第11話 目覚めたサラ

 あれから2日間。僕がやったことの噂は、尾ひれはひれどころか角と牙まで生えて、屋敷中に広まっていた。

 どうやら僕は、獣人の奴隷を生きたままバラバラにし、繋ぎ合わせてキメラを作り出したことになっているらしい。


 流石のミゲルもそこまで猟奇的なことをしていなかったようで、使用人たちが僕を見る目ががらりと変わった。父上を見る目ほどではないが、強い恐れを感じられる。

 ――良いのか悪いのか。

 内心かなり微妙な心情だけど、生きていく上ではこれでいいのかもしれない。


 部屋で書類の束とにらめっこをする。

 ミゲルにも執務というのがあったらしく、なんの予備知識もない状態で取り組むことになってしまい、大いに苦しめられている。

 今眺めている書類は、程度の軽い揉めごとに関するものだ。簡易な争いごとの調停――のはずなんだけど、騎士が平民一家を斬り殺したとか平気で出てくる。軽い揉めごととは一体……?


「ミゲル様」


 レノが扉を薄く開け、控えめに声をかけてきた。どうやら集中しすぎてノックの音にも気づかなかったらしい。


「ああ、すまん。どうした?」

「獣人の子が目覚めました」

「よし、わかった。行こう」


 僕は椅子の背もたれにかけていた上着を羽織り、レノと一緒に移動した。

 侯爵家となれば、屋敷の規模はほぼ城と呼んでも差し支えない。というか城だ。使用人の居住スペースは、建物自体が分けられた離れに位置している。


 無遠慮に建物に入っていき、レノの部屋のドアを開けた。


 壁の左右に組みつけられている二段ベッド。湿気った藁の匂いが、なんだか不健康そうだ。

 錠前のついた木のロッカーが4つ。私物入れはこれだけらしい。

 あとは小さな窓がついていて、本当にただそれだけの空間だった。レノを含めた使用人たちはこんな劣悪な環境で暮らしているらしい。


 サラは2段ベッドの下の段で、ぼんやりとした顔で仰向けになっていた。

 僕の顔を見た瞬間に、表情がはっきりしたのになる。飛び起きようとし、頭を上の段にごちんと打ち付けた。いたそう。


「っつ~~~~!」


 サラは涙目でおでこを押さえて声にならない声を出す。それから、目をくわっと見開いて自分のおでこをペタペタ触った。


「い、いたい……?」


 不思議そうに何度も自分のおでこを撫でて、僕とレノの顔を交互に見る。

 全身を苦痛が苛んでいたせいで、ぶつけて痛いという当たり前の感覚すら失っていたのかもしれない。


「体の調子は? 腹は減ったか?」


 ベッドの横には水差しが置いてあった。目覚めたタイミングで、レノが水分を飲ませてくれたみたいだ。

 サラの切れ長の目がスッと細められた。


「オルテガの人間ね。何のつもり?」


 ひどく掠れた声だ。ずっとまともに喋っていないのか、呂律も少し怪しかった。


「あのままでは君は死んでいた。訳あって治療させてもらった」

「誰のせいで……!」


 サラは大きな声を出し、すぐに咳き込んだ。

 悔しそうな顔をし、体を横にする。


「オルテガの奴隷狩りが原因だ」


 僕は短くそう言った。

 謝ったところで、彼女の怒りの行き場がなくなるだけだ。


「……なぜ、治したの」

「見過ごせなかった」

「なら、なぜ奴隷狩りは終わらないの……」


 その言葉に問いかける強さはない。ただ悔しさや悲しさだけが込められた呟きのようだった。


「あの日に死んでおけば良かった」

「そうかもな」


 今の苦しみはなかったはずだ。


「この前に死んでおけば良かった」

「そうかもな」


 あの場で死んでいたら、仇敵であるオルテガに助けられることもなかっただろう。


「寒い……」

「毛布要るか?」

「要らない」


 サラは僕の足元に視線を落としながら訊く。


「これからどうなるの?」

「ゆっくり休んで、回復したら好きに生きればいい」


 目が閉じられる。

 数秒の間ゆっくりと考えてから、サラは次の言葉を紡ぎ出した。


「だめ。何か、役割をちょうだい。じゃないと寒くて死んでしまいそう」

「生きる理由か?」

「そう。あなたが助けてくれた意味を知りたい」


 随分と冷静な語り口だった。自分の精神状態を含めて、全てを達観したような口ぶりだ。

 自分の外側に、もう一人の自分を作っている。これまでにも、そんな人間を何度か見たことがある。


「良いのか? オルテガの下で働くことになるぞ?」

「わからないけれど、あなたが良いのなら」


 彼女がどんな気持ちでこの言葉を語っているのかはわからない。少なくとも今はまだ、心の深い部分を僕に語ってくれるとは思えなかった。

 僕はベッドサイドに膝をつき、サラの手をとった。


 痩せて渇き、爪には無数の筋が走っている。

 いつかこれが、すべらかで柔らかいものになると信じて。


 いや、彼女の肉体を救ったからには、彼女の心も救わなければいけないのだろう。きっとそれが、他人の命に干渉した者の責務だ。


「私はサラ。サラ・リオンコラソン。よろしくね、命の恩人様?」

「よろしく。ミゲル・カルロス・オルテガだ」

「レノと申します。よろしくお願いします」


 改めて3人で挨拶を交わした。

 サラは印象的な目を一瞬だけ大きく開いてから言う。


「語尾ににゃんでも付けた方が良い?」

「よしてくれ」


 どうやら一癖ある性格みたいだ。

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