第12話 sideサラ
私を助けたミゲルという男は、なんだか変だ。
なんというか、色んな部分がちぐはぐで、噛み合っていないような印象を受ける。
世間では「まさにオルテガらしい」と評されていたのに、損得勘定抜きに私の命を助けた。
見過ごせなかったから、なんていう理由で獣人を助ける人間なんて、この世にいないと思っていたのに。まさか初めて見たその人間が、オルテガの嫡男だったなんて。
言葉遣い、態度、物腰。どれも威張るように装っているけど、よくよく見れば無理して強がっているのが透ける。本来の人格とは真逆のことを無理してやっているように見えるのだ。
なんとなく興味が湧いた。
体が動くようになってから、私はミゲルに付きまとうことにした。
ミゲルの私室の窓際に体育座りする。本能のせいか、ちょっとだけ高い場所が好きだ。
「ねぇ、なにしてるの?」
私の問いかけに顔を上げたミゲルは、すぐに視線を手元に下ろした。ほんのりと頬が赤くなっている。
私はスカートで体育座りしていることを思い出し――何もしなかった。そのままの体勢で、もう一度同じ質問をする。
「ウチで仕切ってる事業が、どんな風に分業されているのか確認している。父上だけでなく、叔父上なども色んな事業に関わっているみたいでな」
「ふぅん?」
ミゲルはこちらに見向きもせずに答えた。初心なやつめ。
「仕切ってる事業って?」
「まぁ、奴隷関係だな」
「へぇ。私のため?」
「俺のためだ」
――ふうん。
たまーに強い眼差しになるんだね。
「どうやら領内で労働力として使っていたり、売買している以上の奴隷が仕入れられているはずなんだが、一定数がどこかに姿を消している」
「逃げたんじゃない?」
「オルテガ領内で仕事をしくじれる役人がいるものか」
「しくじったら自分が奴隷だもんね」
唐突にドアの外が騒がしくなる。
私もミゲルもそちらに目を向けた。
「だ、ダメですってば!」
「どけ、虫けら! 従え、風の精。ドアを開けろ!」
バタンと派手な音を立てて扉が開き、レノがごろごろと転がり込んでくる。そのあとから、ツインテールのちびっこが悠然とした足取りで部屋に入って来た。
『偽りの黄金』だ。ミゲルの親族に違いない。
「拒みたる金属の精に願う。このときばかりは爪牙として我に寄り添い給え」
小声で呪文を唱えると、爪を覆うように鋭い金属の板が生えた。小さく頼りない武器だけど、命を取り合うには十分。
人は深さ3センチの水溜まりで死ぬし、2センチの刃物でも死ぬ。
「お兄様ー! 会いに来ましたわー!」
ツインテールが高らかに宣言した。見ればわかる。
ミゲルの妹ということは、この頭の軽そうなメスガキがカルメン。無邪気で残酷な少女だと噂で聞いている。
「邪魔だ。帰れ。あと勝手に入るな」
「わ、私は止めました!」
レノがカルメンに指を突きつけながら言うが、まるで相手にされていない。あの子、護衛失格じゃない? 気概も覚悟もあるみたいだけど、モードに入るのが遅い。まったりとした時の流れで生きる、長命種族の悪いところが出ている。
エルフやダークエルフ、それにドワーフなんていうのは、とことん気が長い。瞬間的に着火して暴力を振るう、護衛みたいな役割には向いていない。じっくり腰を据えての戦いや、なんなら介護とかの方が向いている。
どちらかというと、獣人の方が護衛向き。
「お兄様、カルメンは申しましたわ! お兄様を応援すると!」
「まだそんなことを言ってるのか」
「ですので、昨晩叔父上を襲撃いたしましたの!」
「はぁ!? なんてことをしたんだ!」
ミゲルが目を見開いた。アゴが外れそうなくらい、あんぐりと口を開けている。
カルメンは無い胸を張って、鼻を膨らませながら言い放つ。
「将を倒したければまずはボーラから! お父様の右腕である叔父上をボッコボコにすれば、お兄様の覇権が近づきますわ!」
「えぇ……。流石に父上もお怒りになるだろ」
「なので会わないようにしてますわ!」
大変ね。この子、バカよ。
呆れ半分。何かが変わり始める予感半分。
私は金属の爪を引っ込めて、窓の外を眺めた。
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