第29話
「おねーちゃん!」
みくは猿轡を外していた。彼女の近くにはくまきち? くまさぶろう? どっちかわからないけど人形が猿轡を握りながら立っている。
「みく」
珠々は名前を呼び、彼女はこくりと頷く。
一方で白衣を着た女は舌打ちを一つ。
「パパがくる!」
「へ?」
「パパがくる!」
みくは叫ぶ。あまりの真剣さと迫力に私たちは気圧される。
喋ることどころか、口を開くことさえも憚られてしまう。
「三玖、叫ぶだなんてはしたないことはやめなさい。三嶺の家名に傷が付くことになる。これ以上失望させないでくれたまえ」
後ろから声が響く。さっきまでスマホのスピーカーを介して耳に届いていた声と同じトーン、口調、声音で私はぶるりと震える。珠々もビクッと肩を震わせて、顔を顰めながら振り返る。
扉近くに立つのは髭を生やした男。三嶺博文。みくの父親であり、日本星空開発機構の所長。そして狂人。
パチンと頬を叩く。みくの頬にもみじを散らす。
「パパ……ごめんなさい」
みくの表情はあまり晴れない。実の父親を目の前にしたとは思えない、そんな反応である。
理不尽に怒られた自覚があるからこその反応なのだろう。やっぱりみくは聡い子だ。
「悪いことをした自覚があるのなら次はしないことだな」
「はい……」
みくはしおらしくなる。彼女にとって父親とは恐怖の対象なのだろう。
突っかかれば言葉と力でねじ伏せられる。だから自分が先に一歩引く。三歳児くらいでその判断ができるみくを学のない子と評するこの人たちはやっぱりおかしい。
「さぁ。どうするかな。今死ぬか、三玖との時間を少し作るか。最終的な判断は君がすると良い。私はこう見えて心優しいのだよ」
髭をちょろちょろ触る。
「私は……」
そこまで口にしてから言い淀む。ギュッと拳を作り、ふくらはぎに力が入っている。
彼女の視線はみくへと向けられていた。
なにかアイコンタクトをとっている。
珠々は苦しそうな表情をして、みくは優しく微笑む。まるで悟りを開くように。幼女がして良い表情ではない。
見ているこちらが辛くなる。
珠々はすぅっと息を吸う。
なにか決意したかのように唇を噛む。白い歯からつーっと赤い液体が見えた。血液である。
耐性がついてしまったせいで、焦りはない。あ、血だ。そのくらいの反応だ。
唇に伝う血液をぺろりと舐める。
「私はどっちも選ばない」
「今死ぬことも、みくとの最期の時間を過ごすことも選ばない、と」
珠々はこくりと頷く。
「その胆力良いね、気に入った」
腕を組み、うんうんと頷く。
「まぁ勝てるだなんて思わないことだね。自分の力を過信してしまったことを後悔しながら死ねば良いさ」
ハーッハッハッハと気味悪い笑い声をあげる。
「ではコードネームジュピターと」
「マーキュリーがお相手しましょう」
所長を守るように出てきた白衣を着た女二人。ジュピターを名乗るおばさんは髪の毛を揺らし、マーキュリーを名乗る女は気怠そうに欠伸をする。
結局対面することになってしまった。
逃れるのは難しそう。
「卑怯……」
「相手の弱点を突く。立派な戦法ですよ」
珠々は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
あの半透明の壁がキツすぎる。突破口が見えないのに対峙したところでどうにかなるわけがない。アニメの主人公みたいにピンチになってから力が覚醒する、なんていう都合の良い展開は起こらないから。
まぁ逆転の発想をしてみるのなら、あの半透明の壁さえどうにかできればそれで良い。
二人を倒す。それだけを考えると難しいし、そもそもなにを考えているのかわからないので近接戦をしたくない。
でもあの半透明の壁だけならどうにかなるかも。気怠そうな女のスキル。時間経過か距離かわからないがとある条件で壁は消滅する。
ずっと残るわけじゃない。
ということは、だ。アイツを遠ざけるか無力化することができれば、珠々がどうにかしてくれる可能性が高い……はず。多分。見落としがなければ。
瞬間移動をする。パッと動いて、マーキュリーの首根っこを掴み、天井に移動する。
距離を作ったからか、彼女にとって不測の事態が発生したからか、またその両者か。とにかく張られていた半透明の壁は砂のように崩れ落ちた。
このまま解放してしまえばまた同じことを繰り返すだけ。ならさっさと殺してしまえば良い。
落下する勢いに加えて身体強化で彼女の背中を床へ向けて押し込む。落下スピードは増幅し、グシャッという音を立てて血飛沫をあげた。
「うひゃー」
なんて声を出す珠々の隣に戻る。
血の海に転々とする肉片。落ちたはずのマーキュリーも立っていたはずのジュピターもそこには存在しない。
いいやそれは少し語弊があるか。原型を留めない形で存在はしているのだから。
そう、肉片としてね。
「なるほど、そうですかそうですか」
血飛沫を全身に浴びた所長は何度も頷く。ただ頷くだけならともかくニヤニヤしながら頷かれると身構えてしまう。なにか裏があるのではとか、企んでいるんじゃないか……とか、あれこれ勘繰るってしまうのだ。
「瞬間移動と言ったところでしょうか」
名前どんぴしゃで当てられた。どこまで情報が筒抜けになっているのかと怖くなる。
「多少は厄介ですが、許容範囲でしょう」
「はぁ……?」
「いやはやその瞳。素晴らしい。殺すのは実にもったいない。もっとも君を殺す必要は皆無なのだがね」
世界を救うのに必要なのは珠々の力であった私の力ではない。というか、なぜ珠々を殺さなければならないのだろうか。根本的な疑問がふと浮かび上がった。
どうやって隕石を破壊するつもりなのか。
専門的な説明をされたって一寸たりとも理解できないのだろうけど。
でも本当に殺す必要があるの? と懐疑的になってしまう。無知だからこそそう思うんだって言われれば、はい……そうですと頷くしかないが。
「こちらとしても無闇矢鱈に人を殺すというのは本望ではない。君がここで身を引くのであれば命は保証しようではないか」
私がうだうだ悩んでいると、髭をつーっと触りながらクックックッと笑う。
自分の部下が無惨に死んだというのにこの豪胆とした態度。多分自分以外の人間を物としか認識していないのだろう。そんな人が世界を救うために……ってなんとまぁ馬鹿げた話かと思った。
少なくともこの人には殺されたくない。
それにこの人を野放しにするというのも良くない。なにをしでかすかわからないから。
みくには申し訳ない。実の親が目の敵にされるというのは、例え親に嫌悪の感情を抱いていたとしても気分の良いものではないはずだ。少なくとも私は十分に理解しているつもり。
でもそれを引っ括めても、このまま放置して、逃げ出すのが正解だとは思えなかった。絶対に間違っていると自信を持って断言できる。
「私は……死ぬ時は珠々と死ぬ」
グッと睨む。
「そうか、それはそれは残念なことだ」
「死んでも文句言わないでくださいね」
「おっと、いつ私が君たちの相手をすると言ったかな。君たちの相手は私じゃない」
そう言って笑うと、すんっと姿を消す。安全地帯に移動していた。私よりもうんと高性能な瞬間移動スキルを持っているらしい。十メートル以上の距離を一回で移動したのがなによりの証拠だ。
「さぁ行きなさい。ぶつかり喰らい、糧としなさい」
その声と共に足音が聞こえてくる。その音は徐々に大きくなっていき、人影がはっきりとしてくる。
「被検体Aよ」
部屋に入ってきたのは一人の男性。金髪ツンツン男とでも言っておこうか。ワックスの使い方絶対におかしいですよ、それ……って言いたくなるような髪型だ。
「……」
青年は喋らない。口も開かない。まるで人形だ。もっとも本当に人形……なんてことはない。しっかりと呼吸をしているから。
ただ無口で無愛想なだけ。
私たちは警戒モードに入る。観察するように青年を睨む。
喋らないし表情も変わらないから怖い。なにをするかわからない人ほど恐ろしいものはないから。
「……」
無口な青年はやはり口を開かない。唇を糸で縫われているのでは、と思ってしまうほど動かさない。
そんな彼は突然火の玉を放った。突拍子のない攻撃に焦る。
珠々も吃驚したような表情を浮かべた。
彼女の腰に手を回して瞬間移動を使ってなんとか避ける。
危なかった。このスキルがなければ今頃攻撃をもろに食らっていたはずだ。
この能力をくれた入間には感謝しなければならない。
感謝するのも束の間、次は青年の掌から水の玉が飛んでくる。
「うげっ」
「なにそれ」
私たちはまた避けた。驚きつつも、必死に。
炎も使えて水も使える。しかも自ら四元素中の二元素を生成している。珠々は四大元素の力を増幅させられるが、作り出すことはできない。一方でこの青年は四大元素を無から作り出すことができるようだ。
「……」
青年は間髪入れることなく周囲の風を操りまとめあげ、一つの玉として生成し、空気砲を発射する。
某有名な科学者先生の空気砲よりも威力はある。何倍とか計算できないほどの威力。私たちは瞬間移動で避ける。空気砲は後ろの壁を簡単に破壊した。物を当然のように破壊してしまうほどの威力。凄まじさが理解できただろうか。
笑えない。
というかこの青年何者なんだ。四大元素のうち、火、水、風を生成し、操っている。ここまで来たら四大元素のあと一つである土も生成して操ったりするんじゃないかと警戒する。
「次は土だ」
「……」
なにか微細な反応でもしてくれたら……と期待したが、青年は表情を崩さない。もちろん私の問いかけに返答することもなかった。
その代わりとでも言いたげな様子で土を生成し、土をギュッと凝縮し岩のような見た目の砲丸を作り上げて、躊躇することなく発射する。
「やっぱそうじゃん」
「卑怯だ」
私と珠々は嘆く。
四大元素を生成し、操るスキルとかどうなってんだよ。こんなのチートじゃん。
「……」
青年は天井に向かって手を伸ばす。開いていた手をギュッと閉じる。その瞬間に雷撃が生じて、私たちの方へと飛んできた。
慌てて瞬間移動したが、この雷撃は追尾型らしく瞬間移動しても追いかけてくる。
逃げ切ることは困難だと判断して、鉄筋の柱に身を隠す。
鉄筋が電撃を吸い取ってくれたので事なきを得た。危なかった。本当に死ぬかと思った。冗談抜きで本当に。
変な汗が出てくる。額から垂れる汗を拭う。
「我が最高傑作だ! 残念だが君たちには勝ち目がないのだよ」
安全な場所から高笑い。
「死ぬ前にスキルを教えてやろう。なにも知らずに死ぬよりも知って対峙したことを悔やみながら死ぬほうが辛いだろうからな!」
「……」
「
私のスキルの上位互換とでも言えば良いだろうか。私のは相手を食さなければならないが、この青年の場合はその段階を踏まなくて良い。戦闘するか、食するか。人によって感覚は変わるかもしれないが、少なくとも私はこの青年のスキルの方が使い易いと思った。
「ある程度の威力を持つ四大元素を自ら生成することができ、その力を何十倍にも引き上げる艶島珠々のスキルが重なり合えば隕石をも破壊する威力になる」
なるほど。
そういうことならたしかにできそうかもしれない。珠々を殺すと言っている理由も理解できた。
一人……ではないか。多分、四大元素の生成が可能なスキル持ちを既に殺して取り込んでいるのだろう。
だから人数的には五人。五人殺すだけで、世界を救うことができる。
五人だけで何十億という命が助かる。そう考えると安いのかもしれない。
赤の他人が、赤の他人の命を奪って世界を救う。これだったら多分ここまでの拒否反応は出さなかった。なんなら人の死を若干軽く見始めている節があるので、救えるのならやるべきだろうとさえ思っていたかもしれない。というか思っていたはずだ。
しかし幼馴染であり親友の命がかかっているとなれば話は変わる。
なんとまぁ自分勝手な話だろうか。
最低だと罵られても反論することはできない。図星だから。そうです、最低ですねと受け入れることしかできない。
「スキルを使用した場合、隕石破壊の成功確率は百パーセントだ」
「科学者がそんなこと言うんですね」
「それはどういう意味かね」
「科学に絶対はない……的なことを言いそうだったのでつい」
まぁ、偏見だと思う。でも珠々にしてはまともだ。
「アインシュタインって知っているかい」
「相対性理論の人ですよね」
「その認識で間違っていないね」
私だってそれくらいは知っている。
相対性理論ってなんだって言われたら説明できないけど……。パッと説明できる人の方が少ないよね。決して馬鹿じゃないよね。
と、少しだけ言い訳してみる。
「アイシュタインはこう言ったのだよ。『どんな条件であれ、私には確信がある。神は絶対にサイコロを振らない』とね」
「はぁ……なるほど?」
「全ては法則や規則に基づいて理解することができる、ということがアインシュタインは言いたかったのだよ」
「それとなにか関係あるわけ? 時間稼ぎのつもり?」
珠々はピリピリし始めた。
あの男は安全地帯からやいやい言ってくるだけ。こちらは苦戦しているというのに。フラストレーションを溜めるな……って方が無理がある。
かくいう私も結構イライラしていたりする。腹立つなぁ、と。
可能なら今すぐそこに行って殺してやりたいのだが、みくが見ているしなによりも近付いたら逃げられる。追いかけようとしても追いつくことができない。
悲しいがそれが現実なのだ。
「違うさ。我々の持てる力全てを費やし、計算した結果、百パーセント成功するという答えが出てきた、と言いたかったのだよ」
「失敗はしないと」
珠々は怪訝そうに尋ねる。
男は表情を一切歪ませない。真っ直ぐにで熱い眼差し。
「しないさ。もっとも艶島珠々。君のスキルがあればという前提条件はあるがね」
「なかったら?」
「そりゃ成功しないさ。火力が足りないからな」
それなりの物を破壊するにはそれ相応の力をぶつける必要がある。物には強度というものが存在するからね。当然だ。
力無しに壊せるような隕石であるのなら、こうやって終末を迎えることはない。きっと宇宙開発の事業社たちがコソッと破壊して終わり。我々一般市民には知らされることは未来永劫ないのだろう。
そういうことって案外多い。
変に情報を出してしまうと混乱の元になるからね。
国というか世界規模で情報統制を敷くのだから外に漏れることはない。漏らしてしまえば、多数の国を敵に回すことになる。割に合わない。だから皆やらない。口の軽そうな記者や人間に知れ渡ったら口封じされる。監禁、殺害。
まぁ基本は金で解決なのだが。
手っ取り早いし、口が軽いやつは総じて金が絡むと態度が一変するからね。金が手網なのだ。
「艶島珠々を殺せば万事解決。この世界は救われる。さぁそろそろ時間だ。殺ってしまえ!」
そんな合図と共に青年は四大元素をランダムに放ってくる。玉だったり、放射状だったり形は様々だけど。ただ共通点もある。威力がどれもこれも桁違いという点だ。
どうやって切り替えそうとか、この窮地を脱しようとかあれこれ考えたい気持ちはあるのだが、状況がそれを許してはくれない。
ひたすらに瞬間移動でちょこかまと逃げる。
それしかできないのだ。
「ちょこかまと……だが構わない。被検体Aよ、あの女の魔素切れを狙え。瞬間移動には大量の魔素を消費する。そのうち逃げられなくなるはずだ」
「魔素切れ……?」
珠々は私に抱かれながら、首を傾げる。
私もわからなくて、さぁ……という反応を見せた。
やれやれという感じで男はため息を吐く。
「スキルは外にある魔素と体内にある魔素を混ぜ合わせることで使用が可能になる。外にはほぼ無限と言って良いほど魔素はあるが、体内には限りがあるのだよ。例えば持久走を同じペースで一日走り続けられるかい? 無理だろう。そのうち疲れで足が動かなくなる。それと同じで、スキルも使い続ければいずれ使えなくなる」
「ペラペラとありがとう」
「構わないさ。どうせ君たちに勝ち目はないのだから」
もう既に勝ちが見えているらしい。
どれだけ情報を与えたって、私たちは勝てない。だからペラペラと喋る。
本気で舐められているのだと痛感できた。もっとも舐められて然るべきなのだが。だって今の私たちには打開策がない。あるのかもしれないが互いに浮かんでいない。
みくに一瞬助けを求めようかと考えたが、乱雑に身体に巻き付けられた紐を解いている最中だった。くまもちはどこかへ出払い、もう一つはみくの紐を一生懸命解いている。ちょっと助けを求められる状況じゃない。それにあの父親のことだ。私たちが助けを求めてみくが応えたら「邪魔するのか」とか言って簡単に殺したりしそう。
そうなったら目も当てられない。
みくを頼るのは最終手段として取っておくべきだ。
じゃあどうするつもりなの。わかんないよね、という話に戻ってくる。無限ループってやつだ。
「さぁそろそろだ」
男の声と共に若干の疲労が私の身体を襲う。まだキツイ……というところまではいっていない。ジョギングくらいのペースで持久走を走り始めた時くらいの疲労感だ。良く言えばまだそのくらいしか疲れていない、悪く言えば本当にスキルには底があるのだと理解させられた。
このままじゃどうしようもなくなるのは明白。魔素切れで戦闘不能になって死ぬことになりそう。それだけは避けたい。
ただ私が魔素切れになるのなら、あっちも同様に魔素切れが近いはず。体格差で多少の差異は孕むのだろうが、天と地の差ということはないだろう。
だからそこまで心配することではないはず。
「ちなみにだが、魔素切れを狙おうとか考えない方が良いな。魔素量は貴様の倍はある」
ガーッハッハッハと笑う。出まかせかと様子を伺うがどうも出まかせには見えない。
表情も青年の動きも。全てが。
唯一と言って差し支えのない希望の柱がぽっきりと折られてしまった。
心が折れようとも相手の攻撃は止まらない。びゅんびゅんと水や炎、風に土が飛んでくる。
「二華、逃げて」
「珠々……」
抱える珠々はそんなことを言い出す。色々悟ったのだろう。
不甲斐ない自分が嫌になる。
「幼馴染を置いて逃げられないよ」
ここまでくると珠々のためではなく自分のためなのかもしれない。己の中に生まれた罪悪感を薄めるために、一緒に死ぬことを選ぶ。
それが俯瞰して正解か否かなんて関係ない。
例え間違いであったとしても私は満足しないから。
「でも私が死ねば、未来は訪れる。二華にもみくにも栄えある未来があるから。ここで投げ打って良いものじゃないよ」
「それは珠々だってそう」
「私は……二人には生きてて欲しいから」
瞳を潤ませる。そんな目で見られてしまうとこちらとしては狼狽えてしまう。
心変わりなんてするはずがないと思っていた気持ちも少しだけ歪む。このままころっと変わってしまいそうなほどに。
葛藤している間にも攻撃は飛んでくる。止まらない。これじゃあ止まない雨はないじゃなくて、止まない攻撃はないである。
「やかましいなぁ!」
珠々は露骨にイラッとした表情を浮かべると、手のひらを飛んでくる炎の玉へと向けた。その瞬間に炎の玉は勢い良く反対方向へ射出。小爆発のようなものが起こった。
私も珠々も青年もビックリ。
ぽかんと口を開ける。
青年の後方にあるなにかの機械は炎によって燃え始めた。ただの火事だ。
「……」
所長だけ舌打ちをしてから黙る。
さっきまでの意気揚々とした雰囲気も消えていく。あれ? もしかして別人なのかなって思うほどの変わりようにこちらが困ってしまう。
「被検体A! さっさと仕事終わらせなさい」
こほんという咳払いを挟む。それからギロリと青年を睨む。
言葉を受けた青年はこくりと頷く。やっぱり喋ることはない。シャイなだけなのか、はたまた喋るという行為がなにかしらの影響でできないのか。
と、どうでも良いことを考え始めると同時に攻撃が矢継ぎ早に飛んでくる。青年はギアを上げてきた。さっきとは比べ物にならないほどの間隔と威力。
少しでも油断すれば簡単に足元を掬われてしまう。
気を引き締めて、ポンポンと瞬間移動を使って避けていく。
「二華!」
珠々に声をかけられる。
「ん」
なんて返事をして彼女の用件を待つ。もっともそっちに脳のリソースはほとんど割かない。リソース的には一割にも満たない。
「わかったよ、私」
「え、なにが」
わかるだろみたいな前提で話してきたが、なーんにもわからん。だからこんな反応をしたのだが、そのことが不満だったのだろう。抱き抱えられる珠々は露骨にむぅっと頬を膨らませる。ワガママお姫様だ。
パッと移動したタイミングでまた口を開く。
「私のスキルって四大元素の威力を跳ねあげるじゃん」
「そうだね」
「あの攻撃ってさ、四大元素でしょ」
「らしいね」
「自分のものにできちゃうっぽいんだよね」
「ほう……な、る、ほ、ど?」
「とにかく見てて。私の推測が正しければね、きっと……」
珠々はひょいっと私から離れる。えっ、と動揺しながら彼女に向かって手を伸ばす。彼女は私の手から逃げるように遠ざかり、飛んでくる攻撃に立ち向かう。
手のひらを攻撃の方へと向ける。その瞬間に飛んできていたいくつもの四大元素の玉は放射状になって青年の方へと飛んでいく。
さっきの現象と全く同じ。
放射上の先にいる青年は吃驚した表情を見せ、襲いかかる四大元素から身を守るように顔を両手で覆う。
もちろんそんな防御力皆無な守りで防げるような攻撃ではない。
ドバーンッという爆発音が鳴り響き、煙が立ちこめる。
爆発の破片がこちらまで飛んできて咳き込むこと数秒、煙はどこかへ逃げていき爆発元となった場所がくっきりと見えた。
さっきまで立っていたはずの青年の姿は見えない。
代わりにあるのは赤くドロっとした大量の液体と黒焦げた謎の塊、それに骨片である。
「死んだ……ね」
「だね」
珠々の言葉に追従した。
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