第13話 強制着火

 カルメンの衝撃的な発言に、思わずアゴが外れそうになった。

 逃げ回ったところで、本格的に追っ手をかけられるだけだよ!?


 叔父上こと、ホセ・カルロス・オルテガは父上の弟だ。

 原作での描写によると、大悪党というよりは父上のコバンザメみたいな印象だ。しかしただのコバンザメに父上が大事な仕事を任せるはずもない。きっと、なにかしらの強みがある人だ。


 叔父上が父上に任されているのは、奴隷狩りと奴隷の輸送の指揮だ。まさにサラと深く関わっている部分ともいえるだろう。

 それを、ボッコボコにした。カルメンが。


 目の前で胸を張る少女に、恐る恐る問う。


「それで、どうするつもりなんだ?」

「どうするとは?」


 何も考えていないことがわかった。

 なんて恐ろしい真似を……。

 ある意味この子に圧倒的な魔法の才能があって良かったと思う。そうでなければ、もっと早いうちに死んでいただろう。


「はぁー。叔父上が死んでいないのなら、謝れば許してもらえるかもしれない。自分から父上に謝罪しに行け」


 カルメンが口を開く前に、ノックの音が響いた。

 かつてドアがあった場所――今は開放的な穴のとこに、血の気の引いた顔の使用人が立っている。

 ドアがないせいで、枠の部分をノックしたようだ。


「お坊ちゃま……旦那様がお呼びです」

「父上が……!?」


 なんでカルメンじゃなくて僕が呼ばれるんだ!?


「父上の様子は?」

「それが……その……」


 使用人はひどく言いにくそうにした。

 なんとか表現を探し、しかしダメだったのか、随分とストレートな言葉を吐き出す。


「大変お怒りです」

「よし逃げるぞ!」


 立ち上がり部屋の窓に向かうと、サラが先んじて開けてくれた。

 口笛を吹く。カルメンも真似をした。すぐに2羽のボーラが羽ばたいてくる。


「カルメン、俺を応援しているみたいなこと、言いふらしたりしたか?」

「世界に高らかに!」

「そうか……」


 完全に僕が主犯になってるわけね、了解。

 絶望に必死で抗いながら、僕は使用人に言い残す。


「長旅に出る。いや、既に旅立ったあとだったと父上に伝えておいてくれ」


 ボーラの背中に僕とレノが乗り込む。しれっと僕の隣にサラもしがみついた。

 カルメンも自分のボーラに乗る。


「ミゲル様!? まずいですよ!」

「知るか! ではな!」


 ボーラがばさりと羽ばたき、僕たちは屋敷から離れた。

 とりあえず屋敷から遠ざかることだけを目的に、空を突き進む。曇天の空が重たい。詩的に言うなら、まるで僕の心模様って感じだろうか。


「ミゲル様。どちらに向かわれているのでしょうか?」


 レノが訊いた。実は逃げることしか考えていなかった。本当に、どこに行けばいいのだろうか。


「お兄様! この方角は――叔父上の館ですわね!」

「あ、ああ」


 ミスったぁあああああ!!!

 ボーラは館から東に向けて真っすぐに飛んでいる。このまま進めば、叔父上の館に着いてしまう!


「どうする? このまま倒しにいっちゃう?」


 サラが蠱惑的に微笑んだ。そりゃあ、サラにとっては仇敵だ。この上ないチャンスだろう。けれど、僕自身の手で館を攻め落とすなんて……。


「なるほど! ホセ様にとって代わることで存在感を示されるのですね!」

「お兄様、流石ですわ! ボコるだけではなくて、立場を乗っ取るのですね!」

「良いじゃない。奴隷を管理する側に立てば、ある程度は思う形にコントロールできるわ」

「じゃあもう、それで」


 僕はぐったりしながらそう言った。

 本当にどうしてこうなった!!



 叔父上の屋敷は、広大なオルテガ侯爵領の東側に位置する。

 オルテガ領の東側は山林が入り混じり、農業にはあまり適していない。その代わり、林業と畜産が盛んに行われていて、オルテガ内で消費される豚肉の大半はここで生産されている。


 山林の先には、魔の者が跋扈ばっこする世界がある。中間にはその緩衝地帯として、獣人たちが住む領域があるのだ。


 足元に広がる景色を目にして、サラが小さく鼻を鳴らした。目が潤んでいる。

 奴隷狩りの現場に近づいている。それは彼女の故郷、そして彼女が経験した悲劇の地に近づいているということだ。


 目標地点の屋敷が見えてきた。

 尖塔などはないが、重厚な塀に囲まれている。館と城、両方の言葉から受けるイメージを足して2で割ったような建物だった。

 まずい、何も考えていなかった。そもそも突入して何をすればいいのか、全く知識がない。


「ええと、どうすれば」

「突撃ですのーーー!!!!」


 僕の言葉をかき消すように、カルメンの元気な声が響いた。


「従え、風の精! カチコミの突風を吹かせろ!」


 僕らの背後から強い風が吹きつけた。こんな命令に従う風の精はなんなんだよ!

 突風に押し流されるように加速した僕たちは、屋敷の窓を粉砕しながら部屋の中に飛び込んだ。

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悪役貴族に転生した回復術師、死ぬ運命のヒロイン達をこっそり治していたはずが、信仰されている件 乾茸なめこ @KureiShin

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