあやし者を、人間より優先的に狙うことが多いのだと神黎館で習ったことがあった。だから皆さん、妖への対処には慣れているのかもしれない。
寺島さんが、警戒心を宿した眼差しで慎重に木戸に
「……すみませんが、ここに」
無表情でぼそりと紡がれた台詞に、私は致し方なく頷いた。
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